第29話 規格外VS規格外
無数の木々が倒れ、鬱蒼としていた森の真ん中に荒地が形成された。その中心で向き合う者が二人。一方は腰を低くして臨戦態勢に入っており、もう片方は膝をついて腹を貫通している真っ暗な槍を握っている。その間には心休まる月夜の下に似つかわしくない緊張が走っていた。そして、膝をついていた方が槍を抜く勢いそのままに立ち上がって、手に持っていた槍を握ってへし折った。
「これが、
態度こそ冷静に見えるが、その目は闘志を剥き出しにしてギラギラと輝いていた。一方、ブルーはアルト達と一緒にいた時の柔らかな雰囲気が嘘のように冷たい殺気を放っていた。
「君の目的は僕だろ。なんでみんなに手を出した」
「準備運動だよ。まぁまぁスジ良かったぜあいつら」
いつの間にか腹の穴が塞がっていたナックルが口角を上げてブルーを煽った。しかしブルーは冷静なまま、鋭い殺気の刃を向けていた。
(やっぱ見え見えの挑発には乗らねぇか)
くだらない心理戦はやめ、ナックルも戦闘態勢に入る。体に描かれた呪印が身体中に広がり、眼球全体が真っ黒に染まった。そして、それを見たブルーも掌から黒い球体を五つ出して空中に漂わせた。
「さっきの槍もそれから作ったのか」
「今にわかることだ」
「じゃあ見せてもらおうか!」
ナックルはそう言うと同時に凄まじい速度でブルーに飛びかかって拳を振るった。すると、黒い球体が変形しブルーを覆う壁になってナックルの攻撃を防いだ。ガンッと山中に響き渡る轟音と共に地が揺れ、風圧で木々が薙ぎ倒された。
○○○
「……怪獣大決戦?」
「兄さんとナックルの戦いだよ」
シアンとラピスは孤児院の周りに張られた結界内から戦いを眺めていた。轟音とその度に上がる土煙、次々に倒れていく木々に揺れる地面。もはや彼らの目には何が起こっているのかわからなかった。
「あっそうだ。あのカードありがとね。アレがなかったら間違いなく死んでたよ」
シアンはポケットから一枚の黒いカードを取り出して、ラピスに返した。これはラピスの開発した「魔法札」というマジックアイテムで、カード内に術式をあらかじめ封じ込めておき、魔力を流すだけでその術式を使用できる。ブルーとシアンが入れ替わったのも、このカードで「座標移動」の術式を発動したからだ。
「メイジさんに感謝しとけよ。普通は
「
ここで説明しよう。悪魔に階級があるのと同じように、魔法使いにも魔法使い協会が定めた階級が存在する。段階は悪魔と同じ五段階。詳細は以下の通りだ。
アリーゼやタイラーなどの規格外の化け物達。単独で特級を倒せる。五百年近い歴史を持つ魔法使い協会において、この地位を認められたのはわずか十数名。しかも、変わり者が多く、その実力故に機嫌を損ねれば国が滅ぶため、各国の首脳陣からは「一番厄介なのは国内の問題でも、対外関係でもなくあいつら」と言われている。
上級悪魔も十分倒せるレベル。番外魔術師はあくまで例外の怪物という認識のため、基本的にこの階級が魔法使いの頂点。しっかりパーティーを組めば特級討伐も見えてくる。大国が大金を積んででも欲しがる人材。
下級悪魔は問題なく倒せる。伯爵級とも十分渡り合え、相性が良ければ侯爵級にワンチャンある。これほどの実力になれば引く手数多である。
男爵級ならタイマンで十分勝てる。一部は子爵級も倒せる者がいる。小隊の隊長を任せることができるくらいの実力。
魔法使いとして最低限の力を持つ者たち。一応魔法使いであるため一般兵士より強いが、頼りないことには変わりない。
この中でも番外魔術師と第一級魔術師は数が少ない。全世界で協会所属の魔法使いが三千万人いる中、番外魔術師は八人、第一級魔術師は七十六人しかいないのだ。そして、さらに特別なのはこの階級にのみ順位が存在することだ。この順位は各個人の能力(魔力量が最も重要視される)と実績で決められる。
今ナックルと戦っているブルーは番外魔術師第八位。番外魔術師の中で最も弱いとされている。しかし、それはあくまで協会の評価だ。ブルーが戦うことはほとんど無い。ブルーが番外魔術師に抜擢されたのは、本人の凄まじい魔力量と、学生時代に「聖杯争奪戦」を全試合一歩も動くことなく無傷で勝利するという人外じみた強さを見せたからだ。その後ブルーは一切戦闘と呼べるものをしなかった。それが何を意味するか……そう、協会にとってもブルーという魔法使いの実力は未知数というわけだ。
○○○
「やっぱテメェが最下位ってのは嘘っぱちみてぇだな」
「最下位……?あぁ、魔法使い協会のアレか。僕はあんなものに興味ないよ。そもそも番外魔術師で順位気にしてる人なんてアレスさんくらいだ」
「そうか。でもまぁ、俺の見立てじゃあ六位くらいにはなるんじゃねぇか?無事に俺を撃退できたらの話だけどなぁ!」
