第25話 異変
山の麓のアルト達が立ち寄った村では、悪魔が現れたと通報を受けた憲兵は現れた悪魔についての現場検証を行なっていた。彼らはもとは悪魔の討伐隊だったのだが、現場に着いた時には既に悪魔は討伐されていたため、それについての聞き込みをしているのだ。
『マイク、それは本当か?』
「えぇ、聞き込みで裏も取れました」
マイクは目の前の山盛りのうどんを啜りながら、連絡用の無線でタイラーに報告をしていた。彼の周りでは他の憲兵もうどんを啜っていた。
「今回この村に現れたのは男爵級三体、伯爵級一体。そして、それを討伐したのはたまたまこの村にいたエリアステラ学園のアルト君とザックとシアンっていう男子生徒。学園に連絡してみたら、この先にあるブルーさんの孤児院に向かうと外出届をだしているので間違いありません」
『……とうとう上級悪魔まで現れたか』
タイラーは深刻そうな声色でそう言った。マイクは一旦食べるのをやめてタイラーと話すのに集中することにした。
「ここ一ヶ月での悪魔の大量発生に関係してるんですかね」
以前にも説明した通り、悪魔本体が姿を現すことはほとんどなく、下級悪魔が月に一体でるかどうか程度。しかし、ここ一ヶ月の間で百を超える下級悪魔が出現しているのだ。そのため、この大量発生は何かの前触れではないかと世界中で話題になっている。
『そうとしか考えられない。今回の事案は明らかにおかしい。契約者でなく悪魔本体が出現しただけでなく、それで襲ったのが辺境の農村だぞ』
「よっぽどの理由がないと上級悪魔は姿を現しませんしね。この村に何かあるんじゃないか捜査中ですけど、今のところ本当にただの農村です」
『……この調子だと、特級悪魔の出現もありえない話じゃなくなってきたな』
「え、四十年前の「地獄変」以来特級悪魔が出現した例はないんですよ?いくらなんでもそれは言い過ぎじゃ」
『俺もそうであってほしいんだけどな』
タイラーはチラリと仕事机の上に広げてある「地獄変」の資料に目を向けた。四十年前、かつて悪魔本体が人間の世界に現れることが珍しくなかった時代にあった未曾有の悪魔達の大侵攻。一度は大陸の半分を支配され、人間の世界が悪魔に塗り替えられる一歩手前までいったこの事件は、アリーゼが首謀者の悪魔を殺したことで幕を下ろした。
そして、この事件以降悪魔はあまり人間の世界に姿を現さなくなった。つまり、先程までタイラー達が常識として話していたことは、地獄変以降の常識なのだ。
(だとしたら、悪魔がこっちの世界に現れるのはありえない話じゃない。四十年前はそれが当たり前だったんだ)
タイラーは資料のページを一枚めくった。そこに書かれていたのは、地獄変での被害一覧だった。億単位の死者数と怪我人、かつて名の知れた実力者達の名前がそこに載っていた。そして、彼は吸い込まれるようにある名前に目を向けた。
(エリア・ステラ、
十柱の第七柱、それは地獄変の首謀者であり、アリーゼの親友の命を奪った悪魔の肩書きだ。
『タイラーさん?』
「え、あぁすまない」
マイクに声をかけられ我に帰る。勘のいいマイクと話していてこんな態度をとってしまったら、また心配させてしまうと思い気合を入れ直す。
『ちゃんと食事と睡眠とってます?最近色々あったからちょっと心配なんですけど』
「……問題ない。ともかく、警戒は怠るな。もう何が起きてもおかしくない」
『了解です。しばらくここに滞在して調査を続けます。その間、体調管理は自分でやってくださいよ』
「そのくらいできる。ったく、お前は心配性なんだよ」
『ハハッ、すみません』
「じゃあ切るぞ」
『あっ、最後に一言いいですか?』
一通りの連絡を終えたタイラーが無線を切ろうとしたら、マイクに引き止められる。なんなのかと思いつつ彼は、マイクの言葉に耳を傾けた。
『おやすみなさい』
「……あぁ、おやすみ」
プチっと無線が切れる。優しくてふわりとした声色で、マイクが何を考えていたのか察した。目の前に広げた資料をしまい、背後の窓から外の景色を見る。もう街の明かりはほとんど消えていて、見えなかった星空がはっきりと見える。
「気遣いばっか上手くなりやがって」
そう憎まれ口を叩いた彼は、仕事部屋の明かりを消して自室へ向かった。
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