第四章 過去という呪縛
第33話 目指せ第一級魔術師
分厚い壁に囲まれた半径百メートルの円形のグラウンド。壁の向こうには階段状の客席のようなものがあり、そこに適当に駄弁る者、グラウンドで活動する生徒を観察する者などが座っていた。ここはエリアステラ魔法学園の魔法実技修練場の一つ。同じ形状のものが他にも沢山ある。この形状と雰囲気、そして「聖杯争奪戦」の舞台となることから「コロッセオ」とも呼ばれるこの場所に、僕とシアンは立っていた。
「おいお前ら!「ヒトガタ」を無駄使いしたくなけりゃさっさとここから出ろ!」
「へいへーい」
ラピス先生が声を張り上げて先にここを使っていた生徒たちを追い出している。生徒の大半は納得のいっていない様子で、愚痴を言いながら修練場から出て行った。そして、その流れで客席に移動している者もちらほらいた。自分達が追い出された原因である僕らに興味があるのだろう。
「さて、始めるぞ」
「行きます!」
ラピス先生の掛け声と共に、僕とシアンのペアとラピス先生の模擬戦が始まった。何故僕らがこんなことをしているかというと、それは昨日の夜まで遡る。
○○○
昨日の夜、僕は部屋で課題を片付けていた。メアリに決意を話して三日、強くなるといったものの具体的にどうするというのは決めていなかった。とりあえず、今まで勉強していなかった戦闘用の魔法の授業をとるようにしたが、なんとなくで日々が過ぎ去っているような気がしてならなかった。
「課題は順調か?」
「うーん、まだかかるかも」
「そうか。ほい、あんまり無理すんなよ」
そう言ってザックがココアを手渡してくれた。受け取ったマグカップにそっと口をつけて飲む。体が温まり、チョコの甘味が僕の心を落ち着かせる。
「ありがと。おいしいよ」
マグカップを机に置いて、区切りのいいところまで進めようとペンを握ると、ドアを開けてA4サイズの紙を持ったシアンが入ってきて僕の前に座った。
「精が出ますな。でも、目標がないまま勉強してもモチベ保てないでしょ」
「えっ、何急に」
「そんな君に目標を定めてあげようかと」
そう言って彼は僕に手に持っていた紙を見せてきた。そこには「
「今からだいたい三ヶ月後にこの試験がはじまる。とりあえずこれに合格することを目標にしてみたらどうかな」
「うーん、どれどれ」
シアンから紙を受け取って自分で内容を確認する。
試験は七月十四日から二十日までの期間、魔法使い協会本部で行われる。初日は一次試験、ここで個人の実力が第一級魔術師として問題ないレベルかを測る能力把握テストを行う。魔法、身体能力、頭脳の三部門でテスト(各部門100点満点)を行い、合計点200点以上、または三部門のいずれか一部門で90点以上の者を合格とする。一次試験合格者発表は十七日の朝。その間、受験者は本部内で過ごす。合格者発表の後、夕方六時までに合格者三名でチームを組み、二次試験の登録をする。間に合わなかった者は棄権とみなす。
二次試験は十八日から二十日までの三日に渡り行われる。内容は三チームでの集団戦。勝利条件は敵チームの殲滅。試合は一日一回で計三回行う。ここでの戦闘内容から各個人の合否を決定する。
といったものだった。いかにもな「試験」という感じだ。紙を一旦置いて、シアンの方を見る。優雅に紅茶を飲みながら僕が読み終えるのを待っていたようで、自分の方を向く僕を確認するとティーカップを置いて座り直した。
「ひとまずは、目指せ第一級魔術師!ってところかな」
「うん。いいと思う……あっ、ザックも」
「出涸らし君」
後ろからのザックの視線を感じて振り返る。そういえば二次試験は三人で一チームだと思い、それならシアンと合わせて三人でちょうどだし、気心の知れた仲だから連携も取りやすいだろうと思って声をかけた。しかし、それをシアンが遮った。
「これは、今の君には関係ない話だから」
「……分かってる」
あまりに無情な一言を、いつもはそんなこと言われたら言い返すはずのザックはすんなりと受け入れた。
「ちょっと待ってよ。ザックには関係ないって、そんなわけないよ」
「アルト、こればっかりはシアンと言う通りだ」
ザックは立ち上がって抗議しようとした僕の肩を抑えた。
「俺はお前の決意を尊重するし、変わろうとするお前を手伝ってやりたいと思ってる。だけど、俺は弱い。今回ばかりは力になってやれそうにない。……ごめんな」
「そんな、ザックが謝ることじゃないよ」
弱い。ザックはそれを僕じゃなく、自分に言い聞かせてるように見えた。そして彼の謝罪の言葉からは、怒りと諦観のようなものが感じられた。それが何に対してなのか、長い付き合いがあるはずなのにわからなかった。
「シアン、アルトのことよろしく頼む」