再びナックルの突進攻撃、それをブルーは黒い球体の壁でガードし、残りの球体を針のような形にしてナックルを刺そうとした。しかし、それはナックルもわかっていたようでサラリと身をかわす。そして立て続けにナックルが攻撃するも、黒い壁は破れない。
「さっきから随分消極的だなぁオイ!」
「怪我したら嫁が悲しむんでね」
「じゃあこのまま削り殺されるか?」
「そうはならないかな」
「あ?なんでだよ」
「だって君も本気出してないじゃん」
そう指摘された瞬間、ナックルは勢いよく後退してブルーと距離を取った。二人の周りはもう完全に更地となっており、視線を遮るものは何もなかった。
「……何を根拠にそんなことを」
「さっきから君の攻撃は魔力で強化した物理攻撃しかない。特級悪魔で、あの地獄変唯一の生き残りの君がオリジナルの術式を持っていないなんて有り得ないでしょ」
「それはどうなか。俺が脳筋パンチ野郎って可能性はあるんじゃねぇか?」
「だとしたら地獄変で死んでるさ」
ブルーの言葉にナックルは目を抑えて天を仰いだ。そして思いっきり頭を降下させながら深いため息をついた。
「地獄変を知らねぇガキのくせに……まぁ、正解だ。俺はちゃんとオリジナルの術式を持ってる。だが、今回それを使う気はない」
「……ナックルは強者を求める戦闘狂と聞いてたけど」
「あぁ、それも正解だ。だがな、今の俺には達成すべき「目的」がある。そのために、ここで俺の術式を見せるわけにはいかない」
「……そうか、ならいい」
ブルーはそう呟くと、彼の周りに新たに二十五個の黒い球体があらわれた。
「なんだと!?」
「言ったろ。君も本気じゃないって。力を抑えていたのは君の術式を警戒していたからだ。でも、その必要がないって言うのなら、ここで一気に決める!」
ブルーがそう叫んで手を掲げると、そこに十個の球体が集まって三メートルはあろうかという大剣を作り出した。
「僕の弟とその友達が受けた傷、返させてもらうよ」
「っ、やってみろ!!」
ブルーが大剣を振り下ろすと、ナックルはそれを右の拳のパンチで受け止め、続く左のパンチで大剣をへし折った。
「俺の拳は切れねぇよ!」
「固いな。だが、振りが大きすぎる」
グサリ。そんな音と共にナックルの体に激痛が走った。振り下ろされる大剣を弾き返すために視線を上に向けていた彼の死角、下方向から二十の黒い球体から伸びた針がナックルを身体中突き刺していた。
「この術式の強みは手数と火力の自在さ、そして遠隔操作が可能なところだ。体術しか使えない今のお前にとっては最悪の相性だったろ」
「ク……ソッ!」
ナックルは身体中から大量の血を流し、吐血した。様々な方向から突き刺された針は容易に抜くことができず、針が突き刺さったままなので体の再生ができない。ナックルは完全に捕らえられたのだ。ブルーは歩いてゆっくりと近づいて、針を刺されて動けなくなって項垂れているナックルを見下ろした。
「お前がここに来た目的はなんだ」
「四位」
「……は?」
「テメェの番外魔術師内での順位の予想だよ」
「お前、今どういう状況か」
ブルーが問い詰めるために一歩踏み出そうした瞬間、空から斬撃が飛んできた。ブルーはすんでのところで踏みとどまって黒い球で作った壁でガードしたが、目の前で針に刺さっていたナックルが消えていた。慌てて空を見上げると、そこには月を背にして飛んでいる妖艶な雰囲気を漂わせる女性がいた。腰まで伸びた美しい黒髪、ナックルのような呪印が刻まれた褐色の肌、背から広げられた禍々しい黒い羽……間違いなくその女性も悪魔だった。
「不可逆の呪い……優しい顔して物騒な魔法使えるのね」
「僕も僕で修羅場を潜ってきたからね。で、そういう君は何者なんだ」
「名乗る義理はないけれど……そっちで変な呼び方されるのも嫌だし、自己紹介してあげるわ。私の名前はラスト……強さで言えば貴方達の言う
「……そのようだね」
ペキリとさっき斬撃を防いだ壁にヒビが入って崩れ落ちた。
「淫魔とは思えない強さだ」
「いやね、人を淫魔呼ばわりなんて。淫らな悪魔って、ただの罵倒じゃない」
「これは失礼。で、そいつを持って撤退するのかい?それとも僕と戦うのかい?」
「じゃあ撤退させてもらうわ。この子が死んだら困るもの」
「そうか。だったら今すぐ僕の視界から消えろ。そして、二度とここに近づくな」
最初にナックルに向けたような冷たい殺気をラストにも当てる。しかし、彼女はそれを受け流し、ビュンとナックルを抱えて飛び去った。
戦いが終わったブルーはナックルが侵入時に破壊したであろう結界を貼り直し、孤児院にテレポートで戻った。
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