第17話 猫被りとお嬢様とおかしな子
日が傾き始めた頃、三人は東棟の視察を終えて終盤に差し掛かっていた。そして現在三人がいるのは西棟四階、霊術研究部部室の扉の前だ。
「……まだ入っちゃダメみたい」
扉の貼り紙に墨で書かれた「現在祈祷中」の文字からメアリはそう判断した。
「祈祷とか霊術とか、ここってなんか変な宗教やってるの?」
「そんなこと言っちゃダメよ。部長のかぐやちゃんはすっごく真面目でいい子なんだから」
ベータのぼやきをメアリが注意した瞬間だった。扉が勢いよく開かれ、ベータよりも一回り小さい赤い着物を着た少女が飛び出してきた。
「宗教ちゃうわ!」
「わっ、だれ!?」
「あんたが誰や!てか、うちの霊術研究部を変な宗教呼ばわりとはええ度胸やな!覚悟せぇ!」
「いや、ちょっと待ってよ」
「問答無用や!」
「えっと……かぐやちゃん?」
少女が構えをとり、今にも襲い掛かろうという瞬間、メアリが困惑気味にそう呟いた。すると、少女の暴走が止まり、先ほどまでの敵意剥き出しの顔とは打って変わってにこやかな表情に変わった。
「あっ!メアリ先輩にアルト先輩じゃないですかぁ!もしかして視察にきたんですか?すみませんけど、もうちょっとで祈祷が終わるので待っててくださいね」
「イヤイヤ!無理だから!?」
先程の失態が無かったかのように振る舞う少女を見て、メアリが突っ込んだ。少女は大袈裟な身振り手振りをしながらなんとか取り繕おうとこう続けた。
「えっとですね、さっきのは言葉の綾というか、一時の気の迷いといいますか……」
「さっきのが素で、今までは猫かぶってたってこと?」
「違うわよ!ていうか、さっきからなんなのよ貴方は!私の霊術研究部を変な宗教呼ばわりして」
横から遠慮なく痛いところを突いてくるベータに、少女は声を荒げた。ベータはそんなことは全く気に留めずに自己紹介を始めた。
「私はベータ・フリージア。あなたは?」
「魔法科二年の
律儀に自己紹介を返すと、小さな体で仁王立ちをし、ベータを勢いよく指差した。しかし、体が小さいので威圧感というよりも、愛らしさを感じる姿となっている。三人から自然と笑みが溢れると、舐められてると思ってかぐやの表情が険しくなった。彼女がさらに文句を言ってやろうとした時、後ろの扉から二人の巫女装束を身につけた女子生徒が顔を出した。
「かぐや様、祈祷中に物凄いスピードで出て行かれましたけど、どうかなさいましたか?」
「あ、ええ、生徒会のメアリ先輩と風紀委員のアルト先輩がいらしてたので、その応対をしていたの」
「まぁ、私達は何も気づかなかったのに、流石かぐや様ですね」
「……どっちかっていうと私の言葉に反応していたような気が」
なんとか誤魔化しているかぐやを見て、ベータはそう呟いた。かぐやは二人の巫女装束の生徒とともに一度中に戻り、五分経ってから帰ってきた。それと共に中からさっきと同じ二人の巫女装束を着た女子生徒が出てきて、かぐやの左右に一人ずつ立った。左右の二人は背が高く大人びているので、真ん中のかぐやの子供っぽさがかなり強調されている。
「かぐや様、他の者は帰らせました」
「ご苦労様、エリィ。さて、これでいいですかメアリ先輩」
かぐやが今後の予定などをまとめた紙をメアリに渡した。メアリがそれを確認し、十分だと判断した時、かぐやはベータの手を握った。
「さぁ行きましょう。あなたに霊術を教えてあげる」
「えっ、嫌だよ。祈祷とか面倒くさそうだし」
「貴方は別にやらなくていいの。変な宗教って誤解を解きたいだけだから」
かぐやが手を引いてベータを部室の中に半ば無理矢理連れ込んだ。それを追いかけて他の四人も部室に入っていった。
部室の中は全てのカーテンが閉められており、真っ暗になっていた。しかし、かぐやが指を鳴らすと左右の壁に沿って大量に並べられた蝋燭に火がついて内装が見えるようになった。
