第3話 ウンディーネ
突然異世界に召喚されて、この得体の知れない森に棄てられたときはどうなるかと思ったが、なんとか最初の危機は乗り越えて、奇跡的に仲間もできた。
だが,
まだ気を抜けない状態だ。
拳程度の大きさの赤い蜘蛛をテイムして、アトラク=ナクアと名付けて仲間にしたが、このアトラをボロボロにした魔物が、この森にいる。
その魔物対策にもっと仲間を増やしたいが、問題もある。
現状増やす術がないのと、帰るときに、仲間にした魔物たちをどうするかという問題だ。
帰るまでにテイマーの知り合いを見つけて、その人に譲渡するという考えもあるが、多分その頃にはかなり愛着を持ってしまっているだろうし、テイムした魔物たちも俺に対してそれに近い感情を持っているかもしれない。
そうなると寂しいだろうし、心苦しくもなるが、仕方のないことだな……。
里親に出すみたいな考えもあるが、引っ越し先で飼えなくなったペットを捨てるような、そんな嫌な気持ちにもなる。
そういうことで、迂闊にテイムして数を増やすのは問題だ……が、それよりもまず俺が死んでしまっては元も子も意味も無い。
そうなると、テイムして仲間を増やして安全を確保することが、今一番大事なことだ。
テイム時に使用した肉の入手方法を何とかして知るためにも、人里を目指すのが目標だな。
とりあえず帰還時にテイムした魔物……従魔の問題は、帰るときになったらそのときにまた改めて考えよう。
考えながら歩いていると、森の先に湖が見えてきた。
「キキ」
「ここがそうなのか」
だいぶ考えながら歩いていたようだ。もう水場に着いた。
他の魔物と遭遇しなかったのは運が良かったか?
「……綺麗な場所だな」
崖上から水が流れ落ちてきている。一体どれだけの高さがあるんだコレ……。
水の流れ落ちてる頂上からここまで、数百メートルはありそうだが……それを挟んでいる崖もプラスすると計り知れない高さだ。滝つぼや、あの上から落ちたらまず助からなさそうだな……。
この規模の滝つぼには絶対に近づかないようにしよう。滝つぼに入って死亡したという事件をよく聞くしな……。
そういえば、ゲームなら滝の裏に空洞があって、そこに宝箱だったり、強敵の魔物が潜んでいたりすることがあった気がする。
ここからじゃ滝の裏がどうなっているかは分からないし、そこに行く道も無さそうだ。近づくのはやめておこう。
この泉の広さも結構なものだ。少なくとも幅は百メートル以上はあるだろう。
少し離れた場所にはカバや鹿っぽい生き物がいるが、俺がここにいても鹿っぽい生き物が逃げない。
まぁあの鹿が実は魔物で、人間を恐れてないという可能性もあるが……。
肝心の水も澄んでいて綺麗だ。本当なら煮沸消毒やろ過もしておきたいところが、そんな道具は手元には無い。
……動物も飲んでるし大丈夫だろうと思ったが、そもそも異世界の水を飲んでも大丈夫なのか?
海外の水は日本の水とは違うという話を聞いたことがある。
水に当たるとか水に気をつけろとよく言われてるしな……。
この異世界の水が俺の体に合わない可能性がありそうだが、そうなったら水が飲めずに死んでしまう。どうか飲める水であってくれ。
「キ」
アトラが身構えている。なんだ?
滝が縦に割れて――魔物か!?
中から現れたのは……人の形をした水?
水で形成された人型の魔物か……? スライム? それともウォーターエレメントみたいなやつか?
「ほう、人族がこんな場所にいるとは珍しいな」
喋った……!
人型だが言葉を発する口は無い。目も鼻も無い。ただ水が人の形をしてるだけだ。
声は女のように聞こえる。水の精霊やそれで女とくれば、ある精霊を思い浮かべるが……。
だが、攻撃することなく近づいてきたコイツは魔物……いや、それとも本当に精霊なのか?
なんにせよ、つくづくファンタジーだな、この異世界は。
「何故人族がこんな場所にいる?」
声色から敵意や殺意のようなものは感じられず、ただ純粋に疑問を投げかけてきている質問のような気がする。ここは素直に答えておこう。
「……どっかの国に棄てられてこんな森に飛ばされましてね」
「その赤いシャドウスパイダーはお前に懐いているな。ということは、お前はテイマーか?」
この人物はアトラの種族を知っているようだ。シャドウスパイダー、影蜘蛛か?
テイマーのことも知っているようだし、友好的にしていけば色々と話を聞けるかもしれない。
「ええ、俺はテイマーみたいですが、残念ながら何ができるのか何も知らないんですよ」
今のところ相手からまだ敵意のようなものは感じられない。
アトラも特に警戒するような素振りは見せていないし、敵ではないのかもしれないが、気は抜けない。気を抜いた瞬間に、首と胴が離れてるかもしれないしな……。
「……ふぅむ。人族がシャドウスパイダーをテイムしたのか。しかも亜種だな。これは面白い」
「!?」
なんだ!? 手をこっちに向けて――水の刃が飛んで――
「ギャッ!?」
「ガッ!?」
……どうやら狙ったのは俺じゃなかったようだ。
後ろから断末魔と、何かが落ちたような音がした。
おそるおそる振り向くと……。
振り向いた先には、首と胴が別れた魔物たちがいる……。コイツらを狙ったのか。
下手したらソレがオレだったかもしれないと思うと、血の気が引く思いだ……。
犬のような顔で、足は逆関節のような形、人間と同じように物を掴む手、それとボサボサの尻尾。
ワーウルフ……いや、コボルトか?
この落ちてる棍棒で殴られていたら……頭をかち割られていたな。危なかった。
「そいつはコボルトソルジャーだ」
「ソルジャー……なるほどな。ところで、アナタの正体を教えてもらっても……?」
ダメ元で正体を聞いてみる。聞くだけならタダかもしれないが、タダほど高い物はないという場合もある。タダじゃ済まなかったら、代価は俺の命になりそうだな。
「ああそうだな、名乗りがまだだったか」
そう話した人型の水の塊だったモノが、青い光を帯び始めた。
アトラをテイムしたときの光に似ている気がするが、こっちのほうは神々しく感じる。
完全に光に包まれたあと、徐々に光が収まっていき――
「私は水の女神の眷属、水の大精霊、ウンディーネだ」
「……マジかよ」
人型の水の塊だったモノは、人の姿をした青い女性に変わっていた。
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