第41話 読心師匠と鳥類弟子

 魔術師協会本部から帰ってきた翌日、俺は良一郎先輩から闘気を学ぶために、情熱荘の剣道部部室を訪れた。しかしどうしてか、そこの板張りの床の上で青髪の少年と睨み合っていた。


「良一郎さんは忙しいんだよ。何処の馬の骨かも分からないお前の指導をしてる暇なんてない」

「それは良一郎先輩が決めることだろ。とにかく、良一郎先輩に会わせろ」

「良一郎さんのお手を煩わせるわけにはいかない。帰れ」

「無理だ」

「こっちも無理だ」

「あ゛?」

「やんのかコラァ」


 ここに喧嘩しにきたわけではないのだが、ここで修行する以上、こんな豆粒ドチビに舐められるわけにはいかないと思って口喧嘩に乗ったのが間違いだった。良一郎先輩は全然来ないし、周りの部員も今にも殴り合いを始めそうな俺たちに萎縮してしまっている。その竹刀はなんのため握ってるんだか。


 しかし、このままでは流血沙汰になってしまう。こいつに勝てるかは一旦置いといて、ここで暴れたら良一郎先輩に修行をつけてもらえなくなる。……仕方ない。コイツの下手にでるのはムカつくが、停戦協定を結ぶとしよう。


「……いや待て。マジな喧嘩はまずい」

「お?今更怖気付いたか」


 ぶん殴ってやろうかコイツ。


「そうじゃねぇ。ここで暴れたら道場に傷がつくかもしれないし、暴力沙汰を起こしたってここの評判も悪くなるだろ」

「むっ、確かに……」

「だろ?良一郎先輩とは少し話をさせてくれるだけでいい。断られたらすぐに身をひくからさ」

「それなら……いいのか?」


 ちょろいわコイツ。さっきまではこっちも熱くなっていたが、冷静に諭せばこんなもんよ。


「そうそう。時間は取らせねぇよ」

「そっか。いきなり喧嘩売ってすまん」

「こっちこそごめんな」


 よし。とりあえずピンチは脱したな。そんなことを思っていたら、道場に良一郎先輩が帰ってきた。部員は全員その場で「お疲れ様です!」と言って礼をした。俺もそれに倣う。良一郎先輩は小さく頷くと、普段ここにいない俺に気がついて声をかけてきた。


「こいつはなんだ」

「良一郎さんに少しお話があるそうです」

「そうか。で、用件はなんだ」


 青髪の少年が前に出て説明すると、良一郎先輩は話を聞く体勢になってくれた。いざ対面すると貫禄がハンパない。強者のオーラをビンビン感じる。でも、躊躇ってる暇なんてない。俺はいち早く強くならなきゃいけないんだ。


「単刀直入に言います。俺に闘気を教えてくれませんか」


 俺の言葉に良一郎先輩は目を細めた。やはり青髪の言う通り忙しいのだろうか。でもこの学園の中で、闘気を教えられるのは良一郎先輩しかいない。頼む。受けてくれ。


「それだけか?」

「えっ?」

「本当にそれだけで満足か」


 予想の斜め上の返答に戸惑う。この人、もしかして……


「闘気を教えてくれ。俺に対しての申し出はそれで十分なのか。お前の執念の気はそんなものじゃないだろ」


 やっぱり読まれてる。俺が闘気だけでなく武器術も格闘術も教えてほしいと思っていることを。最初はこれも頼むつもりだったが、あの青髪の反応を見るにそれは不可能だと考えて闘気だけに妥協したのだ。でも、もしかしたらそれ以外も教えてくれるのではないか?ここで俺が欲張って受けてもらえなかったら……いや、違うだろ。俺はもう迷わない。ただやるべきことをやるだけだ。


「良一郎先輩、武器術も格闘術も闘気も、あんたの持つ技術の全てを俺に叩き込んでくれ!」


 俺の言葉で周囲がざわつく。しかし、良一郎先輩だけはクールに笑っていた。


「気に入った。いいだろう。お前に俺の全てを叩き込んでやる」


 快く引き受けてくれた嬉しさのあまりガッツポーズした。しかし一瞬で俺の気持ちを察するとは、やはり東洋の達人の気を読む力はすごい。


「待ってください!」


 青髪のチビが俺の歓喜に水を差す言葉を発した。まぁそうだよな。あいつは他の奴らと比べて、先輩に会いたがっていた俺への当たりが強かったし、そもそも弟子たちからすれば、いきなり出てきたやつに師匠を取られるのは納得できないだろう。


「あんないきなり出てきたやつに何言ってるんですか!こんなやつのどこが気に入ったんですか!一人で納得してないで説明してください!」

「少し黙れウグイス。外に声が響く」

「話を逸らさないでください!あと俺の名前はバードです!」

「分かった。説明するから少し声を小さくしろスズメ」

「だから!俺の名前はバード!バード・ウィンドです!」


 バードのもっともな指摘を先輩はクールに受け流す。名前を間違えるのは天然なのかわざとなのか、それともバードという名前をいじっているのか……まぁ意外と茶目っ気があるってことなのだろう。


「コイツには他の奴やとは比べ物にならないくらいの強さへの執念がある。そして、覚悟も相応にある」

「俺だって」

「全然違う。強さも性質もな」

「ッ……良一郎さんがそう言うなら……」


 先輩に言い負かされて、バードは悔しそうに引き下がった。なんだか少し悪いことをしたかもしれない。


「思い立ったが吉日、早速修行をはじめるぞ。バード、お前も手伝え」

「え、俺がこんな奴に?」

「いいから。木刀とヒトガタを持ってコロッセオに行け」

「うー、良一郎さんの頼みなら……調子乗んなよ新入り!」


 バードはそんな捨て台詞を吐いて道場から飛び出していった。先輩はそれを見て呆れたようにため息をついた。


「あんな奴だが、この学園での一番弟子だ。第二級魔術師上位レベルの力はある」

「今の俺より強いのか」


 あれはあれで強いのか。意外だ。


「だな。……そういえば名前聞いてなかったな」

「あっ、すみません。改めて、魔法科三年のザック・バレットだ。よろしく頼む」

「なんだ、あいつと同期タメか。なら仲良くやれそうだな」

「えっ、あいつ三年なのか。チビだから年下だと思ってた」

「それ地雷だから言うのやめとけよ」

「……なるほど」

「仲良くやれよ?」


 正直気に食わないから仲良くしたくないのだが、一緒に修行するというならしてやらんこともない。とにかく、なんとか師匠を得た俺はバードを追ってコロッセオに向かった。

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