9 同じ店内に元妻と元夫と婚活相手とデート相手
私がうきうきとデートに出かけていくのを、司はよく思わないようでした。自分だっていろんな女性とデートしているくせに。私はもうあなたのオンナじゃないのよ、そう言ってやると、衝撃を受けた顔をしていました。ええ……いまさら……?
ある休日のこと、三井さんと最近オープンしたばかりのレストランに行くと、そこには夫と女性の姿が。なんと鉢合わせです。まあ、同じおでかけ情報誌をチェックしてるもんね。行先が被るのも当然ですね。
とりあえず司のほうを見ないようにしよう、三井さんに集中しようと思いました。三井さんはいつもはかちっと髪型を固めて、きりっとスーツを着こなしているけれど、今日は随分とカジュアルな服装なせいか、いつもより若く見えました。これが本当の三井さんの姿なのかもしれません。
司のほうはどうかなあと、つい気になってみてしまいます。無愛想……いや、クールなイケメンです。店員さんからアドバイスされたとおりのコーディネートで、髪もかっこよくセットしていますね。ちゃんと言われたとおりにやっていて偉いよ!
お相手の女性は、婚活で知り合ったのでしょう。年齢は20代後半ぐらいにみえます。髪が長くて色白でほっそりしていて、正統派美人って感じの人でした。お高そうな腕時計をつけてる……。姿勢もよく所作も美しい。かなりレベルが高そうだけど、大丈夫かな!?
「理絵さん? あちらのカップルがどうかしましたか?」
「えっ?」
三井さんに怪訝そうな顔をされてしまいました。司たちのほうをちょっと見過ぎていたみたい。私はとっさに悩みました。誤魔化す? 正直に言う?
「えっと、えっと……」
「もしかして元旦那さんでしょうか」
ずばり言い当てられてしまいました! すごい洞察力です! って、よく考えたら私が離婚していることは三井さんもご存じだし、私がもごもごしてたら、わかって当たり前ですかね。
「はい、そうなんです。元夫です」
「へえ……」
三井さんは司のほうにもう一度目をやって、「かなりのイケメンですね」と眉を上げて言いました。
「まあ、今はそうですね」
「今は?」
「実は……」
これまでのこと、どうして離婚になったのか、そして婚活のサポートのことなどをすっかり三井さんに話してしまいました。ずっと誰にも言わずに秘密にしていたことを話せてすごくすっきり。離婚したことを内緒にするっていう約束を破ったことになるのかな? でも私も婚活と再婚はしていいって約束なんだから、「お相手」に話すのはセーフだよね?
事情を聞いた三井さんはくすりと笑いました。えっ、なんで? 笑うポイントありました?
「理絵さんってまじめなんですね」
「まじめ? 私がですか」
「ええ。だって要求どおり離婚できたのだから、約束なんて無視してさっさと出ていけばいいのに。律儀に婚活支援をしているなんて、まじめだなあと思いますよ」
何が可笑しいのか、三井さんはくすくす笑う。
「あの、でも契約書があるし、そういうのって守らないといけないんですよね?」
「いいえ?」
ええっ。
「契約書をかわしたからといってそのとおりにしないといけないわけじゃないですよ。契約を破棄したことについてのペナルティを受ければいいだけですから。いまさら離婚の取消もできないでしょうし、実質ペナルティなんてないようなものでしょう」
「そ、そういうものなんですかね……」
「ええ。正直者は馬鹿を見るんですよ。腹の探り合いをして、損得で約束を守るかどうかを決めるのが多数派の世の中です」
「へ、へえ……」
世の中って、そんなギスギスしてます? あまり実感ないけれど、弁護士さんには違う世界が見えているのでしょうか。
「でも、理絵さんみたいに約束を守る人って貴重ですし、そういう人が妻というのは羨ましいですね。家庭でまで腹の探り合いはしたくないですし」
「……信用できる人と家族になりたいなって、私も思います」
「ですね」
<つづく>
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