第44話 各陣営の準備 その2
鉄血の国、グーメル帝国の名門校「ブレーメン学園」の女子寮の一室。そこで三人の女子生徒が机にお菓子を並べ、ジュースが注がれたコップを持って見合っていた。
「校内ランク戦トップ10入りおめでとう!」
『イェーイ!』
一番背の高いショートヘアの女子生徒が音頭をとり、三人は乾杯した。ブレーメン学園では校内ランク戦と呼ばれるチーム戦が行われている。広大な土地と仮想戦闘システムを利用したチーム戦は第一級魔術師昇格試験の対策としてかなり有意義で、この学園は
「本当に……本当にここまで来たんだ。う゛お゛お゛お゛!」
「あーあー泣くな泣くな」
「だっで、だっでぇ……わだじがずっどあじびっばっでだがら、やっどやぐにだでだっで、うれじぐで……」
「ハハッ、私も嬉しいよ。でもさ、シリーは全然足手まといなんかじゃなかったよ」
「そう。私達はシリーができる子だって信じて、シリーはそれに応えてくれた。それでいいじゃん」
短髪の女子生徒は、泣きじゃくる小柄な少女を優しく抱きしめた。その隣のメガネをかけた少女もクールにフォローをする。
「ほんと……?」
「うん。私達はシリーをスカウトして良かったって思ってるよ」
「う、う゛お゛お゛お゛!わたじばなんでいいじぇんばいにめぐまれだんだぁ!!」
「ハハッ、私も可愛くて優秀な後輩に出会えて良かったよ」
また大声を上げて泣きだしてしまったシリーを、短髪の女子生徒が笑いながらなだめる。それを見たメガネの少女はクイクイっと短髪の彼女の袖を引っ張った。
「カトヤ、カトヤ、私、私は……?」
クールだった表情を崩して、不安そうに上目遣いをして何かを求めるメガネの少女を見て、カトヤはフッと一息ついて、愛おしそうな視線を落とした。
「そんな不安そうな顔しなくても、ナディが一番好きだよ」
耳元でそう囁かれた彼女はりんごのように赤くなり、表情が蕩けた。
「わたしがいちばん……えへへ」
両手で両頬を押さえて一人で熱に浸る。そんな彼女を見てカトヤは満足そうに微笑んだ。二人の間にある熱を、泣くのに夢中なシリーは知る由もない。
しばらくして全員が落ち着くと、メガネの少女はプリントを一枚取り出してみんなに見せた。そのプリントには「第一級魔術師昇格試験概要」と書かれていた。
「みんなでこれに挑戦してみようと思う」
「えっ、えぇぇぇ!?」
その提案を受けて、シリーは驚きのあまり飛び退いて壁に頭をぶつけた。
「無理無理無理!私には無理ですよナディヤ先輩!」
痛みで頭を抑えつつ、彼女はメガネの少女に訴えた。
「そう?私達なら十分に可能性があると思うけど」
ナディヤはその訴えに首を傾げて、なんでもない事のようにこう返した。
「そうそう。私達三人なら怖いものなんてないよ」
カトヤもナディヤに同意した。心配性で臆病なシリーは二人の先輩の重すぎる信頼に少し戸惑ったが、何故か自分の生来の臆病さを押し退けて、だんだん自信が湧いてきた。
「そうですよね!三人で一緒に頑張りましょう!」
今にも泣きそうだった顔はキリッと引き締まった顔に変化し、普段の彼女からは想像できないほど強気な返事をした。それを見た二人は満足そうに頷いた。それを合図に三人は一斉に立ち上がり、手を重ね合わせた。
「私達は三人で一つ。見せつけてやろう。最高のチームってやつを!」
『おー!!』
結束を深めた三人の言葉が、学園に響き渡った。
○○○
「私のプリン食ったなこのーッ!」
「知らないよぉ!」
小さな仮設住宅から響いてくる叫び。近隣住民はいつものアレかとため息をつき、屋根に留まっていた鳥たちは一斉に羽ばたいていった。
「私が冷蔵庫に入れといたやつよ!いいとこの高いやつ!楽しみにしてたのにーッ!」
「だから知らないって!ていうかココ僕の家だよ!勝手に冷蔵庫使わないで!」
幼い体型の少女が気弱そうな青年の頭にしがみつき、容赦なく髪の毛を引っ張って喚いている。傍から見れば歳の離れた兄妹喧嘩に見えるが、二人は同い年で血も繋がっていない。
「おやおや、今日も元気だね」
「あっ!聞いてよバーン!ヒロトが私のプリン食べたの!」
「だから僕じゃないって!」
少女は、扉を開けて入ってきた学校でもないのになぜか学生服を着用している青年に飛びつき、気弱そうな青年の悪行を訴えた。
「じゃあカゲロウか!カゲロウ出せよ!ぶん殴るから!」
「それは無いよ。カゲロウは甘いもの嫌いだし……ていうかそれだと結局痛みで苦しむのは僕だよ!」
「私はスッキリするからいいの!」
「横暴!」
二人の仲睦まじい?やりとりをバーンは見守っていたが、このままではヒロトが殴られてしまいそうなので二人の間に割って入った。
「まぁまぁ、プリンなら後で買ってあげるから。そんなことより、面白い話を持ってきたんだ」
「えっ!面白い話ってなに!」
幼そうな少女は、バーンの垂らした話題の撒き餌に気持ちいいくらい引っかかった。一先ず危機は去ったヒロトはほっと一息ついてバーンに小声でお礼を言った。
「来月行われる第一級魔術師昇格試験。これに挑戦する気はないかい?」
「んー、楽しいの?それ」
「あぁ。世界各国から魔法使いたちが集まるお祭りみたいなものさ。面白そうだろ?」
「おー!いいなそれ!」
彼女のいい食いつきっぷりにバーンはニヤリと笑った。
「第一級魔術師になったら何ができるの?」
「いい質問だね。実質的な魔術師協会の最高戦力、第一級魔術師の要望は可能な限り応えてくれるようになる」
「ってことは……」
「そう。お菓子でもなんでも」
「復興の支援もしてくれるかもしれないってこと!?」
先程までプリンプリンと騒いでいた少女のあまりにも真剣で切実な言葉に、バーンとヒロトは顔を見合わせて頷き合った。
「あぁ。きっとできるさ」
「やった!パパとママの役に立てるんだ!」
純真な少女が喜ぶ姿にバーンは深くため息をついて、壁に寄りかかった。
「あんなに綺麗なものを見せつけられると、物で釣ろうとした僕がひどく醜く思えてしまうよ」
「いいじゃん別に。ミルはあんなふうに人を思いやって、バーンはバーンらしく、面白そうなことを楽しむ。人によって思いが違うのは当たり前だよ」
「兄の受け売りかい?」
「まぁね」
戦後復興を進める東欧の国アルジル。そこで強く生きる少年少女もまた、第一級魔術師を目指していた。
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