第4話 震度5
絶体絶命のピンチに颯爽と現れたのは、果たしてジャージを着た中年教師であった。
「ゴルァッ屋上は立ち入り禁止だっ何をやっておるかぁっ!」
なにやら凄い剣幕で怒ってるが、そのおっさん面で思い出した。
確か生活指導のおっさんだった筈だ。
懐かしいという気持ちと同時に俺の視線はおっさんの頭頂部に移動する。
「ハゲたなぁ・・・・・・」
「なっ!?」
しまった。つい素直な心で口に出してしまった。
おっさんの顔がみるみる内に真っ赤になる。
「グうぅッ!そのふざけた恰好といい、一体どこから入り込んだんだ!警察を呼ぶぞ!」
「えっと。一応、ここの元生徒なんだけどな。俺の事憶えてない?」
今のこの姿じゃまず無理だろうけど一応聞いてみる。
「ここは高校だぞ!お前みたいなクソガキが生徒な訳ないだろうが!さっさとここから出ていけっ」
おっさんが鼻息を荒くしながら、俺に向かってずかずかと近づいてきた。
そのまま両手で掴みかかってくるようだ。
傍にいたエレーナの雰囲気が変わるのがわかった。
エレーナの細腕が、無造作におっさんに向けて振るわれる。
激しい衝突の音が辺りに響き渡る。
まぁ予想がついていたことだったし、受け止めるのは簡単だった。
しかしエレーナの腕を受け止めた衝撃で屋上のコンクリート全体に罅が入り、蜘蛛の巣上に広がってしまった。
「なっあ・・・・・・っ!?」
衝撃で倒れ、唖然とするおっさん。
直撃してたら汚いペンキが屋上に撒き散らされていたことだろう。
オーバキルって奴だ。
「やめろエレーナ」
「魔王様にたいしての不敬。万死に値します」
エレーナは虫を見るような眼でおっさんを見下している。
「この世界では、人族の殺害は・・・・・・できる限り禁止だ」
異世界では数えきれない数の人間を殺してきたので今更感は凄いが、日本では心機一転で気持ちよく生きたいのよ。
「なぜです?このようなゴブリン以下の戦闘力の群畜をかばう理由がわかりません」
これが本気で理解できない、といった様子で聞いてくるのだから困ったものだ。
文化の違いというか、価値観を根本から変えるのはやっぱり難しい。
「俺はこの世界で平穏な日常を満喫したいんだ。頼むよ、エレーナ」
だから俺にできるのはひたすらにお願いするだけだ。
「・・・・・・仰せのままに」
しぶしぶといった様子で引き下がったエレーナはしかし、冷たい凍るような顔を再度教師へ向けた。
あ、不味い。
止めようとしたが遅かった。
エレーナの魔眼は既に発動してしまっている。
「ひっあっあぁ・・・・・・」
おっさんがびくりと全身を震わせる。
「魔王様と私の慈悲に感謝し、これから命ある限り魔王様を信奉し、祈りを捧げ続けなさい」
おっさんの恐怖に満ちた顔が一変、呆けた顔になり、締まりのない口からは涎が垂れ落ちる。
「・・・・・・は、はい。有難うございます。魔王サマ・・・・・・」
あーあ。駄目だこれ。
完全に洗脳状態だ。確かに殺してはいないけどさぁ・・・・・・。
「偉大なる魔王サマバンザイ。バンザイ・・・ばんざい・・・・・・ぶつぶつ」
瞳孔が開き能面のような表情でとぼとぼと、この場を去っていくおっさん。
「お喜び下さい魔王様。この世界での忠実なる下僕、第一号です」
などと、これっぽっちも達成感を感じていない様子でぬけぬけと語る魔王の副官。
「もういい・・・。これ以上精神崩壊一歩手前の廃人を増やさないためにも、さっさとここから去るぞ・・・」
まったくこの先が思いやられるよ。
生活指導のおっさんの件は悲しい事件だった。
更なる事案を引き起こさないためにも早く移動をしなければ。
学校の関係者との遭遇を避けるためにも階段を使用するのはやめとこう。
というわけで学校の屋上から飛び降りることにした。
勿論自殺じゃないからな。
「エレーナとりあえず俺についてこい」
「はい。魔王様」
軽くジャンプをしてフェンスを飛び越え、そのまま校舎裏へ垂直落下する。
落下する最中に教室にいた女子生徒同士の会話が、俺の超人的な聴覚によって聞こえてきた。
「なんだったんだろうね~。さっきの光とか揺れぇ」
「でも地震速報とかない出てないよぉ」
「うそぉ~さっきの地震。震度5以上あったでしょぉ~」
「ひゃぁっ」
あっ落下中の姿を見られてしまった。
タイミングが悪かったな。
「どしたの~?」
「い、今っ上から人が降ってこなかった!?」
「まじでっそれって自殺じゃんっ」
やべやべ。着地と同時に物陰に移動する。
そうだ隠蔽の魔術があったの忘れてたわ。
よし。ささっと俺とエレーナにかけておこう。
「あれ・・・・・・いない・・・・・・?」
「なんか地面のタイルが派手に割れてるんだけど・・・・・・」
女子高生が窓を開けて、地面の様子を確認している。
はぁ。すまんな母校よ。屋上も含めてちょっとだけ器物破損っちまったぜ。
「魔王様?一体なにをコソコソしているのですか?」
すぐ後ろから魔王の気苦労を知らないエレーナが、怪訝な表情を浮かべて疑問を投げかけてくる。
「この周辺にはゴブリン以下の力しか持たない人族しかいませんよ。警戒すべき要素はない筈です。そもそも魔王なのですからもっと堂々としてください」
「堂々とするのはまずこの格好をなんとかしてからだな」
メイド服のエレーナでさえ色々と目立つというのに、俺の恰好はさらに拍車をかけていた。紫のマントにトゲトゲの付いた毒々しい黒鎧のファッション。
ああ。恥ずかしいなぁ。
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