「わかってるさ。アルト君は天才だけど素人だからね。試験に向けてしっかり特訓するさ」
「そうか」
ザックはそれだけ言って、重い足取りで自室へ戻っていった。僕はそれをただ見守ることしかできなかった。ザックはあの村でのことで落ち込んでた僕を叱ってくれて、無理するなって心配してくれたのに、僕は何もできない。そんな自分に嫌気が差して、感情を誤魔化すようにぬるくなったココアを飲み干した。
「……とりあえず、明日から特訓するから、徹夜してフラフラなんてことはやめてくれよ」
シアンも立ち上がってティーカップを台所に洗いにいった。ザックのことは気になるけど、今は目の前のことに集中しようと課題に目を向けた。
○○○
そんなこんなで、僕たちは第一級魔術師昇格試験合格のためにラピス先生に特訓をしてもらっている。他の生徒たちが見守る中、僕とシアンとラピス先生の魔法が飛び交う。しかし、力量差は一目瞭然で、二対一だというのに僕らの方が追い詰められていた。
「弾幕の密度やばすぎるよ!」
「ラピスにぃの魔法札は魔力を流すだけでいいから、僕らが術式を構築する時間の分はやく魔法を使えるんだ。って、アルト君!下!」
「えっ」
シアンに言われた時にはもう既に遅く、スパンと僕の右足は地面から生えてきた鉄の刃に切断された。そして、体制が崩れた僕を無数の魔法弾が貫いた。
『活動限界。ヒトガタプログラム、シャットダウン』
次に目を覚ました時、僕の目の前の景色は、魔法弾が飛び交うグラウンドから、コロッセオ内にあるヒトガタ使用者用の部屋の天井に変わっていた。
「剣の錬成……魔法弾を避けるのに必死で気づかなかった」
そんなふうにさっきの模擬戦の反省をする僕の体には穴なんて無いし、右足もちゃんとついている。これは、さっきの模擬戦で僕は「ヒトガタプログラム」と呼ばれるものを使用したからだ。
ヒトガタプログラムとは、ヒトガタと呼ばれる人形に自分の意識を移すことで、魔力量も術式も全てコピーした仮の体を作ることができる、二十五年前に学園長が考案し、魔法使い協会の協力のもと開発したシステムだ。ヒトガタは怪我をしたとしても痛みを感じないし、いくら動いたとしても元の体に疲労が溜まらない。これによってほぼ実戦のような形で模擬戦が可能となった。
これは革命的な発明で、これによって魔法使い全体の実力が数段上がったと言われている。さらに、僕らが受ける第一級魔術師昇格試験の二次試験もヒトガタプログラムの開発によって新しくできたものだ。
ヒトガタから元の体に戻る方法は、抜け殻となった自分の体に触れて意識を戻すか、激しい損傷をヒトガタに与えてシステムをシャットダウンするかだ。しかし、ヒトガタプログラムは特殊な結界内でしか機能しない。そのため、結界の外に出てしまったら意識が消えて死んでしまうし、実戦で敵に対してヒトガタで出撃というのはほぼ不可能となっている。
「お疲れー」
「あっ、シアンもやられたんだ」
「君がやられた後瞬殺されたよ」
僕が目を覚まして数秒後に隣のベッドから起き上がったシアンは、やれやれと言うふうに首を横に振った。ヒトガタの時に切断された右足が気になって、優しく撫でる。痛みは感じないが、右足が無かったという感覚はあった。普通は無くならないものがなくなって、その後すぐに戻ったというのは、どうにも表現し難い違和感があるものだ。
「ふふっ、やっぱり気になるかい?」
「うん。なんか変な感じだよ」
「すぐに慣れるよ」
「邪魔するぞ」
シアンと話していたら、扉を開けて新しいヒトガタを持ったラピス先生が入ってきた。正直、ラピス先生の強さには驚いていた。魔法札による手数の多さ、それを十分に活かす戦闘センス、そして隙をついての魔法札じゃない自身の術式行使、僕らも一応反撃したはずなのに傷ひとつない。どれをとっても一流の魔法使いだ。
「ラピス先生って強いんですね。ずっと図書館で司書やってるイメージがあるので意外でした」
「……アルト君。それ本気で言ってる?」
「え、何がさ」
「本当に君は戦闘については何も知らないんだね……じゃあ教えてあげるよ。ラピスにぃは第一級魔術師第1位の魔法使いなんだ」
「え、えぇぇぇ!?」
その衝撃の事実に驚愕した僕の声がコロッセオ内に響き渡る。そのあまりの驚きっぷりと無知さに二人は呆れ返っていた。改めてラピス先生を見る。……彼が第一級魔術師の頂点。
「実力は把握した。お前らの足りないところをみっちり指導するから覚悟しとけよ」
「はーい、ラピスにぃ」
「よろしくお願いします」
第一級魔術師昇格試験合格を目指し、三ヶ月の特訓が始まった。
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