第6話 ワールドエンド




 新たに水の女神の眷属、大精霊のウンディーネ改め、霞を仲間にした俺たちは、次はダークエルフがいるらしい集落へ向けて出発するのだが――


「主よ、移動手段として、あそこにいるアサルトヒポポタマスをテイムするのはどうだ?」

 そう言って霞は、近くで水を飲んでいる一匹のカバを指さした。


 確かカバの英語名がヒポポタマスだったか……?


 突撃カバ……アホっぽいネーミングに聞こえるが、あの巨体で突撃されたら死ぬ。


「カバか……」

 カバはのんびりしてるように見える見た目に反して、実はかなり攻撃性が高いと聞いたことがある。

 縄張りに入った敵には容赦なく攻撃をしかけ、あの危険なワニですらカバには勝てない、最強の生物と言っても過言ではない動物だったか。

 ……ライオンんが天敵とかも見かけたことがあったな。


 ともあれそうなると、俺が近づけば、縄張りに侵入した敵とみなされて攻撃されそうだが……こっちにはウンディーネの霞がいるなら大丈夫か?


「キ」

 考え込んでいたら後ろからアトラが俺を呼んでる


「……おいおい」

 振り返ると、アトラが蜘蛛の糸に搦めて魔物の死体を運んできていた。

 いつの間に仕留めてきたんだ……。


「おぉ、アトラ殿、実に良いタイミングだ。ささ主よ、さっそくテイムミートを作ってあやつをテイムするのだ」


「まぁ……そうだな、わかった。アトラ、また解体頼めるか?」


「キ」

 よし、これでアトラが解体してくれるのを待とう。


 問題は、どうやってあのカバに肉を食わせるか……。

 そもそもカバって草食動物じゃなかったか? 知らないが。

 もしそうだったとしたら、テイムミートを食べてくれるのか?

 いや、食べてくれなかったら、どうやって草食動物系の魔物をテイムするんだ?


「それじゃあ私はアヤツと話してくるので、主は準備ができるまで待っているといい」

 霞はカバに向かって歩いて行った……話が通じるのか?

 まぁ神の眷属で大精霊みたいだし、意思疎通とかはできるのかね。

 アトラとも意思疎通できてるみたいだし、問題はないか。


 霞がカバに接近すると、カバは霞の存在に気づいたようだ。

 霞は特に襲われることもなく、カバが頭を下げているように見える。

 今までこの泉を管理していた大精霊が話しかけてきたって考えると、カバからすればビックリするよな……。

 

 霞がこっちを見てカバに何かを説明している。カバと視線が合ったような気がした。

 それにしてもあのカバ、大きくないか……?

 確実に霞よりも高いぞ。全長も軽トラ以上あるんじゃないか?


「キ」

 カバを見ていたら、いつの間にかアトラが解体を完了したようだ。

 量的に何個か作れそうか?


「ありがとう、じゃさっそく作るか。スキル<クリエイト・テイムミート>」

 解体された魔物の肉をテイムミートに変えていく。できたのは三個だな。

 まとめてやってみたが、肉の分量分生成されるようだ。覚えておこう。

 

 魔物の肉じゃないと知らなければ、結構美味そうな肉なんだよなぁ……。

 ともあれ、これで準備はできた。あとはこれをカバに食べてもらう訳だが――


 霞とカバがこっちに向かってきている。

 まぁあとは成るように成れだ。多分大丈夫だろう。そんな気がする。


「主よ、連れてきたぞ。さっそくこやつにテイムミートを与えてやってくれないか?」

 霞がポンポンとカバの背中を叩いているが……。


「大きいな……」

 見た目はやはりカバだ。

 だが動物園で見かけるようなカバよりも一回り以上大きい気がする。

 テイムミート一個で足りるか……?


「コヤツならテイムミート二個で足りるであろう」

 なるほどな。個体に応じて必要個数が変化するのは間違いないようだが、それなら大精霊であるウンディーネの霞が一個だけでテイムできてしまったのは、なんだかバランスが悪い気がするんだが……今考えても仕方のないことか。


「わかった」

 霞の助言に従い、テイムミートを二個、カバの目の前に出してみる。

 が、どうやって食べるんだ? 地面の土ごといくのか?


