12 お花畑でつかまえてくれ!

「青ーい!」

 私たち3人は、あたり一面に広がるネモフィラを前に、興奮して叫びました。

「青空と相まって綺麗ですね」

「すごい綺麗! こういうの好き!」

「初めて見た」

 花畑の中の小道を歩くとき、足元が悪いところでは三井さんは手を引いてくれたりしたけれど、司は景色に見とれて全然気づいていないみたいでした。


――

「甘ーい!」

 私たち3人は、ビニールハウスで真っ赤な苺に舌鼓を打ちました。

「練乳がまたいいんですよね」

「美味しい! こういうの好き!」

「初めて来た」

 私と三井さんがあれこれ話しながらイチゴを摘んでいるとき、司は一心不乱にイチゴを食べていました。そんなに美味しかったの……良かったねえ……。



――

 そして帰宅。

「今日はデートの参考になった。この経験を婚活で活かせると思う」と司からまじめな顔で言われてしまいました。いやいやいや、全然婚活では役立たないと思うよ。というか、こっちを見てなかったよね? 私のことスルーしてたよね?

 三井さんはデートの参考になればとか言ってたし、どきどきな状況になるのかと思いきや、ぜんぜんそういう空気を見せつけずに終わってしまいました。なんだかガッカリ……かも。


 夫との虚しい会話を切り上げて自室に戻ったタイミングで、私のスマホにLINEが。相手は三井さんだ!

「今、外に出られますか」

 私はもちろん出られると返信して家から出ました。エントランスを抜けると、うちのマンションの敷地内に三井さんの車が停まっているのが目に入りました。私たちを自宅まで送ってくれたあと、そのまま帰らずにいたみたいです。

 私が運転席側に近づくと、パワーウィンドが下がりました。

「三井さん!」

「すぐ来てくれましたね。なんだかほっとしました」

「え?」

「帰宅後、元夫さんと楽しく盛り上がってたらLINEも見てくれないかなと思ってたものですから」

「や、やだなあ。私たちもうそういう関係じゃないんですよ」

「ふふ、どうですかね。いまはそうじゃなくても、男と女がどうなるかなんてことは誰にもわかりませんからね。きっと本人にさえも」

 そこで、少し真剣な、でも悪戯っぽい目で三井さんが見上げてきました。

「先手を打つことにしました」

「はい?」

「付き合ってください」

 ストレート。すぱっと言い切る短い言葉に、だけど心臓を射貫かれた気がしました。おそらく顔を赤くしている私が頷くと、三井さんは運転席から身を乗り出して腕を伸ばし、私を引きよせるとキスしました。

「もう丁寧語もやめるけど、いいよな?」

「うん……」

 言葉遣いが変わっただけで、急に男の人らしさが増した気がしてどきっとしました。

「もう一度キスしたいところだけど、人の目もあることだし、今日はこれで」

 視線で促され、見上げると、司がマンションの通路からこっちを見ていました。キスも見られた!?

「それじゃ、夜にまた連絡するから」

 三井さんは帰って行きました。司はまだ私を見ています。

 え、なんだろ、なんだろ、なんでこんなに慌ててるんだろ、私。




「た、ただいま~……」

 玄関のドアをあけて室内に入ると、リビングの片隅でうずくまっている司を発見しました。

「えっと、あ、私なんか汗かいちゃったし、お風呂入ってくるね」

 とりあえず浴室に避難しようとしたら、

「リア充爆発しろ」と司がぼそりと呟きました。

「はっ?」

「もげろ」

「何が?」

「非モテを馬鹿にしやがって。非モテだって一生懸命生きているんだぞちくちょう」

 なんだかよくわかりませんが、卑屈モードになっているようです。


 <つづく>

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