第46話 一匹の赤蜘蛛 ~アトラの願い~





 ヴェリアーヌ大陸の最も西に位置する呪われた森、ワールドエンド。


 この場所で産まれる魔物は、大陸で一番凶悪で危険な存在とされている。

 

 そんな魔物が森から出てこないよう、各国は協力して防衛線を作り、森の魔物を抑え、出てくるかもしれない魔物に日々怯えていた。


 ……もっとも、森の魔物が外に出ることは滅多になく、それでも出てくる魔物は、森の浅い場所から出てくる比較的弱い個体なので、対処はできている。


 被害を出しつつも防衛線の活躍により、今のところ人類の平和は保たれている。


 そんな森の中で産まれた一匹の赤い蜘蛛種、シャドウスパイダーがいた。


 通常のシャドウスパイダーは黒色なのだが、このシャドウスパイダーの赤色で、人族の間では亜種や希少種とされている。


 シャドウスパイダーは、一匹で人間の兵士数百人を容易に殺害したり、影に潜る特性を使い、小国を亡ぼしたこともあると言い伝えられ、とても凶悪な存在だと語り継がれていた。


 そしてこの亜種のシャドウスパイダーは、全てにおいて通常種に勝り、大国の兵士数千人が束になっても倒すことは難しい存在だ。



 だがそんな凶悪な亜種でも、この森の奥では下位の存在である。



 とある魔物にやられ傷ついたこの亜種は、縄張りから逃げ出して森を彷徨い、弱っているところを狙って襲ってくる魔物たちを蹴散らしていった。


 だがそれも限界も近づき、そしてとうとう体力が尽きかけていたとき――


 一人の人族と出会った。


 それが異世界から某国によって召喚された、運河京太郎である。


 この亜種は始めて見る人族に興味を示し、観察をしていると、人族が肉を差し出してきたことに更に興味を持ち、害がないことを確認してその肉を食べた――


 その肉は今まで食べたどんな魔物の肉よりも美味しく、亜種は食べることをやめられなかった。


 その結果、欠損してボロボロだった体はみるみる内に回復して治り、気付けばその人間の従魔となった。


 シャドウスパイダーは嫌悪することもなく、従魔になることをすんなり受け入れたのだ。


 そうしてシャドウスパイダーの亜種は、アトラク=ナクアという名前を付けられ、以後アトラと呼ばれるになったのであった。


 その人族、京太郎はアトラに対して最初は怯えていたものの、次第に慣れていき、今まで襲ってきた魔物たちとは違う接し方をしたことで、アトラは初めて優しさというものを知る。


 一緒に過ごしていく中で、自分を傷つけることなく、優しく接してくれて、極上の肉をくれる京太郎に次第に心を惹かれていき、アトラにとって京太郎は、自分にとって一番大事な宝物となっていた。


 大精霊のウンディーネを筆頭に、アサルトヒポポタマス、クイーンノーブルビー、アルゲンタヴィス、あの天災のヴリトラまでも仲間にしていく京太郎を、アトラは誇らしく感じていた。