扉から入って正面には金色の像を祀った神棚があり、綺麗な花が供えられている。部屋の端には水の入ったお札が貼られた壺が置いてあって、床には畳が敷いてあった。
「すごい部屋だね」
「こうする事で霊力が高まるのよ」
かぐやは部屋の中心に立つと説明を始めた。
「自分の内から魔力を引き出す魔法とは反対に、霊術は自然の中に漂う力、霊力を借りて術を行使するの。こんなふうにね」
かぐやが時計回りに右の手首を回すと、手のひらから鈍く輝く水の玉が出現した。
「綺麗……」
「でしょ?霊術の特徴として挙げられるのがさっき私がやったような予備動作が必要だってこと。私達はこれを「
「さっきの術だって、私なら左手を反時計回りに回す動作をプラスしなきゃできないの」
乗り気ではなかったベータが興味津々なのを見て、機嫌の良いかぐやの説明にエリィがそう補足した。
「もう一つの特徴として、場所によって霊力の純度が違うから常に自分の力を百パーセントだせる訳ではないってこと」
「どんな場所が霊力の純度が高いの?」
「それは大きく分けて二種類あって、一つは単純に自然豊かな場所。もう一つは、人の思いが集う場所ね」
「人の思いが集う場所って、例えば?」
「教会やこの学園みたいな場所ね。教会なら救われたいって思い、この学園なら夢を叶えたい、勉強したいっていう思い、そんなある一種の思いが集えば純度の高い霊力がうまれるわ」
「一種のってことは、街みたいないろんな思いがある場所は霊力の純度が低くなるの?」
「ご名答。察しがいいじゃない」
「でもそれって不便じゃない?場所によっては力が出せないって」
「そうね。でも、逆を言えば場所によっては本来の自分を超える力を出せるってことなのよ」
かぐやがそう言うと、ベータは合点がいったというように手をポンと叩いた。
「こんな変な宗教みたいな事をしてるのも霊力を高めるためなんだね」
「だから宗教ちゃうわ!さっきのうちの話聞いとったか!?」
「聞いてたから納得したんだよ。あっ、自分より年上の人に様付けさせて教祖みたいなことしてるのも霊力を高めるため?」
「ちゃうわ!てかエリィとマリィは同期や!あんた身長だけ見て判断したやろ!」
ベータの悪意のない口撃にキレのあるツッコミを入れていくかぐやの傍、他の四人はそれを見守っていた。メアリは初めて特徴的な喋り方をするかぐやを見て度肝ぬかれ、これを見て二人の部員は問題ないのか聞いた。
「てか、あれ見て幻滅しないの?ずっと隠してっぽいけど」
「はわぁ……素の態度のかぐや様もお可愛いですわぁ……」
「あっ、そういう?」
多分素の状態を知ったうえでかぐやを慕っているのだろうと、エリィの蕩けた表情を見て判断した。一方マリィの方は糸目でニコニコしたまま表情を変えないので、さっきから何を考えているのか分からない。エリィが首をブンブンと振って元の凛々しい顔に戻った。
「私たちがかぐや様をお慕いしてるのは、かぐや様が一生懸命だからですわ」
「まぁあの態度を見たら霊術に真剣に向き合ってるのはわかるわね」
「それだけではありませんわ」
エリィは胸に手を当てて、愛おしそうにやいのやいのと騒ぐかぐやを見つめながら語り始めた。
「かぐや様の母国、陽元は長い間他の国との交流を断っていたの。だけど、二十年ほど前に世界との交流が復活した。それ以来、陽元は西方諸国に追いつこうと魔法と科学を取り入れはじめた」
「それくらいなら知ってるわよ。で、それがかぐやちゃんと何が関係あるの?」
「陽元は国際社会にはやく参加したかかった。でも、ずっと国同士の交流をしていなかった陽元は言わば異物。まともに関係を持ってくれる国はほとんどない。このままでは西方諸国の食い物にされると危惧した政府は、西国の魔法と科学の研究を最優先にすると共に、旧来の陽元を象徴する剣術や霊術を排除しようとしましたの」
