第31話 守りたいなら

 背中に強い衝撃を受けて目を覚ました。痛む背中を抑えながら目を開けると、まだぼやけている視界にタイラーさんが映り、怒鳴り散らすザックの声が聞こえた。


「テメェ!いきなり何のつもりだ!」

「俺は今忙しい。あまり時間を取らせるな」

「こっちは怪我してんだよ!」

「外野は黙ってろ」

「あ゛あ゛!」

「ザック、待って」


 タイラーさんに襲い掛かりそうになっているザックを静止する。するとザックはすぐに止まって、心配そうにこっちを見た。


「心配してくれてありがとう。でも、大丈夫だから。今はタイラーさんと話をさせて」

「……わかったよ」


 納得してくれたようでザックは身をひいてくれた。でも、タイラーさんを睨みつけていた。それがなんだか番犬みたいで、そんなに大切に思ってくれてるんだと、少し嬉しくなった。


「僕に何かあるんですか」


 タイラーさんに視線を移して質問する。タイラーさんは僕を冷たい目で見下ろして、深いため息をついてから話し始めた。


「大体のことは予測がついてる。悪魔にこっぴどくやられたもんだな」

「……はい。全く歯が立ちませんでした」

「けど相手は特級だったんだぞ。別に気に病むことじゃない」

「それで大切な人が殺されたら、お前は仕方ないと納得できるのか?」

「それは……」


 口を挟んだザックを高圧的な口調で反論して黙らせた。タイラーさんの感情は全て僕に向けられていて、邪魔者はどけていろという意志が感じ取れた。この怖い顔は、あの夜タイラーさんと初めて会った時以来だった。


「これで二度目だ」


 ズキリと胸が痛み、あの夜の出来事がフラッシュバックする。大切にしてきた召喚獣の子たちを戦いに駆り出し、ずっと避けていた戦いをした。しかし、結局僕はタイラーさんに勝てず、ベータの説得がうまくいってなかったら死んでいた。僕は、守ろうとしていた人に守られたのだ。


「お前は二度も守りきれなかった」

「はい……」

「そして、このままのお前だと同じことを繰り返して、いつか大切な人を全て失うことになる」


 震える体をぐっと拳を固めて抑える。タイラーさんの言っていることは全て正しい。もしまたあの悪魔が現れたら今回のようにはいかない。メアリやベータが近くにいたとして、二人を守れる自信はなかった。


「そんなの……嫌だ」


 子供のような呟き。抗う術を持たない無力な存在が言うわがまま。それを聞いたタイラーさんは僕の胸ぐらを掴んで持ち上げた。その目は血走っていて、その中で怒りと悲しみが混ざり合った歪な感情が渦を巻いていた。


「だったら強くなれ。争いなんてしたくねぇだろうが、俺たちにはそれしかねぇんだよ。いくら弱者が平和を唱えても、強者が突き通す悪には蹂躙されるだけだ。本当に大切な人を守りたいなら、お前自身の力で悪を打ち倒せ!」


 その言葉は僕だけでなく自分自身にも向けているようだった。僕に向ける警告と、自身に突き立てる戒め、そんな痛々しさが感じられて自然と肩に力が入る。僕の胸ぐらを掴む手を強く握り、顔を上げてタイラーさんを睨みつける。


「分かってます。守るためには強くなきゃ、守りたいなら戦わなきゃいけないって。弱くて臆病で自分勝手な僕じゃダメだって。だから僕は戦うって決めた!戦って守り抜くために!」


 僕の決意をタイラーさんにぶつける。すると、タイラーさんは目を丸くして、僕の胸ぐらを掴んだ手の力を緩めた。そして、満足したかのように微笑むと僕を離して扉のほうに歩いて行った。


「タイラーさん」


 僕が呼び止めるとタイラーさんは僕に背を向けたまま立ち止まった。その背中は、なんだか最初に見た彼の冷たく恐ろしい彼からとは思えないほど、温かいものに変わっていた。


「心配してきてくれたんですよね。ありがとうございます。けど、僕はもう大丈夫ですから。あなたは、あなたの幸せのために生きてください」

「……自惚れんな、女顔」


 タイラーさんはそう吐き捨てて部屋を出て行った。けれどその声は春の陽気のように暖かくて、綿毛のように柔らかかった。

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