第36話 まだ不恰好な結び目
私を抱きしめて泣いている彼女の声は、悲哀と後悔が込められていた。その声で彼女の心はもう理解できた。ずっと後悔してたんだ。ずっと私を忘れずに苦しんでいたんだ。
「あの時、私怖かったの。変わり果ててしまったあなたが。それであんな……あんな酷いことをしてしまったの。本当は友達として支えてあげるべきなのに。本当にごめんなさい」
彼女は、周囲の目も気にせず泣きながら絞り出すような声で謝り続けた。彼女の苦しみが、彼女の謝罪と共に心を打ち付けた。
「あなたを孤独にしてしまった、みんなからあなたを奪ってしまった……全部全部私の罪なの」
「違う」
彼女の方を掴んで少し引き離し、目と目を合わせる。彼女の顔は涙と鼻水でぐしょぐしょになっていて、表情は罪悪感でひどく歪んでいた。
「それは違うよ」
念入りにその言葉を伝える。全部マイヤちゃんが悪いんじゃない。確かに私はあの日に向けられたぎこちない笑顔に絶望した。だけど、それだけでマイヤちゃんが苦しみ続けることなんてない。
「私のことでみんな戸惑ってるって分かってたはずなのに、みんなが私の事嫌いになるはずないのに……私は友達を信頼できなかった。みんなが私のことを見捨てたって勝手に思い込んで、みんなの前から消えた。私にも責任はあるよ」
「そんな事ない!あの時ベータちゃんはまだ子どもだったのに、大好きな両親を失ってた。絶望して自暴自棄になっちゃうのは仕方ないことだよ!」
「……そうだよ。あの時、私たちはまだ子どもだったんだよ。誰が悪いとかじゃない。仕方なかったんだよ」
大人だって常に正しい行動をするのは難しいのに、人の生き死にが関わってることで子どもにそれをしろなんて酷だ。
「あの事件で私たちはみんな苦しんだ。もう、それで十分なんだよ。誰が悪いかなんてどうだっていい」
過去に囚われてたら前に進めない。それは闇の中にいた私を連れ出してくれたメアリが教えてくれた大切なこと。そして、まだマイヤちゃんは闇の中にいる。だから、涙を流す彼女に手を差し伸べた。友達として彼女を闇の中から救うため。
「だから、仲直りしよ」
「うんっ……!」
彼女は迷うことなく、私が差し出した手をとってくれた。そして、私を見て笑った。その笑顔は、幼い頃から知っている優しい彼女のものだった。
「おーい、ふたりともー!」
ちょうどいいタイミングで箒に乗ったフロウ先輩が追いついてきた。片脇には大きなキャンバスを抱えていて、それで遅くなったのだろう。
「急に走っていっちゃうからビックリしたよ。でー、なんだかただならぬ雰囲気だったけど大丈夫?」
「大丈夫です」
「なら良かった。じゃあなんか注目集めちゃってるっぽいし一旦離れようか」
往来で大泣きしながらあんな事をしてしまったからか、周囲がかなりざわついていた。フロウ先輩の提案通り、みんなで先輩の箒に乗って少し離れた噴水のある広場にやってきた。
「先輩って魔法使えたんですね」
「空飛べたら楽にいろんな場所に行けるし、いろんな角度から景色を見られるでしょ?だから絵描きの飛行魔法の需要は高いの。うちの部でも他に五人くらい使えるわ」
そんな話をしながら私たちは噴水がよく見える木陰に腰を落ち着けた。
「それで、二人はどういう関係なの?」
「まぁ、ねぇ」
「ふふっ、そうだね」
「「親友です!」」
お互いに示し合わせてフロウ先輩に宣言する。これが私たちのやり直しの始まりで、あの日から止まった時間がようやく動き出した合図だ。チラリと横を見やると、マイヤちゃんは付きものが落ちたように笑っていた。きっと、私も同じような顔をしているんだろう。
「そうなんだ!なら、これ持ってきて正解だった」
フロウ先輩はそう言ってさっきからずっと持っているキャンバスを私たちの前に出した。そこには、公園で遊んでいる小さな女の子四人が描かれていた。
「これって……」
「うん。ベータちゃんが気になってた絵。実はこれね、マイヤちゃんが描いたんだ」
「えっ!?」
衝撃の事実に勢いよく振り返ってマイヤちゃんの方を見る。その驚きっぷりがおかしかったのか、彼女は私の顔を見てクスリと笑った。
「まさか私の絵がベータちゃんが美術部に入るきっかけになるなんて、運命感じちゃうな」
先輩から絵を受け取った彼女は、それを愛おしそうに眺めて、嬉しそうに微笑んだ。それで、なんとなく私がこの絵に惹かれた理由がわかった気がした。
「この絵はね、私から見たみんなを描いたものなの。私はこの学園に一人で来ても、ずっとみんなのこと考えてた。ベータちゃんともまた一緒にこうやって遊べたらって……でも、私がそんな事言う資格なんてないって思ってた。だから、こうやって絵にしたの。みんなのことを忘れないために、私の望みを、たどり着くべき場所を形にするために」
彼女の言葉には強い意志が宿っていた。彼女はずっとこの景色を思い描いていた。罪悪感に苦しみながら、それでも希望を捨てなかった。きっと、私はこの気持ちに惹かれたんだ。
「……だから、すぐに私を追いかけられたんだね」
私は逃げてしまった。友達のことを忘れようとしていた。今更ながらそれが情けなくて、自分に嫌気が差す。すると、彼女は私の手を握ってこう言った。
「あの時私はベータちゃんを突き放してしまった。今日はただその分を取り戻しただけ。全然立派なことじゃないよ」
「……でも」
「だからさ!また今度みんなに会いに行こうよ!」
淀みかけた空気を、彼女の明るい声が変えた。少し無理矢理で不器用だけど、私もそれに応えて笑った。
「みんな会いたがってるし、私もこの景色をすぐにでも現実にしたいしね!」
「うん。いいね、それ」
今度は逃げたりなんかしない。待たせた分、最高の笑顔をみんなに見せてあげるんだ。そう思いながら彼女の絵を改めて見ると、当然だけど昔よりはるかに上手になっていて、時間の流れを嫌というほど感じた。
「絵、すごく上手になったね」
「いっぱい練習したからね。……昔は、ベータちゃんの方が上手だったよね」
私たちの間にはどことなく微妙な感じが漂っていて、変な間が空いてしまう。
「うん。マイヤちゃんは勉強熱心だから、教えてっていつも言ってたなー」
「ハハッ、懐かしいなぁ」
「でも、今はマイヤちゃんが教える側だね」
けれど、それは今を共に生きることができるという実感を得る度に薄れていって、思い出すと苦しかった昔のことも、懐かしさが勝るようになってきた。
「手取り足取り教えてあげるよ」
「お手柔らかにお願いね」
子どもの頃みたいに弾けるように笑い合うことも、信頼して全てを曝け出すこともまだできない不恰好な友情だけど、少しずつ直していこう。また、昔みたいに笑い合えるようになろう。心の中でそう誓った。
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