第3話 捕食
どこまでも暗黒が広がる空間に、無数の光が見えた。
恐らくは星々の輝きだろう。異世界転移はこれで二度目となる。
不安はない。このために入念に準備をしてきたのだ。
俺の超感覚で身体が時空を超えて移動しているのが分かる。
体感では数分程、浮遊感は続きやがて見覚えのある青い世界を補足する。
間違いない、あれは地球だ。
やがて地球の上空に到達すると、光の柱が降り注ぎ、エレベーターよろしく地球への降下が始まる。
当たり前だが日本列島は健在のようだ。
分厚い雲を幾層も突き抜けると街が見えはじめる。関東圏で俺の地元、破滅地獄市である。
やがて見覚えのある懐かしき建物、母校である麻会高校の屋上が迫り、薄汚れたコンクリートの上に華麗に着地した。
「学校の屋上か、ここはなにも変わってないなぁ」
そうそう、俺ってばここで昼飯食ってる最中に異世界に召喚されたんだ。
あの甘辛いソースの焼きそばパン、久々に食べたいなぁ。
まずは日本で何食べようか、迷っちゃうね。
「ふっ・・・・・・ク、クククッ!」
ギザギザな、獣の牙の様になってしまった俺の歯から思わず哄笑が漏れる。
「ハハハハッ!やった!やったぞッ!これでクソッタレな異世界とはおさらばだぁ!」
駄目だ我慢できない。
積もりに積もった感情が爆発する。
ああ、なんという解放感だ。テンションがマックスまで上がる。
「魔王なんてやってられるか!ぶぁああああああか!」
両手を広げ、高校の屋上でフリーダムなポーズを決める。
目の前のフェンスを越えた先には、日本にありがちな実に平凡な破滅地獄市の街並みが映る。実に平和そうで結構じゃないか。
「日本よ!俺は帰ってきたぞおおおおおおっ!」
「なるほど。ここが魔王様の故郷なのですね」
心臓が停止した。
「!!??」
お、おかしいな・・・・・・なんか聞き覚えのある声が後ろからするんだが。
錆びついた人形のような動きで後ろを振り返ってみると、魔王の副官であるエレーナが、なぜかすまし顔でそこにいた。
「エェェェェエレーナッ!?なぜここにィっっ!?」
思わず身構えて後ろに高速で飛び退ってしまった。
そんな俺の屈辱的リアクションを前にしても、エレーナは動じることなく、いつものように抑制的な反応を返す。
「魔王様の魔術に干渉して、少し範囲をいじらせてもらいました」
馬鹿な!
あの時あの瞬間に俺の魔術に干渉したというのか?
どんな神業だよ。
エレーナはこちらの焦りなどおかまいなしに滔々と語り始める。
「あれほどの大規模で精緻な魔術式をお一人で発動されるとは、流石は魔王様です」
言葉では称賛してるが俺にはわかる。滅茶苦茶怒ってるよこれ、どうしよう。
それを証明するかのように次に続く言葉で辺りの空気が一変する。
「しかし残念です。よもや魔王様が私たちを見捨てるつもりだったなんて」
うぐぐっ。目には見えない、なにか強大な黒い圧力が俺を襲う。
ただの人間なら速攻で発狂死させちゃう凶悪な魔眼が俺を捕えて離さない。
ここはなんとかしてごまかさないと。
「い、いやそれはその、俺も色々疲れていたんだよ、精神的に。
ホラ毎日毎日戦争ばっかで休みとか一切ないじゃん?典型的なブラック環境じゃん?
今回はちょっと癒しのぶらり一人旅に出てただけ、それであまりの解放感につい流れと勢いに乗って過剰な表現で口走ってしまっただけなンだよ。
だからあれは本心じゃないよ」
「・・・・・・・・・・・・なるほど。確かに一理ありますね。魔王様は我々魔族とは違い、元は汚く卑しい人族であるということを失念しておりました」
え、許されたのか?魔族の思考回路はよくわからないよ。
でもよかった。こんなところでバトルになったらこの街の崩壊は避けられないからな、マジで。帰還早々それは酷過ぎるというものだ。
「わかりました。定期的な休暇の必要性を認めましょう」
「ほ、ほんとかエレーナ!」
異世界最強種族である魔神のエレーナが女神にクラスチェンジした?
一体どんな心境の変化かわからないが、流石は魔王の副官だよ。
「それではまずこの施設を制圧しましょうか魔王様」
はい?
「お前はなにを言っているんだ」
会話の流れがおかしいだろ。
俺の突っ込みにエレーナはかわいらしく人差し指を口に当て、?マークを浮かべて顔を横に傾ける。
「息抜きにこの街を破壊し尽くして、荒み切ったそのお心を慰められるのでしょう?」
「俺が望んでいる休暇はそんな殺伐としたものじゃない」
歴代の魔王はともかく、俺はそこまで鬼畜じゃないぞ。
「では、こういう癒しを望まれているわけですか」
困惑している隙を付かれ、気が付けばエレーナに接近を許してしまっていた。
あっという間に俺のガキの身体がエレーナに抱き込まれてしまう。
「お、おいっなにをしているっ!?」
この久しい感覚。
しまった。油断していた。
見た目は細腕ながらも、片腕で竜を絞め殺せる腕力をもつエレーナの拘束からは、抜け出そうにも抜け出せない。
なによりも豊満な身体と、いい匂いに包まれて頭がクラクラする。
あぁ駄目だ。なんというか本能的に抵抗できなくなってしまった。
「魔王様を癒すのも副官の務めです」
エレーナは俺に対して妙な執着心を持っている。
特にこの身体に変異してからそれが顕著になっていたのだが、最近では部下が増えて機会が減り、殆ど忘れかけていた。
「思えば二人きりになるのは久しぶりです。ですから、これはよい機会なのかもしれません」
やばいぞ完全に捕食者の貌になってる。
このショタ好き魔神め・・・・・・。
不味いな。このままでは日本に帰って早々、学校の屋上で行動不能になってしまう。
「さぁ魔王様。存分にかわいがってあげまー」
「おいッそこでなにをしているッ!」
絶対絶命のピンチに野太い声が上がると、屋上への扉が叩きつけられるように開く。
救いの中年が現れた。
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