3 三度目の正直


 そろそろ1年目の結婚記念日が来るというある日のこと。

 夫が、「結婚記念日は温泉に行こう」と言い出しました。それも行先についてはまかせて欲しいと。

「結婚記念日だよ? また変なサプライズがあったら許さないよ?」と私が念押ししても、

「絶対大丈夫だからまかせろ」と言うのです。

「行ってみたら誰かがいるとか、そういうのナシだよ」

 しつこいようですが、何度も念押ししてしまいました。

「わかってるって。そんなことしないから信じてほしい」

 三度目の正直。ここで信じられないなら夫婦じゃない、ぐらいの決意で夫を信じて、旅行のプランを任せました。


 夫が行先に選んだのは、伊豆のとあるホテルでした。

 私は夫を信じると決めたくせに、いざホテルが決まると急に不安な気持ちになり、義母や親戚、友人関係等をリサーチし、誰も温泉旅行の予定がないことを確認しました。職場関係は調べようがなかったですが、この時代に社員旅行もなかろうと判断しました。つまり、どうやら夫は何も企んでいなかったようです。

 すると夫を疑ってしまった罪悪感がむくむくと湧いてきて、申しわけない気持ちになりました。結婚記念日をいい思い出になるようにしよう、そう思って予約とか計画を立てたりとかしてくれた夫に対して、私はひどい妻だなと反省しました。

 この結婚記念日を、夫を信じ、愛を深める日にしようと思いました。

 場合によってはもう、授かっちゃう? この夜に授かっちゃう? ぐらいの気持ちで挑みました。


 結論。

 旅館では、夫の同窓会が行われていました。

 そうです、また騙されましたよ、ええ。

 夫を疑っていた私、大正解! 罪悪感とか感じる必要なかったよね~!


 そうとは知らず、当日は夕方ごろにチェックインして、私たち夫婦はすぐに大浴場に行き、幸せ気分で温泉につかりました。のんきに浴衣に着替えて、もちろん化粧も落してノーブラで、「ハァァァ~。癒やされるわ~」と部屋でくつろいでいた私。このときは幸せだったなあ。うふふ……。幸せって儚い……。

 そして「そろそろ夕食を食べに行こう」と夫に誘われ、連れていかれた先が、同窓会の会場でした。

 うん、もう薄々感じてた。だって笑い声とか人の話し声が外まで響いてたから!

 夕食会場へと向かう廊下を歩きながら、「え、ここ?」「違うよね、この大部屋じゃないよね」「違う違う……ちが……わなかった! ここー! やっぱりか畜生ー!」ってなりました。

 お部屋の入り口には、ご丁寧に『藤ノ澤第二高校 3年2組 同窓会』と書かれた看板まで出ていました。それを見た瞬間、頭がくらくらしました。

 お膳の並べられた大会場には、夫と同じ年の男女が30人ぐらいいて、みんなちゃんと服を着ていました。浴衣姿は私ひとりだけです。夫でさえ「浴衣はまだいいか」なんていって、ちゃっかり服を着ています。会場でひとりだけ浴衣というアウェー感、そしてノーブラかつすっぴん、おわかりいただけるでしょうか、このこころもとない無防備な感じ……。とりあえず乳首の形が浮き出てないか確認しました。セーフ! いや、乳首なんか気にしてる場合ではないのです。私はもう大混乱です。



 会場にはすでに酔っている人たちもおり、私は彼らの絶好のからかいの的となりました。

「夫の同窓会に着いてくるとか束縛妻じゃん」

「そんなに浮気が心配なんだね~」

「心配しすぎじゃないですか? だって栗林くんって非モテだし~」

 そんなことを次々に言われ、夫も「うちの奧さん、ヤキモチ焼きなんだ」とか言ってるんです。

「なんで浴衣? 温泉に入ってきたの?」と笑われたりもしました。ええ、だって温泉旅行だって聞いてましたからね!

「こんなに束縛する奧さんじゃあ、栗林くんも辛いね」という男性に、夫は笑いながら頷きました。

 は?

 妻が束縛してつらいですって!? はあ?

 このとき、ついの私の堪忍袋の緒が切れてしまったのです。

 私は「同窓会だなんて聞いてない」と夫にキレながら詰め寄りました。もう周囲の目とか恥も外聞も忘れて夫をガン詰めです。マジギレの私を見て急にアワアワしはじめる夫、さすがに周囲の人たちも異変に気づき始めました。

「毎回毎回いいかげんにして。今度こそはと思って信じたのに」と怒る私に、夫は「ごめんごめん」と笑いながら言いました。なぜ怒られてるのか全然わかってない子供みたいな謝り方なものだから、私はさらにブチ切れました。

「ごめんごめん~じゃないでしょ!」

 つかみかからんばかりの私に、知らない男性が「奧さん、落ち着いて」と笑い混じりに言ってきたので、思わず「はあ?」って言ってしまったら、「こっわ」「鬼嫁じゃん」とさらに笑われて、泣きたくなりました。


 すると、数人の女性が私の話を聞いてくれて、夫に「なんで嘘をついてまで奧さんを同窓会に連れてきたの」と言ってくれました。

 複数の女に囲まれるようにして問い詰められて、夫はオドオドしながら「連れてきたら楽しいだろうと思って……」ともごもごと言っていました。

「だったら、一緒に行こうって誘えばいいじゃん」

「急に思いついたんだ」

「急に? でも、温泉旅行は急には無理でしょ。計画的な犯行では?」

 と言われて、被疑者はゴニョゴニョ小声で何か言ってましたが聞き取れませんでした。

 女性たちは呆れた顔をしていました。私も呆れましたし、あと恥ずかしいのと情けないのと夫への腹立たしさと、同窓会を邪魔してしまった申しわけなさで辛くなってしまって、女性達にお礼を言って、会場から出ていきました。夫もついてきました。

「同窓会、行かなくていいの」

 私がそう言うと、

「いい」と。

 そして、部屋で二人向かい合って座り、話し合うことになりました。

 そうです、ここが運命の分かれ道です。



<つづく>

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