 だがそれと同時に、自分もウンディーネみたいに京太郎と話をしてみたい、同じ姿になって隣を歩きたい願うようになっていた。


 結界の存在により、京太郎と一緒に行動できないことを悔しくも思っていた。


 一度進化してより強力な力を得たアトラだったが、やがてそんなアトラでも苦戦してしまう強敵が現れてしまったのである。


 その強敵が、憑き物の地竜だ。


 地竜自体この森では上位の存在であり、更にそこに魔物の力を命を削って引き出す、あの憑き物のおまけつきである。


 しかもそれが六体。


 アトラ一体では到底対応しきれない状態であるが、ここには霞やアスラ、ベヒーモス、エリザベスやアルといった頼もしい仲間たちがいる。


 更に今対峙している憑き物地竜は、アトラを瀕死の状態にまで追い込んだ因縁の個体であった。


 京太郎が決戦スキルを使い、アトラたちの力を増幅させるが、京太郎自身の負担や負荷が強く、アトラも戦いが長引くことは危険だと理解していた。


 しかしそんなアトラの焦る思いとは裏腹に、憑き物地竜は手ごわく、アトラ一人では手に余る存在で、苦戦を強いられていた。


「全員、惜しみなく全力を出せ! 主にこれ以上負担をかけさせるな!!」


 霞のその言葉のあとに、神気を解放した霞や、京太郎と同じ人の姿に変化したアスラたちは、一瞬で四体も倒し、エリザベスとアルのコンビも一体を倒していた。


 そんな状況を見て、全力を出してもなお、未だ傷一つつけられていない自分を不甲斐ないと感じ、更なる力を求めたアトラの体に、エリザベスとアルの倒した憑き物地竜の経験値が取り込まれた。




(モット……モットチカラガホシイ……キョウタロウをマモレルチカラガ……ホシイ!!)




 そして、その強い想いに応えるかのようにアトラの体は光だし、戦いの最中に進化を始めた――




 ……やがて進化の光は収まり、一人の少女が姿を現した。


「――ふぅ、これで私も霞やアスラの仲間入りかしらねぇ」


 赤い蜘蛛だった姿は、赤い長髪、赤い瞳、赤を基調にしたゴシックドレスを着た、アラクネの少女に変化した。いや、進化したのだ。


 蜘蛛の姿からアラクネに変化したのは、京太郎の持つ<エヴォリューション・オブ・オールティングス>スキルの影響と、アトラ自身が京太郎に近づきたいという強い思いで生じた結果、進化を果たしのだった。


「んふふふ……これで私も京太郎と並んでお話できるのねぇ」

 語尾が伸びたような喋り方をするアトラは、自分の姿を見て歓喜のあまりクルクルと回って喜びを表現していた。下半身が蜘蛛なので、見た目からシュールではあるが……。


「グオオオオオオオオオオオォォォォ!!!!」


「……そう言えばまだ戦いの最中だったわねぇ。アナタにはお世話になった借りがあるからぁ、ここでしっかりお返しさせてもらうわよぉ!!」

 憑き物地竜の火炎ブレスを後ろに飛んで回避したアトラは、四本の蜘蛛の脚の先端に、黒い球体を生成している。


「喰らいなさぁい、<シャドウイーター>」

 生成された黒い球体は、憑き物地竜の影を目指して放たれ、球体が触れた影の部分を消失させると同時に、消失した部分と同じ体の部位を消失させていた。


「グオオオオオオオオオオオォォォォォォ????!!!!」

 憑き物地竜は自分が何をされているのか理解できず、ただただ苦しむことしかできない。

 黒い球体は全ての影を喰らうように動き回り、やがて影の消えた憑き物地竜は、その姿を影も形も残さず消失させていた。


「これで借りはちゃんとお返ししたわよぉ。お次はアナタねぇ……」

 アトラの赤い眼光が、カシウスを突き刺すように睨む。


「ナ、ナンナンダオマエタチハ!? イッタイドウシテワタシガ!!」

 あまりの受け入れ難い出来事を目の当たりにしたカシウスは、その場から逃げ出すように走り出した。


「アトラ殿、これ以上長引かせるのは主にとって負担が過ぎる。一瞬で終わらせたいと思うのだが?」

 京太郎の限界が近いことを悟った霞がアトラに提案した。


「当然ねぇ。これ以上京太郎を苦しめる存在を生かして置く理由はないわぁ」


「ではさっさと終わらせようぞ」

 霞とアトラの意見に同調したアスラは宙に光玉を作り出す。

 アトラは黒い球体を、霞も合わせるように水の弾を生成した。


 そして誰かが合図するでもなく、三人は同時に逃げるカシウスに攻撃を仕掛け、カシウスという存在がこの世界から塵一つ残ることなく消え去ったのだった。

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