第9話 エクスペリメンタルエネルギー




「よし、出発の準備もできたし行くか」

 食事などを済ませて、取っておいたテイムミート二個をカバンにしまった。

 これで不測の事態が起きてもなんとかできるだろう。


 準備も整ったし、ダークエルフたちの住まう場所へ出発だ。


 アトラが寝ている間に進化したのは助かるが、進化する場面を見逃してしまったのは残念だな。

 記念すべき最初の進化だというのに、それを見られなかったのは勿体なさすぎる。

 次に進化するときはちゃんと見てやりたいところだ。


「キ」

 アトラが脚で自分の頭を指しているが……。


「ん? 上に乗れって?」


「キ」


「……いや、ベヒーモスに……いや、そうだな。せっかくだしアトラの上に乗せてもらおうか」


「キ!」


「ベヒーモスは仕事を奪われてしまったな」


「ブモ」

 なんだかベヒーモスに悪い気がしてきたぞ……。


「……」

「……」

 ベヒーモスと目が合うが、特に気にしている様子はなさそうどころか、理解していると言わんばかりに頷いた。

 

 昨日から思っていたんだが、もしかしてベヒーモスもかなり知能が高い?

 アトラもそうだ。魔物は人間を襲うことしか考えていない、知能が無い生き物だと思っていたが、この世界ではそういうわけでもなさそうだ。

 

 いや、この二匹が特別なのか?


 ……まぁ今こんなことを考えても仕方ないな。アトラの背に乗せてもらおう。


「よっと……よし、じゃあ出発だ」


「キ!」

 俺の号令とともにアトラが動き出した。

 凄いな、視線がほとんどブレないし、揺れもなく快適に移動している。

 やはり多脚は伊達じゃないか。




 ▽   ▽   ▽




 あれから結構移動したと思うんだが……。


「ブモォ」

「ハァッ!」

「キ!」

 ベヒーモスの体当たりで吹っ飛ばされた灰色のゴブリンが動かなくなり、霞の腰の入ったストレートが灰色のゴブリンの頭を破裂させ、アトラの闇魔法<ダークブレイド>が、ゴブリンたちをまとめて惨殺していき、黄色い光の玉がアトラたちに吸収されていく。


 魔法名は霞が教えてくれた。剣の形をした紫色のエネルギー体みたいな刃が現れ、敵を切り刻んだり、突き刺す魔法だ。


「近くにゴブリンの巣があるのかもしれんな」


「キ」

 返り血は霞の水魔法で洗い流し、清潔な状態に元通りだ。便利な魔法だな。

 とまぁこんな感じで、襲い掛かってくる魔物たちを瞬殺して進行している。


 ゴブリンとは緑色の肌と小さい体、尖った耳に醜悪な体を持つ魔物という認識なのだが、この世界のゴブリンは灰色のようだ。いや、もしかしたらアトラと同じ変異種という可能性もありそうだな。

 ……違うか。変異種なら霞が教えてくれるか。


 魔物たちをテイムしていないのは、食料事情や維持を考えてのことだ。

 無駄に数を増やしても、移動の足枷になったり、食料を調達するのも問題になる。

 だからどうしても必要だと感じる魔物以外は、なるべくテイムしないようにしているのだが、こんだけ出てくるならテイムしてもいいんじゃないかとも思う。

 戦力の増強もしたいが……迷うな。


 ゴブリン部隊とかロマン溢れる部隊を作ってみたいんだよなぁ。

 ゲームでもそうだったが、最弱モンスターを最強モンスター軍団にするのは一つの憧れた。


「キキ」


「あ、ああ、これをテイムミートにすればいいんだな――スキル<クリエイト・テイムミート>」

 アトラの解体速度も上がり、肉をテイムミートにする作業もあっという間だ。

 解体光景は……だいぶ慣れてはきたが、まだキツイな……。


「……ん、やはりテイムミートは美味いな。少量だが、体力や魔力の回復効果もあるようだ」

 どうやらテイムミートには、体力や魔力を回復する効果があるらしい。少量ということだし、これだけで賄えるわけではないだろう。

 だが、アトラたちの食料事情に今のところ困ることはないので、弱い魔物ならどんどん出てきて欲しいところだな。

 

 ……人間の俺が食っても大丈夫なのか? いや、ドッグフードやキャットフードを食べるようなものじゃないか……? やめておこう。


「キ!」


「ん? どうした?」


「……なるほど。主、向こうからノーブルビーの群れが襲いにきたようだ」

 のーぶるびー……ノーブル、ビー? 高貴な蜂か? 蜂の群れが襲いに来た……?!


