第18話 変人のパッション
外で活動している生徒達がまばらに帰り始めた頃、三人は視察の最後の場所へと向かっていた。
「ベータ、あなたはもう少しデリカシーを持った方がいいわよ。今はまだ問題ないかもだけど、なんでもずけずけ言ったら敵を作ることになるわ」
「ん、分かった。じゃあこっちからもアドバイス。メアリはもっと攻めの姿勢を意識した方がいいと思う。例えば、マリィみたいなかんじで」
「メアリは結構ものをハッキリ言うタイプだと思うけど?」
「アルトは黙ってて」
「え、なんで」
キレそうになるのをギリギリで止める。さっきのベータの台詞はかなり嫌味ったらしいように聞こえるが、彼女の性格からして百パーセント善意なのだ。話の内容を理解していないアルトを黙らせて、メアリは怒りを鎮めた。
「失礼します」
西棟の最上階にある最後の部屋の扉に手をかけて中に入る。内装は白い壁と理科室によくある黒い実験台がまず目に入り、棚にはビーカーやフラスコなどの様々な実験器具が並んでいる。そして、三人の目を何よりも奪うのは、実験台の上に座る、全身真っ白な少年だった。その少年は涎を垂らして虚空を見つめており、どう考えても、この学園に入れる年齢には達してない。
「遅かったじゃないか二人とも。おや?今日は一人多いね。新しい生徒会メンバーかい?」
扉の前で立ち尽くす三人に、白衣を着た背の高い茶髪の青年が声をかけた。彼の手には緑色の液体が入ったフラスコが握られていて、目の前には実験器具と薬品が並んでいた。
「リック先輩、新しい子増やしたんですか?」
白衣の男を視認すると、アルトが白い少年に駆け寄ってそう聞いた。アルトは少年をキラキラと目を輝かせ、今日一番の表情をしている。白衣の男はフラスコを置いて、少年に近づくいて彼の頭を撫でた。
「あぁ、少しインスピレーションが湧いてね。名前はマシロ。可愛いだろう?」
「はい。あっ、柔らかい。本当に子供の肌みたいだ」
アルトが少年の頬を押すと、ぷにっと効果音が出そうなくらいの弾力を感じた。頭を撫でられ、頬をつつかれている少年は気持ちよさそうにニコニコ笑っている。
「あっ、リック先輩。あの子に自己紹介とここの説明をしてあげてください」
「あぁ、お安い御用だよ」
もち肌に気を取られていたが、するべき事を思い出したアルトは白衣の男に自己紹介をお願いした。男は快諾すると、ベータの前まで歩いてきてニコリと笑って自己紹介を始めた。
「僕は薬学科四年のリック・ファルス。ここ、ホムンクルス研究部の部長さ」
「ホムンクルス研究……じゃああの子もホムンクルスなの?」
「あぁ勿論さ。他にもいろんな子がいるけど興味あるかい?」
「うーん……なら少しみたい」
「オーケー分かった。なら僕が初め作ったホムンクルスを紹介しよう」
リックはそう言ってこの部屋から準備室に入っていった。少しして、彼と共に背の高い女性型のホムンクルスが出てきた。
「彼女の名前はヴィーナス。とても覚えがいい子で、普段は僕の実験の助手をしてくれてる」
「はじめまして」
ヴィーナスはニコリと笑って礼儀正しくお辞儀をした。そして、不思議なことにその声にはしっかりと抑揚がついており、まるで本物の人間と会話しているようだった。
「すごく人間らしいホムンクルスだね」
「いろんな場所に連れて行って、いろんなものと触れ合った成果さ」
「……それだけ?」
「そうだけど」
「いやだって、ホムンクルスの錬成の際には感情抑制の術式を組み込むって、魔術規定で定められてるんだよ。だからそもそもホムンクルスに感情があるのはおかしいわけで……」
ベータの言うように、魔術規定によってホムンクルスの錬成には様々な制限が課されている。例えば、人への攻撃ができないようにする術式を組み込んだり、国家絡みでの大量生産が禁止されてたりする。彼女が言った感情抑制もその一つだ。もし魔術規定を破れば厳しい処罰にかけられるのだが、リックは全く悪びれずこう言った。
「そんな術式かけてないよ」
「エェェェェ!」
ベータが奇声に近い悲鳴をあげた。それもそのはず、ベータは悪魔契約という魔術規定に違反したことで憲兵に追われたことがあるのだ。目の前で同じことをしている人がいればそんな声もあげたくなる。
しかし、リックどころか、アルトとメアリも驚いている様子はない。というか、なぜ生徒会と風紀委員が魔術規定違反者を野放しにしてるのだろうか。
「待って待って!魔術規定違反だよ!そんなことして大丈夫なの!?」
「問題ないさ。だって僕は彼女達を戦わせるつもりなんてないからね」
「いや、そういう問題じゃなくて……」
「魔術規定に定められたホムンクルス錬成に対する制限は、どれもこれも戦争の際にホムンクルスが使われるのを防ぐためのもの。なら、本来の人間のサポートのために行動する彼女達にそんな制限をかける必要はないだろう?」
