第23話 弱者の葛藤




 一体どれだけのテイムミートを作ったか……。


 ヴリトラは満足して眠ったようだ。

 

 既に太陽は下がり、月が昇りつつある。

 僅かな月明かりと、ジェニスの用意した焚火の明かりが周囲を照らしていた。


 ベルカや獣人の女の子たちは既に寝ている。起きているのは俺とアトラ、霞だけだ。

 俺はアトラの横に座り、パチパチと音を鳴らす焚火をぼーっと眺めている。

 だがアトラに掴まれて、そのままアトラの背中に乗せられた。まぁいいか。


 それよりもテイムしてしまったヴリトラのことを考える。

 ヴリトラといえばドラゴンというイメージが強いのだが、ここにいるのはドラゴンの顔をした大きな白い蛇だ。

 違和感が強いが、これが異世界と俺の認識のズレなんだろうな。慣れていこう。


 そして……毎日この規模の肉を食われるようであれば、全てにおいて支障が発生する。

 当然、元の世界に戻る計画が大幅に遅れてしまう。


 ……じゃあ今ここでヴリトラを殺すか?


 無理だ。なんであれ、仲間となった魔物を殺すことは、俺にはできない。


「キ?」

 アトラが心配そうに鳴いている。


「慰めてくれてるのか?」


「キ」

 よしよしと頭を撫でてお返しだ。


「主はヴリトラのことで悩んでいるようだが、ヴリトラは一度食べれば、暫くは食べなくても問題ないぞ」


「……そうなのか?」


「ああ。今回の騒動の原因は、獲物の魔物を何者かに食い荒らされてしまい、それ故に空腹と怒りで暴れまわっていたようだ」


「その何者かのせいか……勘弁してくれよ」

 たまたまたその怒り狂ってるところに居合わせてしまうなんてな、俺の幸運はもう尽きたのか?

 いや、ヴリトラをテイムできたということは、業運なのか……? 判断に困るな。


 精神的にも疲れてきたのか、まともな判断ができていない気がするな。俺もそろそろ休むべきか。


「そうだ霞、テイマーが魔物をテイムできる条件を知ってるか?」

 今まではなんとなくテイムミートを与えて仲間にできたが、ちゃんとした条件を知っておきたい。

 テイムミートを与えるだけではなく、他にも何か条件があるんじゃないか?


「仲間になる意思を持つ魔物に、テイマーが作ったテイムミートを食べさせると、従魔にできると聞いたことがあるくらいだな」


「他に条件は?」


「いや、知らない」


「そうか、ありがとう。それと、今日も助かった」

 流石に霞もそこまでは知らないか。ほとんど他人と関わりのない状態だったようだし仕方ない。


「……なに、従魔として主を護る仕事をしたまでだ。気にするな」

 霞はあれだけ長時間戦っていたのに、疲労一つ見せていない。本当に凄いやつだな。


「……なぁ霞、ヴリトラの強さはどんくらいなんだ?」


「私と同等くらいの強さはあったはずだが、戦う前から傷ついていたようだな」


「一体何と戦ったんだろうな。食い荒らした何者かか?」


「その可能性は高いだろう。普通、ヴリトラの周囲に近づく魔物はいない」


「……てことは、普通じゃない魔物がいたってことか」


「おそらくダークエルフたちが話していた、憑き物がいたのだろう」


「はぁーーーーーー……ヴリトラにあそこまで怪我を負わせる憑き物って……霞、勝てるか?」


「勝てと命じれば勝とう」


「頼もしいことで」


「キ!」


「あぁ、アトラもいたな。悪い悪い。そのときはアトラも頑張ってくれ」


「キ!」

 ここに更にヴリトラが加われば、余程のことがない限り戦闘で負けることはないだろうが……被害が怖いな。

 

 霞と互角というヴリトラが憑き物にならなかっただけでも、幸運だと思っておこう。


 なんにしても、やはり早急にアトラたちを鍛えて強くする必要がある。

 一日も早くダークエルフの住処に辿り着き、そこを拠点として鍛えていきたいが……。


「ヴリトラ、ダークエルフの住処に連れてって大丈夫か……?」


「主の従魔であれば問題ないだろう。それに私もいるし、アトラ殿たちもいる。村の防衛や食料調達など手伝えば、逆に歓迎されるだろうな」


「……そうだといいけどな」

 ベルカや獣人族の女の子たちの態度が気になる。

 村か……村でも同じように畏まって崇め奉られたらどうするか……。

 受け入れるしかないだろうな……。


「はぁ……」


「主は強者としての振る舞いを覚えるべきだな」


「俺自身は弱者のままだぞ……」


「私やヴリトラを従魔にしている主が、弱者な訳ないだろう?」


「全てが運よく事が運んだだけで、俺自身の力なんてコレっぽっちもなかっただろ」


「主は難しく考え過ぎるクセがあるな。私たちを従魔にした。だから強い。これでいいではないか」


「ベルカとタイマンで戦ったら速攻倒される人間は、俺の中じゃ強者じゃないんだよ」


「そもそも私やアトラ殿が戦うから、その話は成立しない」


「一人でいるところを襲われたら――」


「一人にはしないので、その話も成立しない」


「毒を盛られたら――」


「毒を盛らせないし、主が口にする前に処理するので成立しない」


「……どんな話にも絶対はない。必ずどこかでイレギュラー……予期せぬ事態、予測できなかった事態というのは起こる。その不測の事態をも一人で跳ね返してこそ、真の強者だと、俺は考えている」


「……なるほどな。そこまで言うなら……ダークエルフの村に着いたら、主も強化特訓だな」


「……は?」

 まるで獲物を捉えたような妖しい瞳に、舌なめずりして焚火に照らされている霞の唇……。

 そのときの霞の顔はとても艶かしかったが、俺はとてつもない寒気に襲われた。

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