第32話 力の使い道

 ガチャリと医務室の扉を開けると、目の前に目を細めてこちらを睨み付けるメアリが仁王立ちで待っていた。


「じゃあ僕らはここで」

「頑張れよ」


 ここまで一緒についてきてくれたシアンとザックは、そう言って僕を置いて帰って行ってしまった。二人に言われたものの、どうにも言葉が出てこなくて、立ち尽くしたままになってしまった。


「何してるの?さっさと入れば?」


 僕の手に巻かれたギプスをジッと見た後、無愛想にそれだけ言って彼女は部屋の奥に入って行った。僕もそれについて行く。やっぱり、怒ってた。僕が生き急いで、たった数日の間に二回も死にかけて迷惑をかけてしまったんだから仕方ないけど。全面的に僕が悪いという後ろめたさと、いざ怒っている彼女を目の前にした緊張で顔がこわばってしまう。


 あの夜から三日後、怪我がある程度治って動けるようになった僕たちは学園に戻ってきた。特級悪魔が現れたということは、僕たちの他の限られた人以外は知らない。混乱を避けるためだとマイクさんは言っていた。近くでとんでもないことが起こっていたのに、学園は今日も賑やかだった。


「座って」


 彼女に促されるまま椅子に座る。目の前に座った彼女の目はやはり冷たい。ギプスを取り外し、僕の怪我の状態を見る。


「……なにがあったの」


 彼女の手は震えていた。特級悪魔のことは言えないから、どうにか怪我の言い訳を考える。


「山で猛獣に襲われてね。不意打ちだったからやられちゃった」

「嘘つかないで」


 彼女の手の力が強まる。


「ザックとシアンもいるのに、猛獣程度でこんな大怪我するわけない」

「僕が一人でいた時にだよ」

「誤魔化さないで!」


 メアリは勢いよく顔を上げた。ずっと僕の腕に目を向けていて見えなかった彼女の表情が僕の目に映る。メアリは、泣いていた。


「ねぇ、私ってそんなに頼りない?」

「そんなこと……」

「なら本当のこと話してよ!突然外に出て行って、こんな大怪我して帰ってきて、何かとんでもない事があったはずなのに、なんで私に何も教えてくれないの?」


 彼女の言葉に胸が締め付けられる。だけど、この秘密は絶対に言えない。この戦いにメアリを巻き込みたくないから。


「メアリのことは頼りにしてるよ」

「怪我が治せるから?」


 彼女は自嘲するように、あっという間に僕の怪我を治した。世界の中でもトップクラスの彼女の回復魔法。そういう、能力的に頼りにしてるっていう部分もほんの少しある。だけど、僕が本当に信頼しているのは、彼女の本当に強いところだ。


「違うよ。僕はメアリのどこまでも真っ直ぐで強い心を信頼しているんだ」

「えっ……?」

「僕の心は弱くて、ずっと正しい道がわからなくて迷い続けてた。だから、メアリがそばに居てくれるだけで心強かった。ベータの時だって、考えなしに先行した僕についてきてくれて、ベータの迷いを断ち切ってくれた」

「じゃあなんで今は何も話してくれないの」

「けがの理由は話せない。でも、これも全部メアリを大切にしたいからなんだ」

「……わかったわよ」


 若干不服そうながらメアリは了承してくれた。それでも顔に不安が残っていて、少し後ろめたさを感じる。でもこれはしょうがない事だと自分を説得して、次の話……本題へと移る。ブルーさんの孤児院で決めた僕の決意をメアリに伝えるんだ。


「何もかも秘密ってわけじゃないよ。僕は今日、メアリに伝えたい事があってここに来たんだ」

「え?それって一体……」

「僕がブルーさんの孤児院に行った理由。僕がこれから何をすべきかだよ」


 僕の言葉にメアリはグッと拳を握って口をつぐんだ。きっと、メアリは僕心配してくれてる。ベータの一件以降僕が悩んでいるのを知っているから、僕がそれで無理をしたのだと思って傷ついてくれている。そんな底抜けに優しくて、誰よりも真っ直ぐな君だから好きになったんだと、自分の恋情に不躾ながら理由をつけてみる。そんな彼女を安心させるため、僕にはもう迷いなんてないと伝えないと。


「僕は強くなる。どんなに強大な悪からもみんなを守れるくらい」

「アンタそれって、あの時の事はもういいじゃない!もう終わった事なんだから、無理にアンタが嫌いな戦いをする必要なんかないわよ!」


 メアリは涙目になりながら僕に詰め寄った。以前の弱い僕を知っていて、誰よりも優しい彼女にとって、怪我をして帰ってきてこんな事を言う僕は痛々しすぎたのだろう。


「違うんだ。僕は戦いが嫌いなんじゃない。本当はただ力の使い道を決めなくて、力に呑まれることを怖がってただけなんだ。実際、目的がはっきりした戦いの時は力を使うことを躊躇わなかった」


 ベータの一件の後学園長に言われたこと、悪魔との戦い、この中で掴んだ僕の心の本当の姿。僕の心の弱さに見合わない強大すぎる力を怖がっていただけ。学園長に言われた通りだった。


「力が怖いなら、今まで通り戦わない道を選べばいいじゃない。人には弱みの一つくらいあるものよ」


 メアリは学園長に責められた時も、情熱荘の視察中に悩んだ時も、こうやって逃げ道を作ってくれた。弱い僕にとってはそれがどれだけ救いになったか。でも、逃げちゃダメなんだ。


 弱い僕じゃ、君を守れない。


「それじゃダメなんだ。もしまた強大な敵が現れて負けてしまったら、もっと本気で強くなろうとすればよかったって後悔する。そんなの嫌だ。もう後悔はしたくない。だから僕は強くなるって決めたんだ」


 僕の決意に、メアリは体を震わせながら僕の手を両手で握った。それをじっと見つめて話し始めた。


「アンタの決意はよくわかった。アンタがそこまで言うならもう止めない。だけど、これだけは約束して」


 メアリはゆっくりと顔を上げて、僕を見た。


「その力は、人を守るためだけに使って」


 彼女は涙を堪えながら、優しく笑いかけてくれた。その笑顔に僕はまた救われた。君のためなら戦える。君との約束なら絶対に守れる。この先の道がどんなに険しくても、君が繋ぎ止めてくれる。この恩をどうやって返せばいいだろうか。


「アンタは優しいから杞憂だろうけど、もし怒りや憎しみに身を焼かれても、絶対に誰かを傷つけるために力を使っちゃダメ。わかった?」

「わかったよ。……ありがとう」


 大好きだ。そんな言葉はまだしまっておいて、メアリに感謝を伝える。メアリは納得したかのように頷くと、僕の手を離して疲れを抜くように体を伸ばした。


「それじゃ、怪我も治したし帰ろっか」

「そうだね。あっ、昼ごはんまだなんだけどメアリはどう?まだなら一緒に食べない?」

「あー、そうね。近くのカフェで軽く食べましょうか」


 孤児院に現れた特級悪魔、村に出てきた上級悪魔、世界中での悪魔の大量発生。この世界で何かが起こっているのは確実だ。だから、この平和な日常と目の前の愛しい人を守るため、僕は強くなる。この決意を新たに、僕の学園生活は再開した。

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