数百年前、ホムンクルスが発明された時、それなりにコストはかかるが、戦争のための駒をすぐに生み出せるというホムンクルス錬成の技術はかなり危険視された。それだけでなく、戦争のために生み出され、殺される生命体という点で、倫理的にも問題視されたのだ。そういう経緯があって、魔術規定にホムンクルス錬成の制限が制定された。
リックの言い分は納得できる部分もあるが、ルールはルールだ。ベータもそう言われて殺されかけた。リックはまだ納得していないという顔を見せる彼女に、さらに話を続けた。
「あと、僕は彼女達に行動を制限するような術式はなにもかけていない。彼女は今僕を殴ろうと思えばいくらでも殴れる」
「えっ……なんでそんなことするの」
魔術規定を違反しているのにも拘らず、一切の焦りを見せず真っ直ぐベータを見つめる目を見て、ベータは理由を知ろうと思った。過去に彼女もやむを得ない経緯で悪魔契約をした。彼の目を見て、彼にもそんな何かがあるのだろう感じとった。
「僕はね、彼女達にも自由に生きて欲しいんだ」
「自由に生きる……?ホムンクルスが?」
「あぁ。ただ人間に尽くすんじゃない。彼女達が感じたことから、彼女達のやりたいことを見つけて、彼女達が望んだ道を進む。そんなふうに人間らしい生き方をして欲しい。ホムンクルスであっても、生まれたからにはその権利がある。僕はそう思ってるんだ」
「そのために魔術規定違反までするなんて、狂ってるね」
「フフッ、よく言われるよ」
ベータは口ではそんなことを言っているが、ちゃんと納得していた。誰かを想う気持ちは彼女もよく分かっているのだから。
そんな会話を終えた瞬間、ベータの両頬が手でぷにっと挟まれた。ベータが振り向くと、そこには不機嫌そうに頬を膨らませたヴィーナスがいた。
「マスターは狂ってなどいません。とてもお優しい人です」
「えっ、ああ、ごめん」
「ヴィーナス、解放してあげて。彼女は悪気があって言ったんじゃないから」
「ムムム……わかりましたマスター」
ヴィーナスは不服そうに唸りながら手を離した。それを見てベータは思わず笑みが溢れた。
「慕われてるんだね」
「大切な家族だからね」
「アルトもメアリもこのことを知ってたから見逃してたんだ」
「まぁね。リック先輩の気持ちは僕にもよくわかるから」
アルトはそう言って魔法陣から紫の猫、ミーニャを召喚した。ミーニャは召喚されるやいなや、すぐにアルトから離れてベータに飛びかかった。ベータがそれをキャッチすると、ミーニャは彼女の顔をペロペロと舐めはじめた。
「僕もみんなには自由に生きて欲しい。だって、みんなにはちゃんと意思があるんだから」
「そういえばアンタも召喚獣に隷属の術式をかけない変わり者だったわね。この学園にはそんなのが多いから忘れてたわ」
召喚獣には普通、隷属の術式がかけられ、召喚獣の意思よりも術者の命令を優先させるようにする。そうしなければ戦闘の最中に不都合が生じたり、他にも召喚獣の機嫌を損ねて襲われたりする可能性があるからだ。アルトがそんな隷属の術式をかけていないのに、憲兵との戦いで全ての召喚獣が戦いに応じてくれたのは、ひとえにアルトが注いだ愛情故だろう。
そんなふうにホッコリとした雰囲気の部屋に、ドンと扉が勢いよく開かれる音が響いた。
「ただいま!りっくん!」
「おかえり、セシリア」
部屋に入ってきて元気よく声を出したのは、桜色の髪をフワリと揺らすベータと同じくらいの身長の少女だった。彼女の帰還とともに、リックは慈しむような優しい顔になり、くすぐったくなるほど柔らかい声で彼女を出迎えた。
「あれれー!あるるんとめりりんじゃないお客さんがいるー!!はじめまして!私はセシリア・ローズ!ねぇねぇあなたは?」
「あっと……ベータ・フリージアって名前」
陸上部のボルトとはまた違った、幼さの暴力というべき騒がしさでセシリアはベータに詰め寄った。ベータは呆気にとられてされるがまま名前を言った。そしてまだまだ彼女の暴走は止まらない。
「ベータちゃんかー……ならべべちゃんだね!」
「べべちゃん?え?」
「あだ名だよ!そうしたほうが仲良しーって感じするじゃん!」
「そうなんだ……」
「セシリア。困ってるからやめてあげて」
「はーい!」
さっきまで暴走していたセシリアは、リックの言葉におとなしく従ってベータから離れた。そして、そのままリックに抱きついた。弾けるような笑顔をする彼女に対して、今まで知的な笑い方をしていたリックは打って変わって子供のような純粋な笑顔になった。
「今日はどこに行ってきたんだい?」
「えっとね!新しくできたカフェに行ってパフェ食べたの!一人じゃ食べきれなくてドードンが一緒に食べてくれたんだ!でもでも、今度はりっくんと一緒に食べたいな!」
