第35話 綻んだ友情の糸

 私たち五人は幼馴染で大切な友達同士だった。みんながみんなのことが大好きで、たまに喧嘩するけどすぐに仲直りして、毎日一緒遊んだ。こんな愛しい友情が大人になってもずっと続いていくって、みんな信じていた。……あの日までは。


 ベータちゃんの両親が死んだ。


 私たちはそれを聞いてすぐにベータちゃんのところに行こうとした。悲しんでいる友達を慰めてあげたかった。でも、ベッドの上で虚ろな目をしたベータちゃんを見て、子どもの私たちじゃどうすることもできないと悟った。ただひたすら虚空を見つめる彼女は、私たちの知っている彼女とはまるっきり別物だったから。


 もう少し落ち着くまでそっとしておこう。親にもそう言われたから、待つことにした。時間が傷を癒して、そうしたら私たちもきっとベータちゃんを励ませるくらいになるって思ってた。でも、それは間違いだった。彼女の心の傷は治ることはなく、悪化し続けた。彼女の目は段々と濁っていった。何度も病室の前まで来たけど、そんな彼女を見る度に話しかける勇気は消え失せてしまった。もしここで話しかけていたら少しは違った未来もあったかもしれない。


 そして、とうとう私は取り返しのつかない過ちを犯してしまった。あの日、私はいつも通りの帰り道を歩いていた。一緒に帰っていたみんなと別れて一人になったその時だった。後ろから急に誰かに話しかけられた。驚いて振り向くと、ベータちゃんがそこにいた。


「マイヤちゃん、久しぶり」


 分からなかった。ベータちゃんの声は昔から何度も聞いてきた。それなのに彼女の声だとわからなかった。声に感情がこもってなくて、そんな声が楽しそうに絵を描く明るい彼女のものだとはとても思えなかった。


「あ、うん。病院に、いなくていいの?」


 当たり障りのない内容でお茶を濁す。でも、緊張が誤魔化せていなかった。


「もう大丈夫だよ。もう少ししたら学校に行けるってお医者さんが言ってたの」


 そう言って彼女は笑っていたけど、目は笑っていなかった。ジッと私を見つめる濁り切った瞳に吸い込まれてしまいそうで怖かった。


「そう、なんだ。それは、良かったね」


 だから、彼女に恐怖の眼差しを向けながらこんな適当な返事をしてしまったのだ。ここで私がもっとちゃんとした返事をしていたら、また学校に来れると言った彼女のことをもっと喜んであげられていたら、どんなに彼女の救いになれただろうか。それなのに私は恐怖に負けてしまった。この時どんな思いでベータちゃんが私に話しかけてきたか、それを思うだけで胸が張り裂けそうになる。

 きっとこれが彼女へのトドメになってしまったのだろう。退院してもベータちゃんが学校に来ることはなかった。


 友達なのに、彼女の心の傷を癒すどころか抉ってしまった。全部私のせいだとずっとあの時のことを後悔している。


「マイヤちゃんは悪くないよ」

「そうだよ。……私たちじゃどうしようもなかったんだよ」


 みんなは落ち込む私を慰めてくれた。だけど、許してほしくなかった。みんなベータちゃんが大好きなのに、また学校に来てほしいって思ってるのに、その願いを私が全部壊してしまった。罪の意識に苛まれて、みんなの優しさが逆に痛かった。


 それから私たちは成長して、近くのエリアステラ学園に入れる年齢になった。他のみんなは家業を継ぐとかで、学園に入るのは私だけだった。


「あんまり会えなくなっちゃうのか。寂しくなるね」

「たまには帰ってくるから」


 私が村を出て学園に行く日、みんなが見送りに集まってくれてた。一人で村を出るのは寂しいけど、私の夢を叶えるために避けては通れない道だ。私の手を握るリツカちゃんは今にも泣き出してしまいそうだった。


「リツカ、もう離してやりなよ」

「…………ん」


 メルタに言われてリツカは渋々と手を離した。まだ不貞腐れているようで、機嫌を取るために頭を撫でてあげる。


「ほら、もう会えなくなるわけじゃないからさ。こうやってまたみんなで会え……みん…な……会え、あれ、なんで、何でこんな、あぁ……」


 突然涙が溢れてきて止まらなくなった。そのまま崩れ落ちて、それをリツカちゃんが支えてくれた。五人。私たちは五人だったんだ。でも、私のせいでベータちゃんはいなくなってしまった。そんな私が「みんなでまた会える」なんて言えるわけがない。言う資格があるわけない。


「ごめん……」

「いいんだよ。今は泣いても大丈夫」


 さっきまで私が励まそうとした彼女の胸に優しく抱かれ慰められる。私のせいで友達を失ったはずなのに、みんなは私をまだ友達だと思ってくれている。私の罪を受け入れてくれる。それが痛くて辛かったけど、その態度を変わらず続けてくれたから私は壊れずにいられたんだと思う。


 私はずっと後悔していた。「もしもあの時ベータちゃんに」そんなことを何度も考えた。


 だから、私は迷わず逃げ出したベータちゃんを追いかけた。神様がくれた最後のチャンスを逃したくない。もうあんな後悔はしたくない。

 普段運動しないせいで走りがぎこちない。足が絡まって転びそうになる。でも、前に進むことをやめたりなんかしない。もう会えないと思った友達がそこにいる。「もしも」を現実にできる。

 呼吸をする度喉が痛む。でもこんな痛み、あの時のベータちゃんの苦しみや、私が抱き続けた後悔の痛みに比べらたどうってことない。走って、走って、走り続けて、息切れしているベータちゃんを見つけた。


「やっと捕まえた」


 ようやく届いた。もう触れることもできないだろう思っていた彼女を思いっきり抱きしめる。もう二度と離したりなんかしない。


「ごめん……ずっと一人にして本当にごめんなさい……!」


 みんなで、五人でまた笑い合えるよう、私はあの日からずっと伝えたかった気持ちを告白した。

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