第5話 霞




 俺がテイマーのスキルで初めて作ったテイムミートを、ウンディーネが勝手に食べてしまったことで、ウンディーネが俺にテイムされて仲間になってしまった。


 ――いやいや、いいのか!? 大丈夫なのか!? あのウンディーネだぞ……!!

 

 水の女神の眷属と名乗っていたわけだが、そんな神に連なるそんな存在が、異世界人である俺にテイムされたというのは流石にな……本当に一体何を考えている?


「そういえば主の名をまだ聞いていなかったな」

 呼び方がお前から主に変わっている……複雑な心境だ。いや、気持ち悪ささえ感じる。

 色々な感情が俺の胸の中で蠢いているせいで気持ち悪いし、眩暈がしてきそうだし、吐きそうだし……最悪な気分だ。


「……まだ名乗ってなかったな。俺は運河京太郎だ……いや、この世界だと名を先に出すのか? それなら京太郎・運河だな」


「名から先だ。キョータローだな、覚えたぞ」

「キキ」

 アトラが抗議するように鳴いている気がする。

 そういえばアトラにも名乗っていなかったか……悪い。


「で、どういうつもりだ?」


「主にテイムされたことか?」


「そうだ」


「好奇心だ」


「何故だ?」


「ダメか?」


「理由を聞いている」


「面白そうだったからだ」


「……」

 ウンディーネの中では、面白さが何よりも優先されるのか? 覚えておこう。


「ウンディーネは水の大精霊だろ? 俺なんかにテイムされたら、この水場や環境に混乱が起きないか?」

 これも俺の勝手な想像だが、ウンディーネはその水場を管理しているイメージだ。

 そんなウンディーネが俺なんかにテイムされてしまえば、ここの水はどうなる?

 あまり良いことにはならなさそうなのが気がかりなんだよな……。


「主よ、もしかしてウンディーネは私一人だけだと思っていないか?」


「……違うのか?」

 ウンディーネは上位精霊として、唯一無二の存在だと思っているが……まさか他にもウンディーネがいるのか?


「ウンディーネとは言わば種族名のようなものだ。私以外にも眷属のウンディーネは存在するし、私一人が消えたところで問題はない」


「そうなのか……」

 衝撃の事実だな。ウンディーネは種族名だったというパターンか。


「ここは私の縄張りだが、私が消えれば他のウンディーネが縄張りとするだろう」


「それでいいのか……」

 管理というよりも、縄張りという意識なのか。これも驚愕の事実だ……。

 この世界のウンディーネ、いや、大精霊のシステムはそういう仕組みなのだと理解した。


「いや待てよ? そうなるとウンディーネという呼び名のままじゃ不便か……?」


「シャドウスパイダーにはアトラと名を付けたのだろう?」


「フルネームはアトラク=ナクアだ」


「そうやって名前を付けたのであれば、私にも名付けをしてくれないか?」

 と言われても、ウンディーネはウンディーネだしな……。


「あぁ、そうだ。名付けによって強さが変わったりはするのか?」


「テイマーが名付けたことで強さが変わるという話は、今のところ聞いたことはないな」


「そうなのか」


「それで私の名前は決まったか?」

 いきなり名前をつけてくれと言われてもな……やはりウンディーネはウンディーネだろう。


 適当な名前をつけるわけにもいくまい。かといって適切な名前を思い浮かばない。

 水から連想できるワードで決めるか……。


 …………。


 …………。


 …………。


「……そうだな、霞でどうだ?」


「カスミ?」


「文字で書くとこうだったか? 霧が帯状に見えたりするあんな感じだな。ウンディーネと言えば水属性だろうし、魔法で霞を使って相手の視界に遮ったりとか、合いそうじゃないか?」

「……霞か。悪くない名だ」

 気に入ってくれたようだな。

 既に上位の存在だけあって、仰々しい名前を付けなくてもいいかと考えたが、ハズレてなかったようだ。

 ただ、アトラと霞となると、カタカナと漢字でバランスが悪いような気がするが、多分気のせいだろ。


「キ!」


「おお先輩殿、これからよろしく頼む」

「キ」

 あれは上下関係の確認……か?

 おそらく生き物のとしての格は、水の女神の眷属であるウンディーネ、霞のほうが上だと思うが……気にするのはやめておくか。


 ウンディーネの霞が新たに仲間になった、が――大事なことを忘れていた。


「……そうだ、言い忘れていた」


「なんだ主よ」


「俺はなんとしてでも元の世界に帰るつもりだ。そうなったらお前たちを連れていくのはできないかもしれない。いいのか?」

 勝手に肉を食った霞はともかく、アトラは俺が誘ったわけだから、アトラだけでも一緒に連れていきたいとは思っているが……。


「なんだそんなことか。またそのときになったら考えればいいであろう」

「キ」

 軽い。と思ったが、まだまだ先の話だし、そもそも帰れる方法も分からない。

 

「それに主は帰る方法を知っているのか?」


「……いや、知らない。霞は知っているのか?」


「私も知らない。つまり主は帰る方法を探すところからだな」

「キ」


「帰る方法もそうだが、まずは生き残る方法を探さないとだな……」

 戦力は増えたが、俺自身はただの人間のままだ。簡単に死ねる。

 安全を確保できる環境を用意するためにも、早く人のいる場所を見つけないとか。


「そうだ、霞。人のいる場所を知らないか?」


「ここから北の山のほうに――この崖上の向こうだな。この先にダークエルフたちの集落があったな」


「ダークエルフと人の関係は良好なのか?」


「あそこの集落は人族とは関りを持っていないらしいぞ」


「……そうか、とりあえず行くだけ行ってみるか」

 完全な余所者の俺が歓迎されるかはわからないが、ウンディーネである霞の存在がプラスに動いてくれることを祈ろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る