第28話 3対1

「少しやる気が出た。来い、ガキども」


 その言葉を合図に、三人は動き出した。ザックは真っ直ぐ突撃していき、アルトはその三歩後ろにつき、シアンはその場に留まって魔法陣を展開した。


(こいつらの陣形を見る限り、ザコ筋肉が前衛張って、後衛の青目がサポート、火力担当の女ってとこか。この程度の奴らゴリ押しゃどうとでもなるが、それだとつまんねぇ。勝負の勘取り戻すついでに、テメェらの作戦に付き合ってやるよ)


 ナックルは地獄変の唯一の生き残りとして名が知られており、その捜索も続けられているため、人間界に出てこれず悪魔の世界にずっと隠れていた。そして魔法や肉体の鍛錬は欠かさなかったが、実戦からは長い間離れていた。だから、ナックルは鈍った勝負勘を取り戻すための戦いがしたかった。そんな時に目の前に現れたのがこの三人だ。ナックルからすればどうってことのない相手だが、弱いわけではない。故にナックルはアルト達に白羽の矢を立て、超ハンデマッチを仕掛けたのだ。


 接近するザックの拳を受ける体勢に入る。しかし、間合いのギリギリ外でザックは止まり、地面を蹴って土煙を上げた。舞い上がった土煙がナックルの視界を阻害し、追撃の無数の魔法弾が四方八方から襲いかかった。


(スターゲイザーか、随分魔力を込めてる。かき消すのは無理か)


 タイラーとの戦いで格上との戦い方を学んだアルトは、自身の膨大な魔力を活かして簡単にはかき消せないスターゲイザーを放った。しかし、ナックルは素早い身のこなしで襲いかかる魔法弾を、まるでリズムゲームでもしているかのように叩き落としていく。


 そこで隙をついて背後からザックが攻撃を仕掛けたが、土煙の中からの不意打ちをナックルは完全に読み切っており、簡単に受け止められてしまった。


「背後からの奇襲か。芸がねぇな」

「……どーだかな」


 ザックが不敵に笑うと、今度は四方から巨大な木の根がナックルを捉えようと伸びてきた。


拘束魔法バインド樹木型プラントタイプ


 豊かな自然の中で放たれた樹木型の拘束魔法は普段の数倍の硬度を誇る。捕まればタダでは抜け出せないだろう。


「だから甘いっての」


 瞬時に反応したナックルが捕まえたザックを投げつけて一本分を封じて、大きく身をかわして残りの三本を避ける。土煙も降りて視界が充分に広がる。次のターゲットと言わんばかりにギロリとシアンを睨んだ。その瞬間、ナックルの両腕がその場に固定されたかのように動かせなくなった。


(今だ!)


 ナックルがシアンの術式にかかった瞬間、アルトはナックルの懐にテレポートした。そして、その手の平の上で発射準備が完了した爆裂魔法の魔法陣が火花を散らしていた。


(ザックの奇襲も僕のスターゲイザーも全て囮。土煙で僕から視線を外し、最高火力の爆裂魔法の準備をして、シアンのバインドで動きを止めた瞬間に叩き込む!これが僕らの作戦!)


「と、お前らは考える」


 ボキリ。本日夜、幾度となく森に響いた鈍い音。先程まで火花を散らしていた右手がいつの間にかへし折られていた。何をされたのか理解できない内に激しい痛みに襲われ、アルトは絶叫した。ナックルは容赦なく折れた部分を掴み、笑いながらアルトを持ち上げた。


「この戦闘、戦力的には俺が圧倒的に有利だ。だからお前らは作戦で俺の不意を突くしかない。でもな、俺は千年以上前から戦い続けてきたんだよ。まぁ、要するに何が言いたいかってっと……最初ハナっからお前らに勝ち目なんてねぇんだよ」


 ギラリと鋭い牙を見せつけて歪んだ笑みを浮かべ、ナックルはアルトを手放すと、空中のアルトをそのまま蹴り飛ばした。凄まじい衝撃と共にアルトはぶっ飛ばされて森の闇に消えた。


「アルト!」

「よそ見をするな」

「しまっ」


 ぶっ飛ばされたアルトを目で追ってザックは視線を外してしまった。その隙をつかれ接近されたザックは、大きく目を見開いて呆気に取られるしかなかった。


「それとも、あの女がそんなに大事か?」


 ナックルは軽く煽りを入れて笑い、無防備なザックの腹を殴り飛ばした。ぶっ飛ばされたザックが激突した大木はへし折れ、ザックはそのまま地面に落ちて動かなくなった。


「残りはテメェだバインド野郎」

「やばっ、インビジブル!」


 一人残されたシアンは魔法で透明になって姿を消した。しかし、そんな小細工が通じる相手ではなかった。


「オラァ!」


 ナックルが思いっ切り拳を振り抜く。すると、凄まじい衝撃波が発生し、ナックルの正面一帯を更地にした。無論、それに巻き込まれたシアンは一緒にぶっ飛ばされて、ボロボロな姿で壊されていない木に寄りかかるように座り込んでいた。


(あーやば、衝撃波だけでこれっておかしいでしょ。でも、致命傷は避けたな。……そんなこと、あいつもわかってるか)

「よぉ、思ったより元気そうだな」


 破壊された木の破片で切り傷こそ多くできたが、他二人と比べれば軽傷だ。ナックルはそれを察知してトドメを刺すためにシアンの近くに現れた。


(無茶苦茶だ。魔法を一切使わず、生まれ持った肉体の力だけで僕らを圧倒するなんて)


 目の力で相手の魔力のあらゆることが分かるシアンには、それが分かっていた。アルトの腕をへし折ったのも、魔法を使ったのではなく、先読みで蹴りを放っていただけだ。シアンが何故両腕だけバインドしたのかというと、四肢全てにかけると一つ一つの威力が弱まり、一瞬で解かれてしまうからだ。だから、パンチを主体としたボクサー的な動きをするナックルを見て、両腕を固く止めれば動揺するかと思ったのだが、そんな気配は一切なくナックルは冷静に次の手を打っていた。これほど差があるとはシアンも考えていなかった。


「ふっ、ハーハハハハハハ!」

「あ?気でも違ったか」


 突然大声で笑い出したシアンを見て、ナックルは呆れたようなため息をついた。シアンはそれを否定するように首を横に振り、顔を上げてナックルと目を合わせた。その目にはまだ闘志が宿っていた。


「お前はこの戦いの中で二つのミスをした」

「ほぉ?それはなんだ?」


 まだこいつは何かあるのか、そんな期待を胸に抱いてナックルは話に応じた。


「まず一つ目、アルト君は女じゃなくて男だ」

「……は?」


 あの見た目で男なのかという困惑、何故今それを言ったのかという疑問、勿体ぶっておいてそんなことかという拍子抜け、その三つが組み合わさって、特級悪魔とは思えないほど威厳のない言葉が飛び出た。


「テメェ、なにを」

「そしてもう一つ」


 馬鹿にされたのかと問い詰めようとしたナックルの言葉を遮って、シアンは不敵な笑みを浮かべてこう呟いた。


「こんなくだらない雑談に応じたことだ」

「ッ!!」


 その瞬間シアンの体が光り輝き、入れ替わるようにして現れたブルーが放った黒い槍がナックルを貫いた。

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