「え?なんでそんな事するのよ。付け焼き刃の魔法なんかより、昔からある霊術のほうが強力なんじゃないの?」
「勿論です。しかし、霊術があったら魔法が国民に広がらない。政府にとって、旧来の陽元固有の技術は国を変えるために邪魔でしかなかったんです」
「だからって技術そのものを排除しようだなんて短絡的すぎるわよ」
「かぐや様もそう言っておられました。でも、それ以上に気に食わなかったらしいのです」
「気に食わなかった?」
「先人の研鑽を何も知らない奴らに消されてたまるか、と。だから、かぐや様は霊術の力を母国に示すためにこの学園に来たのです」
エリィは手で拳を作り、胸に当てた。彼女の中でかぐやと初めて出会った時と、彼女の思いを打ち明けられたと時がフラッシュバックする。
「私達はそんなかぐや様に少しでもお力添えできればと思ってここにいるんです」
かぐやの力になることがエリィにとってどれほど大切か、彼女の語る姿を見てアルトとメアリは十分に理解した。そして、アルトはふと呟いた。
「いいね、何がしたいかって分かってるのって」
自分にはそんなものない。そんな言葉を飲み込んで彼は俯いた。メアリと話して少しはスッキリしたが、それでも巨大な力を持ちながら何も為そうとしない自分に嫌気がさしているというのは変わりない。
すると、突然メアリがアルトの耳を引っ張った。急な刺激に驚いて、間抜けな顔を晒し、涙目になったアルトの耳を口元まで引っ張り、不機嫌そうな顔で説教を始めた。
「ちょっと、さっきのどういうこと?」
「な、何でもないよ。思った事を言っただけ」
メアリはその返答でさらに顔を険しくした。エリィが突然怒り出したメアリに驚いて目を見開いているが、彼女にとってそんなもの眼中になかった。彼女は学園長の言葉をまだ引きずっている彼にこの上なくイラついていたのだ。
「どうせ僕は自分の力をどうしたいかも分からないダメな奴とでも思ったんでしょ」
「ハハ、メアリには隠し事できないね」
「舐めないで。あんたが何考えてるかなんてすぐに分かるんだから」
後輩の手前、アルトは明るい笑顔で体裁を保ってはいるが、きっと感情を表に出せば忽ち酷い顔になってしまうだろう。メアリはそんな彼の感情の敏感に感知し、反射的に耳を引っ張ったのだ。彼女はため息をついて、ムスッとした顔のままこう言った。
「あんたはまだ悩んでていいのよ。学園生活はあと四年もあるんだから、そのうち見つかるわよ」
「でも、ぼくは……」
「でもも何もない!」
メアリが部屋中に響き渡るほどの大声で怒鳴った。それに驚いてかぐやとベータもアルト達の方に振り返った。
「心配なのよ。あんたがそんな顔してると」
メアリは以前自分に勇気を与えてくれたアルトの無垢な笑顔を知っている。学園長に戦闘の才能について言われる前の、自分の力をまだ知らなかった彼はただの動物好きの優しい少年だった。
しかし、それが今では変わってしまっていた。誰も傷つけたくない彼は、戦う事でしか活かせない才能を前にして歪み始めた。彼は戦いが嫌いだが、そんな自分を捨て去れば大きな事を成せるのは目に見えていた。ベータの件で戦闘のプロである憲兵をタイラー以外は完封できたことで、さらに自分の力の強大さを思い知り、その歪みは深くなった。
メアリにはその歪みで苦しんでいるアルトの顔がはっきりと見えていた。誰よりも人を想うことのできる彼女にとって、想い人がそうなってしまっているのを見過ごすことなんて出来なかった。
「うん……心配かけてごめん」
「別にいいわよ。苦しかったらいつでも相談してよ」
事情を察しているベータと、ただならぬ空気を感じとったかぐやとエリィは二人を見つめたまま黙ってしまった。この空気をどうしたものかと、発端であるメアリも悩んでいた。しかし、そんな心配は一瞬で消え失せた。
