第三章 小さな理想郷

第19話 少年は知りたい

 周囲に広がるのどかな田園風景。そこで働いている人たちはお年寄りが多く、僕達が珍しいのか顔を合わせた人全員が優しく挨拶をしてくれる。どこから来たのかと聞かれて学園からと答えると、遠くからよく来たねぇと言って懐から飴を出して渡してくれた。チュンチュンという鳥の鳴き声、ジージーという虫の音が耳に入り、これが平和なのだなとしみじみと思った。


「アルト君、もう一山越えれば孤児院に着くよ」

「なら着くのは夕方くらいかぁ」


 何故僕たちが学園を出てこんな所にいるのかというと、話は昨日まで遡る。


 ○○○


 情熱荘の視察から帰ってくると汗だくで真っ赤な顔をしたザックがリビングでお茶を飲んでいた。僕に気がついた彼は、ソファの肘掛けに寄りかかってニカッと笑った。


「おーう、ちゃんと一人で抜け出してやったぜ」

「すごいねザック。努力の賜物だよ」

「まぁその間に君は何万回も死んでいるだろうけどね」

「うっせーよ。破ったのは事実だろ」


 シアンはカーペットの上で魔導書を広げて、難しい顔をながら顎に手を当ててノートにペンを走らせている。ザックが言い返すが、気に留めていないようでペラペラとページをめくっている。


「こいつは返しとくぞ」


 ザックはテーブルの上で眠っているレモン(僕がザックが無理しないように監視を任せた召喚獣)をつついて起こした。目を覚ましてブンブンと頭を振ってすぐにこっちに飛んできたレモンを魔法陣に戻す。


「ありがと。……ねぇシアン。少しお願いがあるんだけどいいかな」

「おや?どうしたんだい改まって」


 ザックにお礼を言ってからシアンに声をかけると、彼は顔をこちらに向けて読んでいた本をパタリと閉じた。ザックの時はまともに取り合わなかったのに僕の時はいたって真剣だ。彼は心底ザックを見下しているらしい。そんな彼の人間性については一旦置いて、本題を切り出す。


「ブルーさんに会わせてくれないかい」

「兄さんに?それまたどうして」

「……知りたいんだ。僕が何者になりたいのかを」


 シアンは僕の顔をじっと見つめると、何かを察したようにフッと笑った。


「なるほど。確かに兄さんと君はよく似ているからね。参考にするならうってつけだ。でも不思議だね、急にそんなことお願いしにくるなんて。ベータちゃん関係かい?」

「それもあるけど……これ以上、メアリに心配かけたくないんだ」


 霊術研究会でのメアリのあの顔。思い出すだけでキュッと胸が締め付けられる。僕はメアリに、ベータを救いたいという我儘に付き合わせただけでなく、それをきっかけに勝手に傷付いた僕の面倒を見させてしまった。その優しさに、感謝だけでなく申し訳なさも心から湧き出してくる。だから、メアリの優しさに依存しっぱなしじゃいけないんだ。メアリはまだ悩んでて良いって言ってたけど、僕のせいでメアリの心が曇るなんて嫌だ。


「僕は、メアリに笑顔でいて欲しいのに、メアリの笑顔を奪う原因が僕だなんて耐えられない」

「……これは驚いた」

「……あぁ、こればっかりはテメェと同じ意見だ」


 ザックとシアンが鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして僕を見つめている。何か変なことを言っただろうか。ザックならまだしも、シアンがこんな顔をするだなんて思わなかった。


「結構長く一緒にいるけど、君が誰か特定の人物に強い思いを抱くだなんて夢にも思わなかったよ」

「そう、かな……」

「あぁ。これまでのお前は、助けを求める奴がいたら必ず手を伸ばしてきた。でも今のは違う。お前はメアリの言葉を無視してまで、メアリに笑顔でいて欲しいとかいうお前自身のエゴで動いてる」

「エゴだなんて、そんな大層なものじゃないよ。僕はただ……」

「じゃあ、メアリはお前に『苦しんでるあなたを見てると辛いので、私・を・助・け・る・た・め・に・にはやく自分を見つけてください』って言ったのか?」


 ザックの言葉を聞いて僕は言葉を失った。全部彼の言う通りだ。別にメアリは僕に助けを求めていない。僕を心配して支えてくれているんだ。それなのに僕はメアリのためと言って、無理をしなくて良いというメアリの言葉を無視して勝手に苦しもうとしてる。それがエゴでなくてなんだ。……じゃあ、僕の行動はいけないことなのだろうか。


