大喰らい被害報告(報告者:篠宮仙)


 篠宮仙しのみやせんは県内の土地神を統べる中間管理職、統括土地神である。


 現在入手している情報から県内で出現した妖魔を、全国的に被害を出している特定妖魔とくていようま・大喰らいと確定。統括土地神として今後の対応を求められているため残業中だ。


「ふぅ……」


 連日の猛暑に妖魔被害も少なくなるかと思いきや、開放的な人間が多いせいか例年よりも妖魔による被害報告が多い。

 なにより、今まで他県で猛威を振るっていた特定妖魔『大喰らい』が碧海市に現れたのは厄介だ。支部長の綾君によると、突如出現した黒蜥蜴を夕緋と涼香君が迎撃中に乱入してきたと。その前にはそれらしい姿をした妖魔の出現もあったようだが、二つの情報が同じかは今のところ不明。


 それよりも……


「なにやってるんだ、漆葉」

 

 時刻は午後11時。各市から報告を受けた後、追加で来た情報に「え゛⁉」と思わず声を上げてしまい秘書君を驚かせたのは恥ずかしい。


 和解……などしているつもりはないが、このまえ夕緋を任せると言ったばかりなのに……なんなんだこの報告は。


『土地神および従者二名が殻装を装備した状態で対応するも、黒蜥蜴に殻装の装備は有効打にならず。碧海市土地神の装備『さくらみこと』のみ、前回の会敵と同じく敵に損傷を与えた。攻撃に関して殻装はまだ改良が要求されるが、防御面については以前より土地神の負傷が減少、軽傷に抑えられた。各都道府県の職員にも同等の配備がされれば、人的被害が抑えられる可能性は高い』


 重傷は免れたようだけど、彼の真意は?

 全く読めない。


 彼が妖魔だから? 

 ……いや、そういうわけじゃない。しかし真意は彼のみぞ知る、か。


 まったくわからないな。


『答を探してる』


 少し前……憎しみに満ちていた僕に、彼はそう言った。

 僕に対して簡単に勝ってしまうくらいだ、本当に本気なら殻装ごとあの子達を粉々にすることくらい簡単なはず。少なくとも手加減していることは彼に負けた僕だからこそわかる。


 それが大喰らいにやられたって……


 今のところ報告には漆葉について言及はない。捜査拠点の海の家で勤務中に熱中症になったとかで休んでいたそうだ。おそらくこの時に分身したのだろう。


 あの鱗の硬さだ、大喰らいも食べられなくて吐き出したというところか。まったく頑丈で厄介だ。


「…………はぁ、あ……」


 アホくさ……と、彼の口癖が出そうになる。

 こんな厄介な妖魔が味方になっているんだから事実は小説よりも奇なりとは、先人は便利な言葉を作ったものだ。


 デスクのパソコンへ視線を移す。

 各都道府県の大喰らい被害状況に関しては既にあがっている。我が県で現在被害に遭っているのは民間の妖魔対策組織が多い。返り討ちに遭ったのだから大人しくして欲しいものだ。手柄欲しさの彼らと衝突している暇はない。


 そもそも報奨金目当ての民間と僕らでは目的が異なる。本来ならフットワークの軽い民間とうまく手を組むべきなんだが。


「その辺りは、漆葉たちに任せておこう」


 一応できることはしてあるしね。とりあえず本部へ提出する報告書の一部をまとめておこう。早く出さないとまたうるさいだろうし。



・特定妖魔——大喰らい 県内被害報告

 死者  25人(確認した確定人数、実際はさらに多いと思われる)

 重傷者 多数(現在確認中)

 軽傷者 多数(現在確認中)


 確認可能な死者の内、民間人5人。残りはすべて対妖魔民間組織の構成員20人。


 ……ずいぶん雑な報告だ。


 ちょうど碧海市に出現する前の報告だろう。

 しかし……不確定事項が多すぎる。なんだこの多数って。ここまで被害で出ているのに本部はこちら任せなのか? 自衛隊が動いてもおかしくない脅威のはずだけど……これだけ不透明な報告だと文句は確実だね。


 県内でこれだけ被害が出ているなら応援を……


「あれ、既に要請済み……?」


 自衛隊でなくとも本部の土地神でもいいから応援要請をしていたけど、全く反応がない。それどころか碧海市への応援はもう却下されている。


「おかしい……あ」


 そうか……漆葉の一件ですっかり忘れていた。


 


 特定妖魔サルの時も、綾君自身が支部長として要請をだしても跳ね除けられていた。それは応援が出せないのではなく、


 対策課ではない、が。


「……貴方はまだ……!」


 いや、僕が義憤に覚える資格はない。夕緋を放っておいた自分があの人に何かを言える立場にはない。


『え~、お父様に挨拶ぅ!? いい、いい! 来なくていいから! そんな律儀にしても意味ないと思うよ~』


 あの朝緋をしてそう言わしめた存在。

 いいや、彼女も苦手意識を持っていた肉親。

 朝緋の弔いにも、涙を浮かべることなく淡々と仕事として出席していた人物。

 止めているのはあの人だろう。なら僕は統括土地神として……


「…………やめよう」

 

 今の夕緋には漆葉達かれらがいる。僕が出張る必要はない。

 もし白神家との因縁に絡まれても……きっと、大丈夫だ。


「ん? ……電話だ」


 ひとり納得したところで、胸の内ポケットが震えた。

 

『漆葉境』


「え゛⁉」


 流れるように通話ボタンを押すと、気の緩んだ青年の声。


『よぉ仙ちゃーん、ちょっと頼みたいことあるんだけどいいかぁ?』

「漆葉お前っ! …………はぁ」


 色々聞きたいことがあるが、間抜けな妖魔の声に安堵が勝ってしまった。



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