第45話 各陣営の準備 その3
「俺に審査員やれって?馬鹿言ってんじゃねぇよ」
「まぁまぁ、そう言わずに頼むよ。
「5位っていうな!」
大国に挟まれた中立国ストール。そこ出身の番外魔術師アレス・バスターに第一級魔術師昇格試験の審査員を頼むため、アリーゼとタイラーは彼の自宅を訪れていた。
「ブルーくんに抜かれて順位落としたのまだ気にしてるのかい?」
「相変わらずお前は面倒だな」
特級悪魔ナックルを無傷で撃退した実績によって、ブルーは大きく順位を上げて4位となった。それでアレスは5位に順位を落とし、少し機嫌が悪いのだ。
「あんなガキより俺が弱いなんて納得いかねぇ」
「まぁ協会は魔力至上主義だからな。そもそもお前が番外魔術師なのが異常なんだよ」
「どっかの誰かさんに対抗しようとしてたらいつの間にかな」
気難しいタイラーが遠慮なく話す様子を見て、アリーゼは頬を緩めた。同期で、お互いが番外魔術師。同じ視点に立てるからこそ仲が良いのだろう。本人たちは否定するだろうが。
「さて、話を戻そう。なぜ君は審査員をやりたくないんだい」
「目的不明の特級悪魔二体がうろついてる上、悪魔の出現も深刻になってきたのに国を離れられるかよ」
特級悪魔出現の情報は、協会の上層部と番外魔術師、信頼のおける第一級魔術師にのみ伝達されている。しかし、特級悪魔たちは最初の出現以降二ヶ月以上姿を見せず、未だ足取りは掴めていない。その上、上級悪魔の出現頻度も上がり、対処にあたる魔法使いや戦士の消耗も激しくなっている。
「この前侯爵級一体が現れて、俺が行くまでの間にかなりの被害が出た。そんな時に審査員なんてやってる暇はねぇ」
「なるほどねぇ……もっともな意見だ」
アリーゼは椅子の背もたれに寄りかかって天井を見上げた。言葉とは裏腹に余裕ある口調は、彼女がこのまま引き下がるつもりはないとアピールしていた。それを察したアレスは深くため息をついて理由を聞くことにした。
「つーか、なんで協会のツートップが雁首揃えて俺に審査員を頼みに来るんだよ。それにしたって、俺と直接顔を合わせる必要はねぇだろ」
「それは深い訳があるのさ」
アリーゼが目線を元に戻し、真剣な顔になった。いつも飄々としてる彼女がここまで言うという異常事態にアレスは身構えた。
「特級悪魔出現と悪魔の大量発生。この二つが関係してるっていうのは間違いないだろうけど、事態は想像より深刻かもしれないんだ」
「どういうことだ」
「原初の悪魔……
「ナンバーズだと!?」
アレスは驚いて勢いよく立ち上がった。深い沈黙と深刻な面持ちの二人を見て、彼は冷や汗を垂らして恐る恐る質問をした。
「なぜ、ナンバーズが関わっていると思うんだ」
「順を追って説明するよ」
アリーゼはカバンから資料を取り出して机に広げた。
「ブルーくんが言うには、ナックルはある目的のために動いているらしい。そして、その目的のためにブルーくんとの戦いで術式の使用を制限していた。まずこれがおかしいんだ」
「まぁナックルがどういう目的があるかはわかんねぇけど……」
「そこじゃない。あのナックルがブルーくんほどの強者との戦いで手加減をするのがおかしいんだ」
「は?どういうことだよ」
混乱するアレスに対して、アリーゼは「地獄変」の資料の中から、ナックルについて記述された項目を指さした。
「ナックルは強者との戦いを楽しむ戦闘狂だ。実際、バラバラの地域に配属されてたはずの当時の第一級魔術師のトップ5全員がナックルの手によって殺されてる」
「戦況とか関係なく、強い奴を狙ってたってことか」
「うん。そんな彼が目的のためとはいえ手を抜いた戦いをするわけがない」
「けどよ、40年も経てば考えが変わる事もあるだろ。地獄変で悪魔は負けたわけだしさ」
アレスの言い分ももっともだ。魔術師協会もナックルの全てを知っているわけではない。性格から考えて論理を展開するのは危険だろう。
「それ以外にも根拠はある。ナックルがブルーくんの順位の変動を完璧に当てて見せたことだ」
「あ?どういうことだよ」
再び首を傾げたアレスに、アリーゼはまた説明を始めた。
「悪魔に私たちの戦力が把握されてるってこと」
「……あぁなるほど。戦力がわかってるから順位も当てられたと。でもそれとナンバーズがなんの関係があるんだよ」
「私たちの戦力を分かった上で喧嘩を売ってきてるからだよ」