「……いや、食べづらそうだよな。口を開けてくれるか?」

 俺の言葉を理解しているのか、カバは口を開けてくれたが……。


 口の中には鋭い牙が生えていた。

 動物園で見るようなカバの牙はもう少し可愛い感じだったと思うんだが、こっちのカバの牙は殺意に溢れているように見える。


 そして可動域が自身の体よりも大きく、俺なんか一口で飲み込まれそうだ。


「……それじゃ口の中に入れるぞ」

 テイムミートについた汚れを払ってから、カバの口の中に二個のテイムミートを投げ入れる。

 カバは口を閉じてそのままテイムミートを飲み込み、体が緑色の発行してテイムが完了した。


「よし、これからよろしくな。名前は……そうだな、ベヒーモスにしよう」

 よくゲームで見かけるベヒーモスだったりベヘモスだったりするあれは、元はカバらしい。

 どんなゲームでもかなりの強さを持つ強力モンスターだったからな、コイツにもそんな風に強くなって欲しいという気持ちも込めて丁度いいと思ったけど、どうだ?


 ベヒーモスはゆったりと頭を下げた。受け入れてくれたと見て良さそうだな。

 ただ、いかつい名前とのんびりした見た目や動作が合わず、なんだか名前負けしているような気がしなくもないが、そのギャップも悪くないと思う。


「主、ベヒーモスの名の意味はなんなのだ?」

 霞が興味深そうに聞いてきたが、この異世界にはいないのか?


「この世界にはベヒーモスはいないのか?」


「ベヘモスなら知っているが、ベヒーモスは初めて聞いたぞ」

 ベヘモスはいるのか……どんな存在なんだろうか?


「俺のいた世界じゃ同一の存在として、伝説の存在だったり悪魔だったり色々あるんだが、俺が選んだのは伝説上の怪物のほうだな」


「ほうほう、異世界ではそういう伝説があるのだな」


「まぁ架空の物語みたいなもんだし、この世界みたいに実際にあったことじゃない、はずだ、多分」


「主の話は面白そうだな、また今度じっくり聞かせてくれるか?」


「暇があって俺が知ってる範囲でならな……」

 どうやら霞の面白センサーに引っかかってしまったようだ。迂闊に喋り過ぎたか。


「キ」

 アトラが残りのテイムミートの前に陣取っていた。


「そうか、一個残ってたな。せっかくだしアトラが食べちゃっていいぞ」


「キ!」

 アトラが両脚でテイムミートを持ち上げて喜んでいるようだ。

 解体してくれた手間賃みたいなものだと考えればいいだろう。


「それじゃダークエルフの集落を目指して出発するか」



 ▽   ▽   ▽



 あれからベヒーモスの背に乗せてもらい移動していることで、楽に移動ができている。まさか顔から乗ることになると思わなかったが。

 思ったよりも速く走るベヒーモスに驚かされた。原付以上はありそうなスピードだ。

 この巨体と速度で体当たりされたら、多分俺は死ぬ。


 あの数百メートルあった崖だが、霞が俺とベヒーモスを持って、そのまま崖を駆け上がったときは、恐怖で本気で死ぬかと思った……。

 まさか霞が軽トラくらいありそうなベヒーモスを、細い片手で持ち上げるとは思わないだろ。

 流石は神の眷属であり大精霊のウンディーネ様ということで、無理矢理納得した。


 そんなことを思い返しつつ、空を見ればもう日も暮れ始めている。

 そろそろ寝床を見つけないとマズイな……。


「キ」


「そうだな、あの木の上がいいだろう」


「……なんの話だ?」


「キ」


「今夜一泊するための寝床の話だ。このまま地面で寝ていたら魔物に食われてしまうぞ」

 ……俺一人だったら初日で死んでたな。


「だが俺は木登りなんてできないぞ」


「安心しろ。私が抱えて登ってやる」

「は?――あ?」

 何故俺はお姫様抱っこをされている?