「そんな顔すんなって。別にダメとは言ってねぇ。てか、誰かのことを思って行動することが悪いことなわけねぇだろ」

「そうだね。こいつが紛らわしい言い方しただけで、意外だなって思っただけだよ」

「そっか……びっくりしたぁ」


 僕の行動は別に間違いでないと言われて安堵する。こんなふうに変な所で戸惑うのも、エゴで動くという慣れないことをしているからなのだろう。


「それで、ブルーさんには会えるの?」


 話を本題に戻す。ブルーさんはシアンのお兄さんで、この学園で歴代最高の魔力を持っていたとされる大魔法使いだ。そして、慈愛に満ち溢れた人であり、戦争で力を使えば間違いなくなに不自由ない生活ができるのに、軍のスカウトを全て断って、現在は孤児院を運営しているらしい。そんな人だからすごく話をしたいけど、きっと忙しいだろうから会えるかどうか不安だった。


「別に良いと思うよ。きっと君みたいな人ならいつでも歓迎だろうからね。まぁ、このガサツな出涸らし野郎はどうかわからないけどね」

「そっか、ありがとねシアン」

「良かったなアルト。まぁそれより、テメェは俺を馬鹿にしなきゃ気が済まねぇのかよ!」

「さぁて、そうと決まればさっさと準備して明日にでも孤児院に行こうか」


 そんな不安は杞憂だったようで、シアンは二つ返事で了解してくれた。そして、しれっと罵倒されたザックはいつものように怒鳴り散らしたけど、これまたいつものように流された。


 ○○○


 そんなわけで今僕らはブルーさんの孤児院を目指して歩いている。シアンのことだからテレポートですぐだと思ったけど、シアン曰く孤児院の周りはテレポートできないよう結界が張ってあるらしい。なんでも、孤児院を建てた後でも諦めの悪い軍がスカウトに来るようで、それを防止するためらしい。


 学園から出て、羊の召喚獣のデロスに乗って二時間かけて山脈を三つほど越えた後、体力切れをしたデロスを魔法陣に戻してそこからは徒歩だ。現在は太陽が真上から照らしてくる真昼。そろそろ昼食にしたいけど、この田舎には田畑と民家以外には何も見当たらない。そんなこんなで昼食は抜きかと考えていると、後ろから麦わら帽子を被ったおばあさんに声をかけられた。


「お嬢さんや、もうお昼じゃけどお腹すいとらんかね」

「そうですね。この辺りにご飯食べられそうな店が見当たらなくて」

「ホッホッホ、まぁそうじゃろうな。こぉんな田舎に店構える酔狂なやつはおらんさ。じゃから、うちに来んかいね?ごちそうしちゃる」

「えっ、いいんですか」

「ええさ、ええさ。若いもんを可愛がりたいのが年寄りじゃきに。遠慮せんでいいさ」


 金歯を光らせてカッカッカと高笑いするお婆さんからは浮世離れした印象を受ける。発展した学園で同世代の人とだけで二年とちょっと生活をし続けたのも相まって、田舎でお年寄りと話すという行為から、自分は別世界に来たのではないかとほんの少し錯覚する。変に混乱する頭を切り替えて、目の前の不思議なお婆さんに返事をする。