アリーゼはそう言って、番外魔術師と第一級魔術師の名簿を取り出した。
「仮想戦闘システム、教育環境の整備、悪魔の沈静化、諸々の理由で今の魔術師協会の戦力は地獄変の時より遥かに強くなっている。そして、実際にナンバーズを倒した私と、私と同じかそれ以上に強いタイラーくんもいる」
「それが分かっていてなお戦いを挑むのは勝算があるから」
「そう。そして私たちに対する勝算があるとするなら……」
「ナンバーズってことか」
話がストンと落ち、アレスは納得した。地獄変以降、悪魔への対応の必要がなくなり、余裕が生まれたことで魔法の技術は大きく進歩した。その中で魔術師協会の戦力が大幅に上がったのは、アリーゼが出した資料を見れば一目瞭然だった。
第一級魔術師レベルの人員の増加、それ以下の魔法使いたちの平均レベルの上昇、魔法使いを補助するマジックアイテムの性能の向上、どれをとっても地獄変当時とは比較にならないレベルだった。アリーゼの推理に納得すると共に、アレスには新たな疑問が浮かんだ。
「なんでその推理を他の奴らにも言わねぇんだ。つい最近思いついたからとかか?」
「いいや。ブルーくんの話を聞いてすぐに思いついたよ」
「じゃあなんでだよ。情報の共有は大事だろ」
「君は相変わらず口調と見た目とは違って几帳面だね」
アレスは彼女の物言いに少しイラッとしたが、一旦抑えて次の言葉を待った。
「協会の中に裏切り者がいる可能性があるからだよ」
彼女の重い口から放たれた衝撃の一言に、アレスはひどく困惑し、動揺した。
「そんな事あり得るのかよ」
悪魔と人間は決して相入れる存在ではないのは、地獄変で分かりきっていた。ナックル達の目的は分からないが、かといって人間が悪魔に協力する理由なんてないとアレスは思っていたのだ。
「証拠はないただの推測だ。でも、それなら私たちの戦力が知られている事も、ナックル達の足取りが掴めない事も納得がいくんだ」
「いやしかしだな……まぁいい。で、その上で話したってことは、俺は信頼されてるってことでいいか?」
「あぁ。色々調べて君に怪しいところは無かったし、君の人柄の良さはよく分かっているからね」
アリーゼがそう言って笑うと、同意するようにタイラーも頷いた。アレスは二人の信頼に胸を温かくした。それと同時に、また彼の中で疑問が浮かんできた。
「色々話したけどよ、結局俺に審査員を頼みたい理由ってなんだよ」
「あぁそうだ。忘れるところだった」
「お前にコイツを見てもらいたいんだ」
アレスはタイラーが差し出した写真を手に取った。それに写っていたのは、ピンクの髪に赤い瞳、ふんわりとした雰囲気の可愛らしい顔立ちの人物だった。
「誰だこの女」
「男だ」
「……は?」
「名前はアルト・メルラン。ナックル襲撃時にブルーの孤児院を訪れていた学生の一人だ」
「こいつの監視か?」
「違う。それなら他の奴に頼む」
「じゃあ何だよ」
アレスは変にに勿体ぶるタイラーにイラつきながら話を聞いていた。そんな事は一切気にせず、タイラーは話を続けた。
「コイツは次の第一級魔術師昇格試験に出るんだが、もし合格できたら一回模擬戦をしてやってくれ」
「は?なんでだよ」
「コイツに本当の上のステージを見せてやりたい」
「要するに修行をつけろってことか。お前が他人に肩入れするなんて珍しいな。何か理由があんのか?」
「コイツはジョーカーになり得る存在だ」
その言葉でアレスの目の色が変わった。タイラーほどの男が
「コイツの魔力量は、アリーゼ以上だ」
「はぁ!?こんな人畜無害そうな顔してバケモンかよ!」
「まぁな。だが、コイツにはまだ経験と技術が足りない。お前にそれを補って欲しいんだ」
「なるほど。それでコイツが番外魔術師レベルになれば悪魔側の想定外の戦力を得られるってわけか」
「その通りだ。このまま後手に回り続けるのは御免だしな」
「けど国を空けるのはなぁ……」
「その間は私が代わりにここにいる事にする。君はタイラー君と一緒に試験の方に行ってくれ」
「よっしゃわかった!行くぜ!」
まだ悩もうとしていたアレスにアリーゼが助け舟を出す。もう既にアルトに興味津々だったアレスはすぐに了承した。
参加者たち以外にも、暗躍する悪魔達に対抗する番外魔術師たちの思惑もまた第一級魔術師昇格試験に絡んできていた。
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