「よし、行くぞ」

「ちょまっ――」

 またか、と思う間もなく、あっという間に俺を抱えた霞が幹を駆け上がり、太枝までたどり着いた。


「滅茶苦茶だな……」


「ここなら襲われる心配は下ほどはないだろう」


「……ここでも襲われるのか?」


「空を飛ぶ魔物もいるからな」

 安全な場所はないのか……。

 そうか、魔物とかがいる異世界だもんな。そりゃそうか。

 やはり早急に安全確保をしないといけないな。


「いや待て、下にいるベヒーモスはどうなる?」


「問題は無い。この辺りにベヒーモスを傷つけられる存在はいないからな」


「マジかよ……」

 霞の言葉には驚かされっぱなしだな。

 まさかこの辺りでベヒーモスは無敵な存在だったとは。

 見た目や柔らかい肌触りに反して、強固な皮膚をしてるんだなぁ……。


 下を見ると、ベヒーモスはゴロンと転がっていた。

 強者の余裕というやつだろうか。とんでもないやつをテイムしてしまったな。


 それにしても、この木はやっぱりデカイな。幹もそうだったが、大木だ。そして背が高い。

 高さは十階建てのマンション以上あるんじゃないか? 言い過ぎか。

 しかしこの枝だって、枝と言うには太すぎる。俺が横になっても落ちる心配がないくらいだぞ。

 流石は異世界の樹ってところだな。加工できればかなりの木材を得られそうだ。


「ふぅ……」

 ……なんにせよ、この異世界にやってきて、やっと休める場所だ。

 もう疲れた……もう動かんぞ……。


「キキ」

「うむうむ」

 何を話してるかは知らないが、アトラと霞が仲良くしてくれてるのはいいことだ。

 二人がいなかったら俺もここにはいなかっただろうしな。


 道中現れた魔物は、ほとんどベビーモスの体当たりで蹴散らしたり、霞が接近戦をメインに、主にワンパンで仕留めていた。

 ウンディーネは水の魔法を使うイメージだったが、霞は変り者なのかもしれないな……そもそも俺にテイムされてる時点で十分変り者か。


「そうだ霞、この森ってどんな場所なんだ? 最初会ったときの話だと、かなり危険な場所みたいだが……」


「そうだな、ここはワールドエンドと呼ばれ、大陸の最も西に位置する場所だ」


「ワールドエンド? 随分と御大層な名前だな」


「ここに存在する魔物は、人族からすれば強敵で数も多い。人族一人迷い込んだらあっという間に奴らの飯だ」


「……俺はかなり運が良かったみたいだな」


「そうだ。だから私も主に興味を持ったのだ」

 あのクソジジイ、そんな場所に俺を棄てたのかよ……あの姫といい、思い出しただけで腹が立ってきた。

 覚えてろよ……泥水を啜ってでも舞い戻って、目にもの見せてやるからな。


「……待てよ、そういうことなら、アトラや霞、ベヒーモスも強いのか?」


「私はこの森でも当然上位存在だが、アトラ殿は下位の存在だな。ベヒーモスは中位といったところか」


「キィ……」

 そうなるとマズイな。アトラよりも強い存在と遭遇したらやられてしまう可能性がある。

 いや、アトラよりも強い存在と遭遇しないで霞と出会えたのだから、運が良かったのか。

 …………いや待て、なんだこの違和感は? 何か不自然な感じが……ダメだ、分からない。


「何を悩んでいる? 主はテイマーなのだから、アトラ殿を戦わせればよいだろう?」


「俺はあまりにもこの世界のことを知らなさすぎる。敵をも知らない状態で迂闊に戦闘をしかけて、返り討ちにあったら目も当てられないぞ……」


「私がいるではないか。私なら大抵の魔物は倒せるし、アトラ殿が戦える相手も見繕えるぞ」

「キッ」

 霞はこう言ってるし、アトラもやる気満々だな……ならやるしかないか。

 俺よりもこの異世界に熟知している霞がこう言うなら、霞より上位の存在については今のところ考えなくても良さそうか。


「……分かった。明日からはアトラを鍛えながら進んでいく方針で行こう」


「ああ、それがよいだろう」

「キ」

 アトラの育成か……ポケット……いや、どちらかと言えばデジタルなほうか?


 強い魔物に育ててやりたいが、その前に俺が生き残れるか微妙なところだ。

 ウンディーネの霞が守ってくれるとはいえ、それでも限界はあるだろう。

 もっと戦力の増強もしたいが……帰るときのことを考えるとなぁ……。


「はぁー……」


「そんなため息をついてどうした主」

「キ?」


「自分の不甲斐無さが情けないだけだよ……今日はもう疲れた。俺は先に休ませてもらうぞ」

 いきなり異世界に召喚されて、見知らぬ土地を命の危険に晒されながら歩き続け、疲れた。

 なんとしても帰って十億円を手にする。それまでは絶対に死なんぞ……。


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