第一級魔術師昇格試験

第43話 各陣営の準備 その1

 七月七日。各陣営、一週間後に控えた第一級魔術師昇格試験に向けて最後の調整を行っていた。


「ねぇザック、ここってどれ選ぶの?」

「Aだよ。Bは全部って記述が違う」


 アルト達三人は試験に影響が出ないよう特訓は休みにして、一次試験の座学の対策を行なっていた。


「みんな、夜食できたよ」

「ありがとう、メアリ、フロウ」


 メアリとフロウもアルト達の手伝いをするため、男子寮のアルト達の部屋に訪れていた。彼女らが作ったたまごスープはレストランで出せそうなほど綺麗で、食欲をかき立てる香りを漂わせていた。


「にしても、アンタが一番勉強できないって意外ね」

「僕だって平均以上はあるよ。ザックとシアンがすごいんだよ」

「それも意外よね。シアンはまともに授業受けてないし、ザックは見た目ヤンキーなのに」

「俺は勤勉なんだよ」


 この学園は入学時に勉強する学科を決めるのだが、一年から三年、つまり15から18歳までは所属する学科以外の授業も好きに受けられる。そうして四年に上がるまでに専攻する学科を決めるというスタイルだ。


 そしてそのスタイル故、自分の得意不得意や実力を把握するため、一年から三年には月一で「総合テスト」と呼ばれる座学のテストが行われる。既に専攻する科目を決めた学生もいるため、特定の教科で赤点を取っても補習とかはない。


「ザックって何位だっけ」

「275位。5765人中のな」

「改めて言われると人数多いわよね」

「受け入れ口がデカいからな」


 エリアステラ学園は訳ありのベータを受け入れるくらい懐が大きい。基本的に15歳以上ならば誰でも入れる。ただ校風が自由、悪く言えば放任主義なので、ちゃんと勉強させたい親はこの学園に入れないのだ。


「で、シアンは?」

「1位」

「へぇ、1位……1位!?」


 想像以上の順位を告げられて、メアリは一瞬情報をうまく飲み込めなかった。驚愕した顔で二度見してきた彼女を見て、シアンは悪戯が成功した子供のように笑った。


「まぁ僕は天才だからね。あの程度のテストはお茶の子さいさいだよ」

「嫌味な言い方だなこの野郎」

「悔しかったら抜かしてみなよ、勤勉な出涸らし君」


 楽しそうに煽り散らしながら、彼は卵スープを一口飲んだ。その時だった。


「カッッッラ!!」


 シアンはそう叫ぶと共に勢いよく椅子から落ちて、倒れたまま咳き込んだ。


「ちょっ、なにこれ。なんでこんなに辛いんだ」

「その卵スープには、今日あなたがザックくんを出涸らし呼ばわりした回数分、雑貨屋に売ってた「インフェルノソース」を振りかけといたから」


 フロウは満面の笑みでそう答えた。ちなみにインフェルノソースとは、世界で一番辛いとされる「サタンソウル」という黒い唐辛子を使用して作られたソースだ。一滴入れるだけでその料理は火を吹くほど辛くなるらしい。


「な、なぜ!?」

「自分の胸に聞いてみたら?」


 フロウはそう冷たく言い放つと、腹を抱えて爆笑しているザックの隣に座った。


「シアン……まぁこればっかりは仕方ないよ」

「今までの報いが来たと思って受け入れるのね」


 天使のような優しさを持つアルトにも、医者志望のメアリにも見放され、床で悶えるシアンはこう思った。


(もしかして僕、メチャクチャ嫌われてる?)


 ○○○


 エリアステラ学園のまた別の部屋。時を同じくして、アルト達と同じように一次試験の座学対策を行なっている者たちがいた。


「ボルト先輩、そこ全然違います。なんでその値を代入するんですか。ここは計算ミスしてますし」

「ぬぐぅぅぅ!やはり勉強はわからん!!」

「夜なんですから静かにやってください。ほら、もう一回解き直しますよ」


 陸上部の飯島櫻子は一日中ボルト・フォーミュラに付きっきりで勉強を教えていた。走ることは世界一なボルトだが、勉強に関してはからっきしだ。歳が四つも離れた後輩に教えてもらうほどに。


「ごめんねうるさくって」

「大丈夫ですわ櫻子さん。一緒に受けてくれるんだからこれくらい我慢できますわ」


 隣の机で黙々と勉強していた霊術研究部のエリィは振り返ってそう答えた。同学年であり、寮の部屋が近い二人は友達同士なのだ。


 そして何故陸上部のボルトまでもが試験を受けることになったのかというと、エリィが一緒に試験を受けてくれる仲間を探していると知っていた櫻子が、頻繁に起こるようになった悪魔の出現のせいで夏に控えていた世界大会が中止となって暇を持て余していたボルトに、暇ならエリィを手伝ってあげてほしいと頼んだからだ。


「ボルト先輩なら勉強しなくても、身体能力テストで90点以上とって一次試験は通れると思うけどねぇ」

「そう簡単に90点以上とれますの?」

「だって、魔術師協会の身体能力に対する評価ってかなり甘いもん。エリィちゃんでも70点とれたでしょ?」

「まぁ……確かにそうですわね」


 エリィの隣に座っているマリィが指摘したことを、エリィは渋々認めた。実際、魔術師協会では魔法は厳しく、身体能力は緩く見られる。決して魔術師協会において身体能力が軽視されているわけではない(能力評価や試験においてもちゃんと項目があるのが証拠だ)が、それ以上に魔法が重要視されているのだ。


「そういえばエリィちゃんは何回も試験受けてるんだっけ」

「ええ、次で三回目ですわ」

「じゃあ三度目の正直だね!今度こそ絶対受かるよ!」

「そうだといいですけど……」


 エリィが少し不安そうな面持ちになった瞬間だった。


「うおぉぉぉ!!なんたる鋼の心!!何度失敗してもトライするその心意気!!まさに青春だ!!」

「うるさい!」

「いでっえ!」


 突然叫んだボルトに櫻子が鉄拳を落とす。彼女は一瞬で撃沈した先輩を蔑むような視線を向け、大きくため息をついた。


「さくらっち、私はこの人にエリィちゃんを任せるのが不安になってきたよ」

「ハハハ……こんなんだけど強さは保証するよ?」

「私も事前に決めた仲間がいてくれるだけで二次試験は楽になりますし、問題ないと思ってますわ。それに、足りない部分は現地で加わってくれる方にお願いすればいいですし」

「うむぅ、エリィちゃんがいいって言うならいいか」


 あまり納得してなさそうだが、マリィは再び漫画を読み始め、エリィも勉強に戻り、櫻子はボルトを叩き起こした。


 エリィとボルト。櫻子を介してチームを組んだこの二名も試験に挑もうとしていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る