「それじゃあお言葉に甘えて。……あと、僕は男です。お嬢さんじゃありません」

「ほへぇ!そうじゃったか!いんやー、そりゃ失礼。でんも、昔のうちよりもかわええのぉ。そや、うちが昔着とった服貸しちゃろか」

「それは遠慮します」


 キッパリ断ると、カッカッカと高笑いして歩き出した。顔は皺だらけで七十代くらいにも見えるけど、農作業で培われた健脚のおかげで普通の人と遜色ない速度で歩いている。


「あのお婆さんの勘違いで思い出したけど、君は初めてアルトと会ったときかなり挙動不審になっていたね。そんなに彼が可愛かったのかい?」

「いきなり昔のこと蒸し返すんじゃねぇ!別にあれは挙動不審になってたんじゃねぇ、女には紳士的な態度をしようと思ってだな」

「そしてアルト君が男だと明かした時の君の顔!君の一目惚れから始まった恋が一瞬で終わりを告げたのはさぞ悲しかったろうなぁ!」

「ちげーーーし!俺は恋とかそういうのとは無縁の人生送ってんだクソ野郎!」

「ふふっ、そんなこともあったね」


 シアンに対しては少し思うところがあるけど、やっぱりこの三人でいると楽しい。普段は掴み所のないのにザックを煽る時はやたら生き生きするシアンに、それに毎度飽きもせずに反応するザックとそれを諌める僕。そんないつものやり取りと言えるものが愛おしい。仲良しこよしとはいかないけど、こんな関係も居心地がいいものだ。


 しばらくして、お婆さんの家に着いた。玄関を開けると、まず目に飛び込んでくる広めの厨房と、計二十人分くらいのテーブル席にカウンター席があった。


「ここはもともと食事処だったんじゃ。昔は結構人がおったからのぉ」


 お婆さんはノスタルジーに浸りながらそう呟いて、厨房に入っていった。


「冷たいうどんとあったかいうどんどっちがええ?」

「「「冷たいので」」」


 三人揃って同じものを注文した後、厨房に一番近いテーブル席に座った。なかなか使ってないだろうに、テーブルや備え付けの調味料に埃一つついていない。


「ちゃんと掃除してるんだ……」

「思い出っていうのは大切にしたいものさ」


 シアンがキンキンに冷えたお冷を注いで渡してきた。ザックのはないみたいだけど。ザックはシアンからコップをひったくってお冷やを注いだ。ちびちびお冷をのんでいたら、お婆さんが三人分のざるうどんを運んできた。


「ほれ、たーんとお食べ」

「これはかなりたーーんと食べないとダメみたいだね」


 運ばれてきたうどんは正面にいるシアンが見えなくなるほど盛り上がっていて、軽く十人前はあるんじゃないかと思った。


「……ザック」

「わかってるよ。でも、残したのは食べてやるができるだけ食べろよ。お婆さんが厚意で作ってくれたんだからな」

「うん」


 ザックは恩義とかその辺がすごく真面目だ。どれくらい真面目かというと、知り合いからのあだ名がヤクザってなるくらい。


 そんなこんなでザックは完食し、僕は半分、シアンは八割食べ終えたくらいの時だった。異変は突然起こった。


 スゴォォン!


 凄まじい轟音が外で鳴り響き、地面がグラリと揺れた。それに加え、何かが焼けるような匂いまでしてきた。何事かと外に出てみると、そこにはさっきまでののどかな風景から一変していた。田畑は燃え、鳥が逃げるように空に飛び立っていく。そして、おそらく音の発信源である場所から四体の異形が現れた。その姿からおそらく、悪魔であることは間違いなかった。


「な、なんだいありゃ……」


 いつの間にか出てきていたお婆さんが大きく目を見開いて震えていた。


「お婆さん。少し隠れてて」

「お前ら、腹は大丈夫か」

「君に心配されるなんて心外だよ」


 この時の僕らの思考は一致していた。必ずあの悪魔を倒してこの村を助けると。


「ちょっと待ちんさい!あんなバケモンと戦おうなんて死ににいくようなもんさえ!若いもんが命を粗末にしちゃいかん!」


 お婆さんが必死になって僕らを止めようとした。すると、ザックが振り返ってドンと胸を叩いて笑ってみせた。


「恩と借りは必ず返す。俺たちは世話になった人の住む村が壊されてるのを黙って見てられるような恩知らずじゃねぇぜ」


 そう言ってお婆さんを納得させると、僕らの隣に並んだ。やっぱりこの二人は頼りになる。そう思いながら恩返しの戦いへ向かった。



おまけ

〜とある生徒の日記〜

アルトのやつ、ザックとシアンと外出したらしいけどどこ行ったのかしら。男三人だし、キャンプとか?いやいや、あいつらそこまで仲良しこよしじゃないわね。ていうか、あの三人で外出?今までそんなこと無かったわよね……。なんだか心配だわ。

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