第46話 魔術師協会本部にて


 レンガ造りの建物が立ち並び、綺麗に舗装された石畳を四輪の自動車が駆け巡っている。バイクイーン王国の首都マーリンは近代的であり、風情のある洋風の街だ。


「あれが自動車かぁ」

「学園にもバスあるだろ。ほら余所見すんな」


 アルトは目を輝かせて街のあちらこちらを見渡し、それで注意散漫になっている彼をザックは注意した。


「この魔術書……なかなか面白そうだね」

「へへ、掘り出しもんでさぁ」

「お前も優雅に買い物してんじゃねぇよ」


 魔法の本場ということもあり、あちらこちらにマジックアイテムや魔法についての本が売られている。その中でいかにも怪しげな雰囲気がある店にシアンは引き寄せられていた。


「あぁ、すぐに買うから待ってて」

「お前それ何回目だよ」

「六回だね」

「数えてんなら多いって自覚しろや!」

「余裕あるから街を回ろうって話をしたのはキミだろう?」

「お前のせいで余裕無くなってんだよアホンダラ!」


 船で王国を訪れた彼らは集合時間まで四時間もあると気付き、ザックの提案でマーリンを観光することにしたのだ。しかし、シアンがやたら買い物をするせいで残り時間はあと三十分となっていた。


「ほら、こっからは真っ直ぐ本場に向かうぞ」

「えぇ、この先にある有名ケーキ店寄りたかったのに」

「すまんなアルト。このアホのせいで」

「僕はアホじゃないよ。学年一位だよ?」

「そういうとこがアホなんだよ」


 ザックはシアンの首根っこを掴んで引っ張り、いじけるアルトを慰めた。


「ザックくん、お父さんみたいだね」

「こんな息子嫌だな……」

「わーいパパ!あれ買ってー」

「殺す……!」

「どうどう、試験前に怪我しちゃダメだよ」


 フロウの言葉にシアンが悪ノリし、その姿がキモすぎてキレたザックをフロウがたしなめた。


「アルト、ケーキ屋で何が欲しいの」

「えっ、買って来てくれるの?」

「私が買うついでよ」

「メアリは優しいね」

「別にアンタのためじゃないし……」


 顔を赤らめるメアリに、アルトはそんなこと知らずにお金と買って来て欲しいもののリストを渡した。


「私もメアリちゃんと一緒にケーキ屋行くけど、ザックくんは何が欲しい?」

「別にいいよ。そもそも持ち合わせがそんなにない」

「私が奢るからいいよ。一次試験終わったら差し入れに持って行くね。ほら、メアリちゃん行こ」

「うん。みんな試験頑張ってね」


 フロウがメアリの手をとって、三人と一旦別れてケーキ屋に向かった。彼女達は応援のために来たため、かなり時間には余裕があるのだ。


「……これ僕だけケーキないのかな」


 最近女子二人に結構嫌われていると知ったシアンの呟きを、二人は無言という形で肯定した。


 ○○○


 巨大な時計塔がトレードマークの魔術師協会本部。その前にできている人だかりは彼らと同じ受験者たちだ。第二級魔術師全員に受験資格があるため、アルト達のような若者以外にも中年層もいる。


 受付を終えた三人は本部内に入り、係員に巨大な講堂に案内された。そこで改めて試験の説明を受け、一次試験の筆記試験が始まった。


 ここで今一度ルールを確認しよう。


 初日は一次試験、魔法、身体能力、頭脳の三部門でテスト(各部門100点満点)を行い、合計点200点以上、または三部門のいずれか一部門で90点以上の者を合格とする。


 一次試験合格者発表は三日後の朝。その間、受験者は本部内で過ごす。合格者発表の後、夕方六時までに合格者三名でチームを組み、二次試験の登録をする。


 二次試験は三日に渡り行われる。内容は三チームでの集団戦。勝利条件は敵チームの殲滅。試合は一日一回で計三回行い、ここでの戦闘内容から各個人の合否を決定する。


 この試験の参加者は多いが、その中で二次試験まで残れるのは僅か5パーセント。第二級魔術師とはいえ、ここでほとんどが足切りされる。しかし、アルト達に心配はいらないだろう。彼らは一次試験突破前提で来ているのだから。


 ○○○


「うあー!疲れたー!」

「お疲れ様。はい、ケーキ」


 本部の別棟として用意された受験者用の待機部屋。普段はマジックアイテムなどの雑貨や資料などを収納する物入れとして使われているが、この日のために生活できるように片付けられている。


 その一室を使うこととなったアルト達に、メアリとフロウがケーキを差し入れとして持ってきていた。


「はい、ザックくんも。チーズケーキでよかったかな」

「ありがとな。これでまた頑張れるよ」

「……期待せずに言うけど、僕のは?」

「あるわけないでしょ」

「ねぇこの子僕に冷たすぎない?」

「俺に聞くな」


 理由は分かりきっているが、ザックは珍しく翻弄される側になるシアンが面白くてスルーした。


「まぁいいか。それで、手応えはどうかな?」

「合格はしてるだろ。でも筆記がなー」

「召喚魔法の問題が結構出たのラッキーだったなぁ」


 各々の感想を話し合う。そして自己採点などである程度合格への確信を深めた後、話し合いは二次試験についてへと移った。


「僕らはチームを組むのに手間はないから、他の受験者達の下調べが必要だろうね」

「そういや、ボルト先輩見かけたな」

「エリィちゃんも見かけたよ」

「なるほど。あの二人も一次は通るだろうから、そこから行こうか」

「でも今日は疲れたから寝ようよ」

「じゃあ私たちは帰るね。二次試験は四日後からだよね」

「その間私たちはこの国の観光を楽しんどくわ。お土産買って二次試験の応援にくるから」

「うん。ありがとね」


 女子二人が部屋から出て行き、残された三人は明日に備えてシャワーを浴びた後すぐに眠りについた。


 そう、すでに二次試験での戦いは始まっているのだ。





ちょこっと裏設定


『スイーツ・エンジェル』

アルトが行きたがっていたマーリンにある有名ケーキ店。多種多様にしてどれもが一級品の美味しさ。

中でも「シンプルイズベスト」を体現したかのようなショートケーキが人気。濃厚だがしつこくないクリーム、ふわりとしたスポンジに最高級のイチゴを使った、パティシエ達の努力の果てに辿り着いたショートケーキの最終形態。日本円換算で一個1,080円だ。

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