「いやヤバイだろそれ!」


「いや今のアトラ殿なら問題ない」


「即答で言い切ったな……」


「アトラ殿は中位種に進化したからな。下位種の蜂に負ける道理はない」


「キ」

 霞はなんかドヤ顔だし、ベヒーモスは動じなさすぎだし、アトラも自信満々の様子だな……。

 霞がここまでハッキリ言うということは、上中下の区別はかなり差があるんだろうな。


「……そこまで言うならアトラに任せるが、無理はしないでくれよ?」


「キキ!」


「俺は降りて下がっている。その方が動きやすいだろって……羽音が聞こえてきた」

 群れとか言ってたし、本当に大丈夫か……?

 くっ……蜂の羽音は苦手なんだよ……体を屈めて様子を見守っているぞ。


「見えてきたな」


「……うわっ、どんだけいるんだよ!」

 三十……いやもっとか? 本当にアトラ一人でやれるのか?!

 

 見た目は子供サイズの大きな鉢だ。尻尾の部分は黄色と黒の縞模様の危険カラー。

 あんなデカイ蜂に襲われたら一瞬で肉塊にされてしまうぞ……!


「――って、今アトラ地面に消えていかなかったか?」


「今のはスキル<シャドウムーブ>だな。影から影へと移動するスキルだ。アリの群れを殲滅する際にも使っていたぞ」


「そうなのか……あ」

 アトラの姿が見えたと思ったら、横に一回転して全方位に<ダークブレイド>をばら撒き、それをくらった蜂たちが真っ二つにされて一気に落ちた。

 

 それ以外の蜂たちは、アトラの吐いた網のような物で、木々にまとめて張り付けにされていってるし、本当に一人で処理しそうだなこれは……。


「そう言えば、魔物を倒したときに出てくる黄色い光の玉ってなんなんだ?」


「主は知らないのか。あれはエクスペリメンタルエネルギーと言って、倒した魔物から排出されるエネルギーの塊だ。おっと、ちょっかいを出した私のほうにもきたな」


「……エクスペリメンタル、ということは経験値か。なるほど、それでアリを大量に倒してゲットしたから、進化したんだな」

 なんという安直なネーミング。分かりやすいが長いな、誰が命名したんだ?


「主は察しがいいな。そういうことだ。ただ――」


「テイマーである俺のところにはこないのか?」


「いや、普通は魔物の主であるテイマー自身にも入るらしいのだが……」


「……そうか。多分俺の知らないなんかのスキルが関係してるんじゃないか?」

 アトラたちが倒した敵の経験値が俺に入らないとなると、俺は一生レベル1のままだったりするのか……?


 ……これはかなりマズイだろうな。

 経験値というシステムがある。ということが明確になったことは良かったが、俺自身が得るには、俺が魔物を倒すしかない……現状無理だ。

 せめて何か武器があれば、アトラに弱らせて、俺がトドメを刺すという作戦でなんとかできそうだが、その武器の入手が、ダークエルフのいる場所まで行かないとどうしようもできない。

 アトラたちに倒させて、俺は楽々レベルアップ。という都合の良い展開とまではいかなかったか……。



「それにしてもエクスぺリメンタルエネルギーって長くないか? EXPか経験値って呼んでも良いと思うがな」


「ほう、主はそう呼ぶのか。私も長いとは思っていたが、略称は知らなかった」


「俺の世界のゲームじゃ大体そんな感じだったし、言うときに長いと面倒だし、経験値とかでいいだろ。倒した経験を値として入手できるという意味なら、そこまで間違いでもないだろうしな」


「主がそう呼ぶなら私もそれに合わせよう」


 ということで俺たちの中で、エクスペリメンタルエネルギーは経験値と呼ぶことにした。

 あくまで俺たちの中での話なので、これをここ以外の他者に押し付けるつもりはない。

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