第10話 魔導将軍

夜空に降り注ぐ無数の光が、地上へと次々に落ちていく。

間違いない、この魔力と気配。

魔族だ。

一体どれだけの数がこの地球へ転移してきているのか。


道行く人々などが立ち止まり、呑気にスマホでその様子を撮影している。

だがそんな余裕も光の落ちた後に蠢く、異形の影に気付くまでだ。

徐々にあちこちで困惑と悲鳴の声が上がり始めた。


「ひぃいいいっ!!」


「わあああああっ!!」


「なんだこいつらはっ!」


「ばっ化け物っ!」


「すげえええっはやくユウチューブに上げねーと!!!!」


パニックになる女。

泣き出す子供。

我先に逃げ出すサラリーマン。

へたり込む老人。

なんか興奮してはしゃいでる学生らしき若者。

争いなど経験せずに生きてきた羊の群れだ。

そんな人族の反応に魔族共は揃って嗜虐的な笑みを浮かべている。


「なんだぁここは・・・?」


「弱そうな人族がたくさんいるぜェ」


「餌が一杯じゃねぇかぁっ」


「殺り放題だッ殺り放題ックハハァッ」


「種づけっ種づけするっぶひひィっ」


・・・・・・はぁぁ。

もうスローライフは無理だなこりゃ。


「朝姉。耳をよく塞いでいてくれ」


「えっ。わ、わかったっ」


勢いよく限界まで空気を吸い込む。

そして魔力を込めつつ絶叫に近い掛け声を出した。


「 集 結 せ よ ッ !!!!!!」


朝姉の障壁が早速発動した。

俺を中心に突風が巻き起こり、ビルの窓ガラスが一斉に砕け、コンクリートやアスファルトに罅が入る。


魔力を込めた大音量に魔族共がびくりと震えると、時が停止するかのように喧騒が収まった。

やがで少しずつだが、圧倒的な強者の気配へと引き寄せられるかのように、周囲の魔族が続々と俺の元へと集まり始める。


「それで、エレーナ。これはどういうことだと思う?」


「配下の誰かが、魔王様の異世界転移を真似したのでは?」


「簡単に言ってくれる。それが可能な奴なんてあの時、あの王宮にいたか?」


「そうですね。少なくとも個の技量で私以外に可能な者は存在しないでしょう」


「それでも候補を上げるとするならば、ハイリッチ。竜族。悪魔族。天族・・・・・・他には」


「正解は全員だよ魔王くん」


周囲のビルの屋上に降り立つ、複数の影。

強大な魔術を纏うのは4体の魔導将軍共。


「魔王様を見下すとはいい度胸ですね」


「待てエレーナ。話が聞きたい」


殺気立つエレーナを止める。


「まー坊こいつらは・・・・・・」


「俺の配下だ。朝姉はじっとしていてくれ」


「・・・・・・わかったよ」


既に朝姉は彼我の実力差を悟っているのだろう。

額に大量の冷や汗を流している。


ビルの屋上に陣取る影の一つが揺れた。

灰色の肌、長身でやせ細った身体のハイリッチ。ベルダが薄い胸を反らせて、自慢げに語り掛けてきた。


「どうかな魔王くん?すごいでしょ?みんなで力を合わせて、なんとか技術を模倣してみたんだ」


力を合わせてだと。

お前らいつも自分勝手に動く癖に、なんでこういう時に限って一致団結なんかしてるんだよ?

そういう正義の仲間パワーみたいなの求めてないから!


「流石に完全にとはいかず。座標や時間差がほんのちょっとだけど、広がっちゃいましたけどねぇ」


誰に言うでもなくつぶやいたのは。長い金髪の髪に、豊満な身体。そして白い複翼を持つ天族のセルリナ。このデカパイめ。ちょっとどころじゃないだろーが。上空の様子を見るに下手したら海外まで散らばってんぞ。


「ゲッゲッゲッ。しかし、少なくとも魔王城に配備されていた、すべての魔族の転移に成功している筈じゃ」


耳障りな声で笑い、鱗に覆われた大柄な巨躯で玲瓏と佇むのは、竜族のジャビドー。

なんてこった。あの狂暴凶悪極まる城の魔族共がこの地球にばら撒かれたというのか。


「ヒヒ。知ってた。魔王は異世界についてコソコソ研究してた。ヒヒ。バレバレ」


こちらを馬鹿にするように、紫の長い手足を躍らせ、割けた口で笑っているのは悪魔族のギドリッジ。

ありえない。慎重かつ大胆に事を進めていた魔王のトップシークレット。それがこんな頭の弱そうな悪魔に気付けるわけがない。


「魔王様。当時傍らで見ていましたが、全然隠せていなかったように思います」


エレーナが今になって無慈悲な申告をしてきた!早く言えよ!お前は俺の副官だろうが。


「しかし、下手をすれば次元の狭間で永遠に彷徨う羽目になるというのに。随分無茶なことをしましたね」


「そもそも発動させるための魔力はどうしたんだよ」


異なる世界を跨ぐ神級の魔術。たとえ膨大な魔力を持つこいつらが協力し合っても、到底まかなえるようなものではないのだ。


「ヒヒ。魔都の住人9割の命を代償にしたら発動できた。ヒヒ」


わぉ。思い切ったことをしたもんだ。そこにはシビレも憧れもないけどな。

長きに渡って繫栄し続けていた広大な魔都ベルギリアの住民の数は、東京都に少し劣るくらいだった筈だ。

恐らくは1000万以上の命を代償にしたことになる。


「お前ら一体何が目的でこんなことをした」


「面白そうだったから」


「観光です」


「なんとなくじゃ」


「ヒヒ。魔王の困った顔が見たかった。ヒヒ」


もうやだこいつら。


特に最後に言った奴、絶対許さねえ。後で覚えてろよ。

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