2-2(2)特定妖魔・サル



「では、今回の特定妖魔とくていようまの名称を〝サル〟とします。現在、翠山みどりやまを含め碧海市では一般的な動物である猿は確認できないのを踏まえ、簡単な呼び方────」


 第一会議室の時計は午前八時を回っていた。部屋でくたびれていた職員や、早朝のパトロールを終えた面子が集合した。相変わらず顔は見覚えがあるが名前がわからん。


「特定妖魔………?」


 聞きなれない単語がいきなり出て自然と口にしていた。配られた資料とにらめっこしていると、二人用の長机の隣に座った涼香が解説してくれる。


「特定妖魔というのは人間に害を与える可能性がある危険な妖魔を指します。本部のある首都圏周辺では特に危険な特定妖魔ばかり出るのでその妖魔を表す固有名詞が飛び交うことが多いです」

「へぇ…………要は人間が妖魔に名前をつけるのか」

「その通り………基礎的な知識です。知らなかったんですか?」


 首を傾げるわけでもなく、栗毛の髪を無造作に一束にして纏めた少女はこちらを見据える。


「まったく」


 涼香は何か諦めたように小さくため息。だって、知識を入れる暇なく白神にしごかれてたんだもの。


「………碧海市で言えば〝黒蜥蜴〟が特定妖魔です。覚えて下さい」

「へいへい」

「そこ、私語厳禁!」


 涼香と大切なコミュニケーションを交えていると、榊支部長から注意。明らかに俺だけ指さされたのは偶然か?


「……………説明を続けます」


 今にも青筋が何本か立ちそうな形相で榊支部長は前で続ける。白神と同じように涼香へ小言の一つでも言おうと思ったが、既にこちらから前のスクリーンへ視線が移っていた。


「今回出現したサルですが、特徴は黒いジャケット、ベスト、パンツ……俗に言う三つ揃いに赤いネクタイ。頭部がニホンザルに酷似した外見であり何人かの集団で現れていると報告されています。気になる点としては、碧海市だけではなく近隣市町村にも同様に『同じ外見』のサルが何人も現れて被害を出しているところです」


 妙だな………人間と同じで妖魔も完全に同じ見た目はそう何人もいないはずだ。


「報告に上がっている限りでは数人〜十人程度で徒党を組んで襲ってくるものの、戦闘能力自体は一般的な妖魔より低く、手に持つ武器なども銃火器類はないようです」


 ハサミ、レンチ、ドライバー、包丁、スパナにナイフ。危険と言えば危険だが、今まで偽物含め黒蜥蜴と立ち回りしているだけに職員達もあまり危機感はない様子。


「ただし他の妖魔と大きく異なる点があり────」


 榊支部長がスクリーンで動画を再生する。別の市で撮影された戦闘後の映像である。


「検体としてサルの一体を回収しようとしましたが、絶命時に全身が黒く染まりバラバラに霧散しました………これは他にサルが現れた市にも、碧海市でも同様です」


 次の映像に替わり、見慣れた自分の本性がゴミ袋を持って登場した。その足元にはこれまたサル。数日前、『お仕事』の邪魔をしてきた時の記録のようだ。


(いつ撮ってたんだよ………)


 俺の記憶通りあとは川に飛び込んで帰宅したわけだが、映像の本題はこの続きらしい。


「縄張り争いか断定はできませんが────黒蜥蜴によって始末されたサルも今回出現した個体と同じく消滅しています」


 あ、消えてたのねアイツら。山でもう一回勧誘に来たサル達も消えたし、手応えを感じなかったのはこれが原因か。

 妖魔の体は消えたりしない。何故なら肉体は人間と同じ構成であることが多いからだ。黒蜥蜴おれの体についてはまぁ………色々と理由を述べると長いので割愛。

 脱線したが、つまり死んだところで妖魔の亡骸は消えない、そういうことである。


「今回は本部から来て頂いている桧室博士にも説明をしてもらいます。対妖魔専用装備研究者として、ご意見をお願いします」


 端に座っていた博士がスクリーンの側に立った。


「みんなおはよう! ひとまず言えることは、現段階確認している妖魔──サルは実体ではなく何らかの理由で生まれた嘘の個体…………わかりやすく言うとコピーだね!」


 博士のテンション高めの声で室内の眠気が飛ぶ。疑問はあるが、ともあれ矛盾点は即解消された。


「まぁー………問題としてはそのコピーを生み出している実体がどこにいるか、だ!」


 そしてすぐに課題が出される。


「しばらくはこのサルをしらみ潰しに対処するしかないかな。流石にコピー体を制約なしに無限に出せるわけじゃないだろうし、支部一丸となって妖魔と我慢比べかな!」


 冗談じゃない…………が、冗談じゃないらしい。相手がガス欠になるまでお猿さん退治ですか。


(さすがに無計画すぎないか…………?)


 博士という割には発想があまりにアホすぎるような………


「こちらへ来たのは何もあの赤い殻装のためだけじゃないよ! 戦うのは土地神だけじゃない、ここにいる職員にも量産予定の殻装を使用してもらうからね! 今回の妖魔相手にはうってつけの装備になると思うよ!」


 スクリーンの映像が切り替わり、顔以外を真っ白な殻装? に包まれた男女が現れる。しかしそれを殻装────というには機械的なイメージは減っている。野球で捕手がつけているプロテクターをスリムにして全身に付けたような………そんな外見。

 はっきり言ってダサい。妖魔の俺が抱く感想だからなんとも言えんが………

 チラッと後ろを振り返ると微妙な表情の職員達。


(そりゃまぁ、今着てる支給品の服も正直センスがいいとは言えないしな)


 別にセンスなど求めていないから構わんのだが。同情を禁じ得ない………南無。


「土地神である白神クンや今回娘がモニターになっている特定の個人用まではボクのデザインだったんだけど、ディディールにこだわりすぎて予算が削られてしまってねハハハ、ダサいねこれ!」


 製作者が言ってしまうのか…………


「そんなわけで今回の妖魔で殻装が有用ってことを証明して欲しいな!」

「………現状、黒蜥蜴はこの前の事件以降市内に出現すること自体はありますが現段階では被害がない以上、要警戒のまま優先度を下げ今回は市内にサルが現れた場合に対応できるようにパトロールの巡回を増やします。また今回の殻装配備に合わせて近接格闘時の装備も────」


 事務的に榊支部長の説明に代わる。なんだ、偽黒蜥蜴事件まえのじけんと同じ対応か。

 あんまり今の状態で妖魔と戦いたくないんだがな………本調子じゃないし。

 他職員に向けた話に変わったところでふと横目で涼香を見ると、何故かこちらを観察していた。目線は治療をした左腕に向いている。


「な、なんだよ…………」

「いえ────何も」


 明らかな含みのある返し。こいつが白神だったら思いっきり髪をわしゃわしゃやってやりたいところだが、自重。


 ………やりづれぇー


 土地神事情を知る白神がいなくて大丈夫なのか? 不安を抱く俺を置いて、対サルへの準備が始まった。


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