第2話 アトラク=ナクア




「キ?」


 ヤバイ。


 高い音で鳴き声みたいな音を出している、不気味な赤い蜘蛛と目が合ってしまった。

 ここで目をそらしたら殺られる気がする。


 体は傷だらけで、脚も何本か欠損している。

 目も何個か潰れて痛ましい姿だが、コイツは絶対凶悪な存在だ……!

 

 ここで背を向けて逃げれば、俺もこのオークと同じ目に遭うかもしれない。

 経験則から動物というのは、得てして逃げる獲物を追う習性がある気がする。

 特に、目が合った状態から背を向けて逃げ出すのは良くない……と思う。

 

 で、あれば――やることは一つだ。


「落ち着け。俺はお前の敵じゃない。そんなオーク?の肉より、俺の持ってる美味そうな肉を食べて、俺の仲間にならないか……?」

 両手を前に出して落ち着くようになだめてみる。まるで洋画に出てくる人物になった気分だ。

 あれ、その人物ってどうなったっけか?


 まぁ、これは賭けだ。この蜘蛛が大人しく肉を食ってくれるか、食ったとしても、仲間になってくれるのか……。


 宝くじを当てた俺の運よ、まだ残っているなら、どうか俺に味方してくれ……!


「……」

 蜘蛛がよた……よた……と近づいてきた。

 動きから、俺に襲い掛かってくる気配はなさそうだが、ハエトリグモみたいに、いきなり飛び掛かってくる可能性もゼロじゃない。


 いや、もしかしてなんだが……俺の言葉を理解しているのか?

 俺が美味そうな肉を持ってると言ったら近づいてきたが――


 っと、そうだ、カバンから肉をだして 、食べやすいように葉っぱごと地面に置いてやろう。

 肉を包んでいる葉っぱが皿替わりになるし、地面で汚れることはないはずだ。


「……キキ」

 赤蜘蛛は肉を見て首を傾げているが……どうだ?

 食ってくれるか……? いや食ってくれ!

 

 あの肉は霜降り肉っぽい見た目だし、普通に美味そうなんだよな。

 もしかしてアレも俺の飯で、肉をあげてテイムするというのは俺の勘違いか……?


「キキ」

 おっ、蜘蛛が鳴いたと思ったら肉を齧りだしたな! これで第一段階はクリアだ!

 

 よし、あとはテイム状態にできるかどうか……。

 これで他に何か手順が必要だったりしたら詰むぞ……。


 頼む、このまま正解であってくれ!



 ▽   ▽   ▽


「……」

 蜘蛛が肉を食べ終わったが、特に変化は…………ん!?


「キキッ」

 蜘蛛の体を緑色の淡い光が包み込みだした?

 

 緑――光――傷が治っている!

 

 脚も、目も……そうか、これは回復効果か!


 だがこれはなんだ? 蜘蛛の魔法効果なのか? それともテイム効果なのか?

 さっぱり分からん……。


「キ」

 蜘蛛が生えそろった脚を使ってジャンプしたり、一通り感触を確かめたあと、とてとてと俺の前まで歩いて戻ってきた。動きはそこまで早くないように感じるが、本調子じゃないのかもしれないな。


 敵意は感じられない……気がする。


 野良猫に手を差し出すかのように、赤蜘蛛の前に右手を出してみる。


「……俺の仲間になってくれたのか?」


「キキッ」

 返事をした赤蜘蛛は右手に乗って、治った脚をあげて返事をしてくれた。

 意外と重い。拳程度の大きさの蜘蛛なのに、ダンベルを持ってるような重さだ。中に何か詰まってるのか?


 ともあれ、言葉は理解できないが、意思は理解できた。これはテイマーの力なのか?


「そうか、仲間になってくれたのか……」

 魔物を仲間にする行為、いわゆるテイムに成功したが、どっと疲れた。寿命が縮まった気がするし、白髪ができてる気がするし、ストレスで禿げる気もする。

 

 なんにせよだ。 


 ここでこの赤いオークを殺った赤蜘蛛を仲間にできたのは僥倖だ。

 まだ俺の運は死んじゃいなかったようだな……。

 ハラハラしたが、とりあえずは一安心……でもないな、まだこの森の中にいるという危機的状況を脱せていない。


 食料はとりあえずどうにかなるが、寝床や風呂トイレなど、問題は山積みだ。

 早く人里を見つけて文明的な生活が送れるようにしたい。


「とりあえず飲み水を安定させたいな……っと、その前にお前の名前を考えないといけないか」

 せっかく仲間になっても名前がないんじゃ呼びづらいしな。

 

 名付けか……。ゲームや小説によっては、名付けることで力が増したりする要素もあるが、果たしてココでもありうるだろうか?

 効果があるかは分からないが、蜘蛛ならあの名前がピッタリだが…………うーん、まぁ大丈夫だろ。


「よし、お前の名前は今からアトラク=ナクアだ。愛称はアトラだな!」


「キキ!」


「気に入ってくれたか! クトゥルフ神話に出てくる神話生物から頂いた名前だからな、それくらい強くしてやりたいと思うが……名付けによる変化はあまり感じられないか。まぁいいか。これからよろしくな、アトラ」


「キッ」

 脚をあげて喜んでくれているようで何よりだ。

 

 だがアトラはさっきまで瀕死だった。

 それはつまり、アトラをそこまで追い詰められる魔物が、この森にはいるということだ。


「アトラ、ボロボロだったのはこのオークにやられたからか?」


「キキ」

 首を振って否定している。やはり言葉を理解しているのか。ていうか魔物にも日本語が通じているのか……いや、細かいことは気にしないでいこう。

 

 アトラの反応から、アトラをボロボロにしたのはどうやら他の存在らしい。そいつと遭遇する前にアトラを強くしたい――が、どうやって強くする?

 

 ゲームならトレーニング道具や実戦で鍛える方法だろうが、この現実じゃあ道具もないし、実戦くらいしかない……。


 いきなり情報も無い知らない相手と戦わせるのも怖いしな。

 かといって、ずっと逃げてたら強くはなれない。

 

 せめてもう一体魔物を仲間にできれば心強いが、テイムしたときに肉を消費したから、テイム用の肉は手元にはない。店で買うしかないのか?

 アトラに関してもまだまだ問題が山積みだな。


「……ふぅ。とりあえずだ。アトラ、飲める水場の位置は知ってるか?」


「キ」

 首を縦に振ったということは知ってるのか。

 手から降りて道を足で指している。


「向こうか……よし、じゃあそこまで案内を頼む」

「キキ!」

 一匹の赤い蜘蛛をテイムした俺は、赤い蜘蛛に案内されながら、水場へと移動を開始しした。

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