「ふふ、そうかい。なら今度は一緒に行こうか。あぁそういえば、ドールはまだ帰ってこないのかい?」
「うーんと、もうすぐ帰ってくると思う」
そんな会話をしていると、扉が開いて筋骨隆々の大男が入ってきた。
「噂をすれば……ドール、今日もお疲れ様」
「ドードンおっそーい!」
「お嬢が速すぎるんッスよ」
そのドールと呼ばれた男の肌は真っ白で、一目でホムンクルスだと分かった。ドールはリックの方を見ると、後頭部を掻きながらニヤニヤ笑ってこう言った。
「お気遣いなく、マスター。お嬢といると楽しいし、マスターの恋人を守るのは当然の義務ッスから」
唐突に明かされた二人の関係にベータは目を丸くした。チラチラと二人を交互に見て、震える手で指差して質問を投げかけた。
「えっ、二人って恋人同士なの?」
「うん!りっくんはね、頭が良くて、優しくて、私のこと一番に考えてくれる、私の一番大切な人なんだ!」
「へぇ……」
セシリアが目を輝かせながらそう説明すると、ベータは顎に手を当てて少し考えた後こう呟いた。
「どことなく犯罪臭が……いてっ」
「ベータ。デリカシーを持てって言ったばかりよね」
メアリが軽いゲンコツを喰らわせてベータの失礼な言動にお灸を据えた。ベータはハッとこの部屋に入る前の会話を思い出し、リックに謝罪した。
「まぁ君の主張はわからなくもないけど、一応僕とセシリアは同い年だよ」
「えっ、全然そう見えない。セシリアは私と同じくらいかと思ってた」
「べべちゃんひっどーい!これでも来年にはお酒も飲めるようになるんだよ!体が弱いから飲めないけど」
「体が弱い?全然元気じゃん」
そう言ってへへへと笑って頬を掻いた彼女の発言に対し疑問を抱いたベータは、小首を傾げて質問を投げかけた。
「普段は元気だけど、激しい運動はダメなんだ。それに免疫能力も低くてよく熱を出したりもする。だから外出の時はドールについて行ってもらってるんだ」
リックが質問に答えてベータは納得した。すると、セシリアは何かを思い出したようで、勢いよくリックの方を向いてキラキラと光っている目を向けた。
「ねぇねぇねぇ!そういえば私すっごい薬思いついちゃったんだ!」
「どんなのだい?」
「体がビヨーンって伸びる薬!体が伸びたら背が低くても高いところにある物を取れて便利だし、芋虫さんみたいで面白いなっておもったの!」
「ほほう。じゃあその薬の研究をはじめようか」
「うん!じゃあまず薬の素材なんだけど……」
二人の会話を聞いてまたまたベータは小首を傾げた。あのセシリアが薬の素材なんて考えられるのだろうか。しかも、作ろうとしているのはかなり荒唐無稽な効果の薬だ。それなりに化学の知識をかじっているベータも、何を使えば皆目見当もつかない。その気配を察知したのか、ヴィーナスが近寄ってきて二人を見ながらこう説明した。
「ああ見えて、セシリアお嬢様は学園で右に出る者がいないほどの化学の天才なんですよ」
「……うーん、言われてもイメージできない」
「まぁお嬢様を見て化学を連想できる人はいないでしょうね。でも、天真爛漫なお嬢様だからこそ自由な発想ができて、その発想を実現できる知識も持ち合わせているのは確かです」
「私が思ってるよりもすごい人なんだ」
ベータがそう感心していると、アルトとメアリが後ろからもう帰ろうと催促してきた。どうやらリックとセシリアは、研究中は二人の世界に閉じこもってしまうようで、もう用事も済んだので邪魔しないように帰ろうとのことだ。代わりにヴィーナスとドールにお礼を言って、三人は部屋から出た。
視察を終えた帰り道。外はすっかり暗くなっていて、空を見上げれば月がポツンと浮かんでいるのが見える。
「ベータ、今日はどうだった?」
「いろんな人がいて面白かったよ」
「……じゃあ、ここでうまくやっていけそう?」
恐る恐るそう聞いてきたアルトに、ベータは満面の笑みでこう答えた。
「もちろん!」
今日の視察で、この学園にいる生徒たちと交流して、アクの強い変人たちと、彼らの情熱を目の当たりにした。自由気ままに自分のやりたいことをやる彼らを見て、ベータは過去に囚われることがバカバカしくなった。私は今を生きよう。そう決心し、ベータは学園での第一歩を踏み出した。
おまけ
〜とある生徒の日記〜
あのパフェね!クリームがね、きゅわわーってなってて、プリンがプルンプルンで、イチゴとオレンジとメロンとブドウと桃がいーっぱいはいってたの!私夢中で食べちゃって、でもでも、ずーっとりっくんのこと考えてたんだ!それで話したら今度は一緒に行ってくれるって約束してくれたの!すっごく楽しみ!りっくんは頭いーっぱいつかうから、たーっくさんクリームあげたいな!
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