第10話 エリザベス




 ノーブルビーたちの襲撃から数分が経過したが、もう羽音は聞こえない。

 全てアトラが一人で迎撃殲滅したからだ。


「まさか本当に一人で倒しきるとはな……」


「今のアトラ殿なら、単独で人族の街の一つは落とせるだろう」


「マジかよ……」

 どんだけ強いんだアトラは。で、霞はそれ以上に強いのか……ベヒーモスはその間くらいか?

 

 アトラ一人で街を落とせるということで、強さの基準がなんとなく分かったが……テイマー強すぎないか?

 

 こんな強い魔物を使役できるテイマーを――俺を棄てた国は一体何を考えてるんだ?

 ここまで凄いなら何人いても困らないだろうし、国防の役にも十分立つだろう。

 勇者の引き立て役にも使えるはずだが、置いておくことができない、何らかの不都合な理由があったと見るべきか。

 

 ま、俺は廃棄されたことでアトラや霞と出会えたし、ある意味ラッキーだったかもしれないな。あのままあそこにいたんじゃ、一体どんな目に遭っていたか……あまり考えたくない。


 ……そういえばあいつらは俺のスキルを確認しなかったな。もしスキルを確認されていたら、扱いが変わったかもしれないか……?

 

 もしレアスキル持ちだったら、間違いなくキープされてただろうし、見られなかったのも運が良かったか。


「……アトラ、それは?」

 アトラが一匹の大きな蜂を糸で縛って連れてきたが……首周りにある豪華なモフモフ具合や、他の個体よりも大きな体……まさか――


「おぉ、女王の捕獲に成功したか! 流石はアトラ殿だな」

 霞が少し興奮しているが、やはり女王蜂か。


「キ!」

 アトラが誇らしげにしている……よく捕獲できたな。

 

 連れてきたってことは、つまりテイムしろってことだよな?

 テイムするメリットは……蜂蜜か? あとは飛行戦力の獲得か。

 

 しかしこれだけ仲間を見殺しにしたんだ、仲間になってくれるとは思いにくいが……。

 とりあえずアトラを褒めておこう。


「アトラ、よくやったな」

「キ!」

 ヨシヨシと頭を撫でてやる。


「……でだ、女王様。これを食って俺の仲間になってくれれば、命は保証する」

 なんだか悪役みたいなセリフだが、まぁいいか。


 ――お、凄い勢いで頷いて、地面に置いたテイムミートを食べ始めた。


 やけに素直だが……それだけアトラが怖かったのかもしれないな。

 まぁ俺たちを襲いにきたんだ。返り討ちにされるのも致し方あるまい。これも弱肉強食の自然社会の一環だ。




 ▽   ▽   ▽




 ということで、クイーンノーブルビーが新たに仲間になった。


「名前か……女王というとあの名前が真っ先に思いつくが、それでいいか。ということで今日からお前はエリザベスだ。よろしく頼むぞ」

 ……またも凄い勢いで頷いている。正直、襲い掛かってきたとはいえ、群れを壊滅させて、脅して仲間にしたようなもんだし、罪悪感がないこともない。

 今回は素直に仲間になってくれたし、仲間になった以上はちゃんとした扱いをしていく。


「だが、群れを壊滅させて強引に仲間にしたようなもんだ。エリザベスは俺を憎んでいたりはしないのか? 仲間を皆殺しにした魔物の親玉だぞ」

 俺の考えとは裏腹に、エリザベスは首を横に振っている。


「主よ、エリザベスは戦いの結果を受け入れ、主の仲間になると決めたのだ。もし憎しみを残していたら、仲間になることはなかっただろう」


「確かにそれはそうだが、仲間を殺された恨みは絶対に消えないだろ。種族によって違ったりするのか?」

 恨みや憎しみはどんな生物にも必ずあるはずだ。そう易々と消えるものではない。


「配下である仲間を殺されたことは、少なからず思うところはあっただろう。しかしエリザベスは現状を受け入れ、今ここにこうしているのだ。これは魔物の生存本能と、強き者に従う習性だな」

 ……霞の発言にエリザベスもコクコクと頷いているな。

 

 価値観の違いかもしれないな。同じ人間だったら話は単純で簡単だったかもしれないが、エリザベスは魔物で蜂で昆虫だ。昆虫……だよな?

 魔物や蜂、昆虫独自の価値観というものがあるのかもしれない――いや待てよ?


「でも俺が誰かに殺されたら、アトラや霞たちは結果として素直に受け入れられるのか?」


「キキ!」


「……テイムされる前なら受け入れられたかもしれないが、今となっては相手に報復しても収まらないだろうな。私たちのように習性にとらわれない一部の個体や、一時的に復讐に燃える個体も存在はするが、エリザベスはそうではなかったという話だ」


「お、おう……そうか」

 アトラと霞の雰囲気が一瞬にして変わったな……テイムには何か洗脳や魅了みたいな効果があるんじゃないか?

 ベヒーモスはゆったりと落ち着いた様子だし、一人と一匹の反応がちょっと怖いぞ。


「……あー、そういう感情をエリザベスも持っていると思ったんだがな。なぁ、テイムしたことで価値観が書き換えられたりとか、魅了や洗脳されていたりしないか……?」


「主、魔物は強き者に従う習性を持ち、テイマーを受け入れた魔物はテイムされ、忠誠を誓うのだ。つまりテイマーを憎み受け入れない魔物は、テイムを拒絶する」


「ということは……書き換えなどはされていなくて、エリザベスは全てを受け入れて、仲間になった、ということか……」

 やはりこれは価値観の違いだな。であれば、俺も今を受け入れるしかない、か。

 魔物は考え方がドライなのかもしれないな。


「だからそう言っているだろう。そもそも私に魅了や洗脳は効かない。しかし主がエリザベスのことをそこまで考えていたとは、優しいのだな」


「……そうでもない。あとで後ろからブスリと刺されないか臆病なだけだ」


「はっはっは。テイムされた魔物が主を傷つけたという話は聞いたことがない。安心するがいいぞ」

 傷つけた事例がない理由は、そのまま殺ってしまったから事実として残っていない……とかいうオチじゃないといいけどな。

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