第22話 霞 VS ヴリトラ




 あれから何時間経った?

 

 日も沈み始めてきた。だが霞とヴリトラの戦いは終わらない。


 アルに上空からの横やりや、襲ってくる魔物がいないか索敵させているが、これだけ暴れていたら何も寄り付かないだろうな……。

 いや、巻き込まれた魔物もいるか、この惨状だと。

 

 あれだけあった木々や草花は消え去り、辺り一面更地になっていた。


 ヴリトラの大きな体のせいで、攻撃や反撃の度に木々や草花をふっ飛ばしてやがる。


 当然こっちにも薙ぎ倒された大木が飛んでくるが、アトラがそれを網で防いでくれている。

 防ぎきれなかった破片などはベヒーモスが盾になって女たちを守った。

 

 アトラとベヒーモスがいなければ、今頃全員ミンチになっていただろうな……。


「……大将、ヴリトラの体が」


「あぁ……」

 最初のときよりもヴリトラの動きは鈍くなっているように見える。


 対して霞は息切れ一つせず、打撃や水技を使って確実にダメージを与えていた。


 霞も当然ヴリトラの反撃を受けて、その体にダメージを受けているはずなのだが、そんな様子や素振りは一切見せない。


 ヴリトラの攻撃手段は、その大きな体による体当たりや踏みつぶし、打ち付けや巻き付きなどの蛇らしい戦い方から……あれは多分土の魔法だろう。

 

 土魔法を使用して地震を起こしたり、地面を割ったり、盛り上げたり、地面を変化させて棘を作ったりと、多岐に渡る魔法を使用している。


 種族特技と思われる毒吐きや、毒針みたいな物を吐いていたりもする。

 

 だが霞は水の壁や水の盾で防ぎきり、致命打は一撃も受けていないようだ……が、なんだ? 霞が動くのをやめた……?


「もういいだろうヴリトラ! そこまで腹が減っているなら、我が主が作った極上の肉をお前にやろう!!」

 霞はいきなり何を言い出してる?

 いや、霞は魔物の言葉が理解できる存在だ。つまり、今のヴリトラは空腹状態――まさか俺たちは空腹状態のヴリトラに遭遇して襲われていた?

 

 つまりその空腹さえ満たせば、襲ってこなくなるのか?

 だが霞は俺が作った肉をやると言っている……俺が作れるのはテイムミート――つまり霞はヴリトラをテイムさせる気か!?


 ヴリトラはじっと霞を見つめている……。

 長時間の戦いで決着がつかず、このままでは自分が倒されることを本能で理解し始めたか?


「ッ!?」

 ヴリトラと目が合った……後ろから押し殺した悲鳴が聞こえるが無理もない。

 

 ……どうする? このまま続きをするのか? それとも霞の提案に乗るのか?


 なんだ? 口を開いて……光が集まっている……?


「チィッ……!!」

 霞が苦い顔をして俺たちの前に戻ってきた、ということはあれは攻撃か!

 しかもまだ光が集まってるってことは、チャージ式の大技だろうな……。


 最後にこれに耐えて見せろってことか……!?


「霞、防げるのか?」


「……あの程度なら問題無い。後ろから動くなよ」

 そう言って霞が全面に水の壁を何重にも展開させた。

 それだけ強力な技ってことか……。


「全員霞の後ろに集まれ!!」

 警戒させていたエリザベスやアルたちも呼び戻し、万全に備えておく。


 霞が攻撃して止めようとしないことから、あれはどう足掻いても絶対に俺たちを狙い放つつもりなんだろうな。

 多分これを凌げば、やつは力尽きると考えてもいいはずだ。


 そして口の大きさほどの光の玉が集まり――放たれた。


 放たれた光線は霞の水の壁を次々に突き破り迫っている。

 水の女神の眷族である霞の壁を易々と破壊するあたり、あの白蛇も霞と同格の存在なのかもしれないな……。


「はぁぁぁぁーーーー……!!」

 どんどん壁を破られていく中、霞は気を溜めているような動きをしている。

 一体何をする気だ……?


 そして霞まで五枚、四枚、三枚、二枚と突き破られていき、いよいよ光線が俺たちに差し迫っていた。


「た、大将! 大丈夫なのかよ!?」

 ジェニスが体を掴んで揺さぶってくる。

 霞は問題無いと言っていた。それなら俺は霞を信じるだけだ。


 最後の一枚が破られたところで霞が動き――あの動きは、鉄山靠?!


 パァンと破裂音のようなものが響き、光線は消失していた。

 霞が最後に鉄山靠で消し飛ばしたようだ。


 辺りに静寂が訪れる。


「やった、のか……はぁーーーー……」

 命の危機から解放されたせいか、力が抜けてへたり込んでしまったな……。


「や、やったーーーー!!」

 後ろでジェニスたちが喜んでいる。なんとか全員生き残ったようだ。

 改めてこの森の恐ろしさを味わったな……。


「…………」

 ヴリトラのほうは沈黙したまま地面に倒れ込んだ――いや、力を抜いたのか?


 ということは……!


「やったぞ、主」

 霞が振り返って笑っている。こういう不意に見せる笑顔に弱いな、俺は。




 ▽   ▽   ▽




 事は終わったが、まだ終わっていない。


 アトラ、エリザベス、アルの三人に周囲の巻き添えになった魔物を集めさせて、アトラとジェニスに魔物を解体してもらい、解体された肉を次々に俺がテイムミートへと加工しつつ、ベルカたちの飯用の肉や果物、野菜の確保をしている。


 とりあえず手持ちの二個のテイムミートをヴリトラの口に放り込んだが、あの巨体では全く足りないだろうな。

 

 作ったテイムミートを次々に放り込んでいたらヴリトラに変化が起き……そして当然の結果だが、ヴリトラが俺にテイムされてしまった。


 ウンディーネである霞と同等の強さを持つ魔物をテイムできたことで、戦力が大幅にアップしたのはいいが、この邪魔すぎる巨体と、それを維持する膨大な食費を賄うという、とてつもなくデカすぎるデメリットを抱えることになってしまった。


 どうすんだこれ、この森の生態系が壊れるんじゃないか?

 

 ……いや、壊れるならとっくに壊れているか。一体どれだけに肉を食うのか分からないが、許容範囲内で頼むぞ。

 

 なんであれ、せっかく仲間にしたのに餓死させるとか、寝覚めが悪いってレベルじゃあない。


 だが弱音を吐いてもいられまいて。霞やアトラ、エリザベスにアルは戦った。次は俺が戦う番だ。


「もっと肉持ってきてくれ!!」

 アトラたちが持ってきた肉を、俺が加工してテイムミートにして、それを霞が流れ作業の様にヴリトラの口に放り込んでいく。

 

 俺は三十を超えた辺りから数えることをやめた。

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