第8話 アトラの進化姿




「……ん……朝か……」

 ここは……枝の上か。体が痛いな……夢じゃなかったか……。

 

 まだ暗い……時間的には早朝四時とかそんな感じか……?


「主よ、目が覚めたか」

「キキ」


「ああ、二人ともおは――んん!?」

 ウンディーネの霞は覚えている。だが隣の、コタツサイズの赤い蜘蛛は……。

 尻部分も含めるとなかなか大きいぞ。


「まさか、アトラ……なのか?」

「キ!」

 前脚を二本挙げて反応している……アトラなのか。だが何故姿が変わっているんだ?


「ああ、昨日の夜、アリたちが主を襲いにきていてな。アトラ殿が見事に返り討ちにしたぞ」

 俺が寝てる間にそんなことがあったのかよ……冗談じゃないぜ。

 もしアトラと霞がいなかったら、俺は昨日の夜に死んでいたってことか……。

 つくづく自分の運の良さに救われるな。


「……アリを倒して進化したってわけか。まぁ戦力の強化になるなら喜ばしいことだな。アトラ、進化おめでとう」

「キィ!」

 凄く喜んでいるな。進化できたことがそんなに嬉しいか。味方の戦力アップだし俺も嬉しいぞ。


「アトラ殿はこれで下位種から中位種に上がり、その力は下位種の頃と比べ格段に上昇している。しかも……」


「しかも?」


「私の知っている個体よりも、魔力量が桁違いに多く感じる。亜種であることが理由だろうが、それ以上に強く感じる。下手な上位種より強いかもしれないぞ」

 ということはやはりアトラは、特殊個体、あるいは変異体か?

 原因があるとすれば、間違いなく俺が関与してるだろうな。テイマーのスキルか何かだろうか。なんにせよ、強くなったということは素直に喜ばしい。が……。


「大きくなったなぁ。背……いや頭か? そこに俺とかが乗れそうじゃないか?」


「キキ」

 アトラが自分の頭部分を前脚で指している。


「え、乗ってみろって? 大丈夫か?」

「キ!」


「アトラがそこまで言うなら乗ってみるが……不安だな」

 アトラを潰さないように、ゆっくり乗ってやろう……。


「……お? おおお??」


「キキ!」


「座り心地はどうだ、主」


「アトラの毛の肌触りもいいし、座り心地もいいぞ! まるで高級椅子に座っているような感覚だな!」

 毛のおかげなのか、ふかふかで柔らかく、まったく負担を感じさせないクッション性。一体どうなってんだ?

 尻部分が良い感じに背もたれになってるし、浅く座れば寝れそうだ。


「おぉっ」

 アトラが太枝から地面に降りたが、一切の衝撃なく着地した。凄いぞ。


「キキ!」


「……え? ちょっまっ――」

 アトラがそのまま飛び降りやがった!!

 降りたのはこの為か! し、死――


 どのくらいの高さを飛んだかわからないが、わかるのは、背の高い木々を楽々飛び越してるということだ。

 

 ようやく頂点に達したところで、あとは落下する訳だが、俺の心は恐怖に塗りつぶされていた。


 最初はゆっくりと落下を始め、徐々に加速していく。

 落とされないようにアトラに必死にしがみ付きながら、景色がスローになるのを感じた。


 人は危機に瀕すると景色がスロー状態になり、とっさの動きができる、というのは俺は何度も実体験したことがあるので理解できるが、あまり何度も体験したいものじゃない。


 そして高速で地面が近づき――


「…………い、生きてる……」


「キ!」

 落下の衝撃で死ぬかと思ったが、アトラが上手い具合に脚を曲げて、落下の衝撃を吸収したようだ。

 絶叫マシンに乗った気分だったが、アトラに悪気はない。


「ブモ」

 起きていたベヒーモスと目が合う。だが俺は複雑な気分に陥る。


「あぁ、おはよう……」

 ベヒーモスの顔を見て複雑な気分になる理由が、そこら辺に転がっている訳だが……。


「この大量のアリの死骸が、話していたアリか……」

「キキ!」

 目の前に大量のアリの死骸が散乱しているが……これ全部アトラがやったのか。


 体を縦に真っ二つにされた個体と、首を落とされた個体が多い。

 一体どんな戦い方をすればこんな惨状になるんだか……。


 ともあれ、戦って勝利したアトラを労う必要があるだろう。そういうところから信頼関係を築いていくことも、育成には必要なことだ……と思う。


「……よくやった。アトラがいなかったら間違いなく俺は死んでいただろう。助けてくれて感謝しているぞ」

「キィ」

 この大量のアリたちから守ってもらったとなると、アトラには足を向けて寝られないな。

 ヨシヨシと頭を撫でてやろう。


「主、カバンだ」


「あぁ、ありがとう」

 霞が空から降ってきた……落下の衝撃もなく静かに着地するって、どうやってるんだ?

 まぁ大精霊という地球では非常識の存在だ。それに俺の常識を当てはめようとして考えても無意味だろう。


「それでだ、主よ」


「なんだ?」


「この大量のアリの死骸をテイムミートにしてはどうだ?」


「え、アリって肉があるのか……?」


「なければこの体を支えて動かすことはできないだろう?」


「それもそうだが……」

 いや、そうだな。ここは異世界だ。あれだけ大きいアリなら可食できる肉もあるのだろう。

 だがこの数はな……一体どれだけいるんだ?


「キ」

 アトラがさっそくアリの肉を持ってきた。予め解体していたか。

 気になるアリの肉は……コボルトのときの赤い肉ではなく、こっちは黒い肉だな……。


「うぇ……」

 黒い肉というのは見たことがない。アリというのも相まって気持ち悪いが……慣れるしかないな……。

 

 黒い肉か……漫画か何かで高級食材としてあったような気がするが、思い出せない。

 高級食材だと思って作業するか……。


「……ありがとうアトラ。じゃあさっそくテイムミートにしていくぞ」

「キキ」


「――スキル<クリエイト・テイムミート>」

 ……こうして涙目になりながら、片っ端からアリの肉をテイムミートに加工していった。

 理屈は分からないが、黒い肉はスキルで加工すると赤い肉になった。


 仮説の一つとしては、肉自体の性質が変化して、テイムミートというアイテムに置き換わっている可能性だ。

 だからどんな肉だろうと……そう、人の肉だろうとテイムミートに出来てしまうんじゃないかという恐れが出てくる。


 俺は考えることやめて、ひたすら無心にテイムミートにしていった。二十から先は数えていない。勿論そんな数がカバンに入る訳もなく、代わりにアトラと霞とベヒーモスの腹の中に入っていった。


「ふぅ、非常に美味だったぞ主」

「キキ!」

「ブモ」


「そりゃ良かったよ……俺は疲れた……」

 動いていないのにここまで疲労感があるのは、魔力の使い過ぎだろうか。魔力の使い過ぎには注意しないとな。


「ふぅ……」

 一人と二匹は朝から霜降り肉で豪華な朝食だったが、俺は干し肉を齧りながら水を飲んで、朝食終了だ。なんだか格差を感じるような気がするが、気のせいだな。考えすぎだ。


 だが、そろそろまともな飯が食いたいぜ。米が食べたいな……。

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