第37話 等身大な少女のお悩み

「……何やってるんだろ」


 私はアルトが修行してるコロッセオまでやってきた。……手作りのお弁当を片手に。自分が何を考えてここまで来たのか覚えていない。いつの間にかここまで来てしまっていた。そして、入口で急に正気に戻って現在に至る。どうにも前に進む勇気が持てなくて、このままここで立ち尽くしているのも邪魔だろうと思って帰ろうとしたら、後ろから声をかけられた。


「メアリか?」

「ザックくん、なんでここに」

「ちょっとアルトを見に来た。んで、お前は差し入れか?」

「あっ」


 思わず弁当の入った巾着を後ろに隠す。咄嗟の行動で、次をどうすればいいのか分からず黙り込んでしまった。こんな怪しい行動を見たザックくんは少し目を細めて、ため息を一つついた。


「とりあえず入るぞ。ここで立ってたら邪魔だ」

「えっ、ちょっ、私は……」


 ザックくんは私の言葉に耳を貸さず、無理矢理コロッセオの中に連れて行った。



 巻き上がる土煙、飛び交う魔法弾、何度もビリビリと反応する観客席防護の結界、この次元の違う戦いを一目見ようと来た生徒達が客席を埋め尽くしていた。席を取れなかった私たちは最上部の廊下でアルト達の修行を見ていた。


「……すごいね」

「あぁ。でも、まだ第一級魔術師ファーストオーダーには届かないんだと」

「そうなんだ」


 ザックくんの真意が分からず、ただ気まずい空気のまま当たり障りのない会話をしていた。そして、アルトの胸を魔法弾が貫き、シアンくんを地面から生えてきた無数の刃が貫き、模擬戦が終了した。


「今日は三分耐えたっぽいな」

「……そう」

「これが今アルトがやってる事だ。で、お前は何がしたいんだ」


 彼は何もなくなったはずのコロッセオをじっと見つめたまま、私にそう言った。私のやりたい事……私はアルトのそばにいて支えてあげたい。けど、それはきっとアルトの邪魔になってしまう事だ。


「私にはできない事だよ」


 そう答えると、彼はただ一回頷いた。ポケットを弄って一枚のカードを取り出して私に見せてきた。


「俺は第三級魔術師サードオーダーだ。だから、あいつらの手伝いをしてやれない。でも、お前は違う」

「違わないよ。今のアルトにとって私は邪魔なだけ。私も何もしてあげられない」

「そりゃ、戦う道を選んだあいつにとってってことか?」

「うん。今のアルトには強くなることだけ考えて欲しい。戦いのことなんて一つも分からない私が出来ることなんてないよ」

「メアリ。そりゃ逆だ」

「えっ?」


 俯いていた顔を上げ、彼の方を向く。ずっとコロッセオを見ていた彼は冷静に、だけど優しさを感じる顔を私に向けていた。


「そりゃ強くなるためにはそういう修羅の道を行くってのもある。だが、それはあいつに合ってねぇ。あいつは守るために強くなろうとしてる。なら、守りてぇもんをそばに置いたほうがいい。その方があいつも強くなれるだろうし、優しすぎるあいつが戦いの中で迷うこともなくなる」

「そういうものかな」

「あぁ。誰かのために何かするなら、そいつがそばに居てくれる事ほど嬉しい事はねぇだろ」

「……確かに」


 私も家族のために「熱血病」の研究をしてるけど、家族からたまに来る手紙に元気をもらったりしてる。


「でも、それって私じゃなくてもいいんじゃないかな」

「……は?」

「だって、アルトが守りたいのは「みんな」だよ?私だけ特別ってわけじゃ……」

「はぁぁぁぁ……あのクソバカ。何にも言ってねぇのかよ」


 ザックの呆れきったため息と、怒りの真骨頂まで達したかのような威圧感のある声にビビって私は黙ってしまった。そのあとしばらくブツブツ何か言っているようだったが、ブンブンと首を振って気を取り直してこっちに向き直った。


「すまん。ちょっと取り乱した」

「あぁうん。えっと、やっぱりアルトって隠し事してるの?」

「隠し事だらけだよ。まぁ俺の口から言えねぇけどな。それよりお前、本気で言ってんのかよ」

「う、うん。……アルトは優しいから」


 私に向けた笑顔も、私にくれた励ましも、全部アルトにとっては特別じゃない。誰にでも分け隔てなく与えるものだ。少し交流が深いからって傲慢になっちゃいけない。


「アルトはそんな人間離れした感性持ってねぇよ」

「えっ」

「あいつは神様じゃねぇ。「誰にでも」「平等に」なんて、そんなことできやしない。好きなやつもいれば苦手なやつもいる。特別に思うやつだってな。だからお前はもっと自信持っていい。自分はアルトにとって特別だってな」


 ザックくんは慈しむような優しい顔でそう言った。その時、彼が何をしたかったのかわかった。彼は私を励ましたかったんだ。自分もアルトの力になれないと悩んでいるはずなのに。だからだろうか、彼の言葉なら信じられる気がした。


「ザックくんは優しいね」

「そうかよ」


 私の安らいだ顔を見て気が済んだのか、寄りかかっていた柵から離れて外に歩いて行こうとした。


「ありがとね。これを渡す勇気が湧いてきたよ」

「そりゃよかった」

「……きっと、ザックくんもアルトの力になれるよ」


 私の投げかけた言葉で彼は足を止めた。


「私は戦いのこととかよく分かんないけど、ザックくらい優しくてアルトのこと分かってくれてるなら大丈夫だよ。ザックも自信持って。きっと、あなたもアルトにとって特別だから」


 さっき彼がくれた言葉をそのまま返す。最初にザックくんと私は違うって言ったけど、そんな事ないよ。方法は私とは違うだろうけど、ザックくんもアルトの力になれる。彼へのほんの少しの恩返しができればと、素直にそう伝えた。


「そうかよ」


 彼は立ち止まったまましばらく静止し、誤魔化すように頭を掻きむしってそれだけ言って立ち去った。私はそれを見届けて、弁当を両手に持ってそれを確認した。


 私はアルトが好きだ。だから、アルトの力になりたいし、アルトには笑顔でいて欲しい。私にできる事は見守る事だけかもしれないけど、それでもできることがあるなら精一杯やろう。このお弁当でアルトが元気になるなら、私が近くにいたらアルトが強くなれるならそうしよう。


 私はその気持ちを確認するようにうんと力強く頷いて、アルトがいるであろうヒトガタ使用者用の部屋に駆け出した。

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