「なにいちゃついてるのー?」
ここにきて初めて発言をしたマリィがこの雰囲気をたった一言でぶち壊した。あれをいちゃついてるの一言で済ませてしまういい加減さと、思ったとしても堂々と口に出してしまう空気の読めなさに、その場にいた全員がドン引きした。
「ちょっと何やってんのマリィ!すみません先輩、この子ちょっとアレな子なんです」
「あっ、いい、いいわよ別に。こっちこそ急に変な事言ってごめんね」
慌ててマリィの口を塞いだエリィと、いちゃついてると言われて顔を真っ赤にしているメアリがペコペコと謝りあっている。しかし、あの雰囲気をぶち壊してくれたことに少しは感謝しよう。そうその場にいた者たちが考えた瞬間だった。
「ねぇねぇエリィちゃん。結婚しよ」
「「「え」」」
アルト達三人からあまりにも突然の爆弾発言に困惑の声が漏れた。かぐやはまたかと呆れて額を抑え、エリィは信じられないものを見るような目で目の前の爆弾発言野郎を見つめた。
「なんでですの!?なんで今のタイミングなんですの!?」
「目の前でいちゃつかれて負けてられないなーって」
「何の勝ち負けですの!?そんな発言したらメアリ先輩達に誤解されてしまいますわよ!」
「わー、怒ってる顔も可愛いなぁ」
「話聞いてますの?!」
自分が何をやってるのかわかっていないのだろう。ニコニコと笑う表情を変えず、エリィを見つめている。エリィはそんなマリィの肩をつかんでぶんぶんと揺らしている。
「えっと、二人は一体どういう関係なの?」
「ただの友達ですわよ」
「友達だねー」
メアリが恐る恐る聞くと、二人とも同じような返事をした。しかし、その答えはマリィの言動と一致していない。メアリは頭の中に疑問符を浮かべながら話を続けた。
「じゃあなんでいきなり求婚したの?」
「だって私、エリィちゃん大好きだもん」
「マリィ、そういう問題じゃないですわ」
「そうね。プロポーズはもっと関係を深めて、しっかりと準備を整えてからしたほうがいいわ」
「あっ、たしかにー」
「メアリ先輩も普通にアドバイスしないでください」
「あっ、ごめん」
雰囲気に呑まれて何故かアドバイスをしてしまったメアリは目の前のおかしな子に頭を抱える。このまま立ち去ってしまおうかと思ったその矢先、突然マリィがエリィに抱きついた。体重がかかってエリィの体がグラリと揺れたが、何とか持ち堪えてマリィを支える。
「ねぇねぇ……しよ」
「え……?ちょ、ちょっと待っ」
エリィの耳元でマリィが小声で囁くと、エリィが顔を真っ赤にして慌てたが、そんなことお構いなしにマリィががエリィを押し倒した。よく見るとマリィの目が開かれており、恍惚とした表情で自分の下にいるエリィを見つめていた。それを見てアルトとメアリはこれはまずい状況だと察知した。しかし、それは少し遅かった。
マリィはエリィと顔を見合わせて、そのまま二人で唇を重ねた。それはもう、情熱的に。無論その場は凍りつき、アルト達の三人は驚きすぎて声も出なかった。
「
かぐやが柏手を打つといつの間にかマリィ以外の四人は部屋の外に出ていた。かぐやは扉の方を向いてため息をつくと、すぐに何が起きたのか分からず混乱する三人の方に向き直り頭を下げた。
「すみません。お見苦しいところを」
「えっ、あぁ、うん、気にしないで」
「マリィは祈祷の後、何故かいつもこうなるんです。今回はかなり早かったですけど」
「そう、そうなんだー……」
メアリが恐る恐るエリィの方を見る。彼女は顔を手で覆ってうずくまり、うぅと唸っていた。顔は見えないはずなのに、彼女が真っ赤に染まっているのがありありと想像できた。
アルトは廊下の窓から空を見つめてどうにか心を落ち着かせようとしている。ただ視察に来ただけなのに何故あんな現場を目撃しなければならなかったのか。二人は久し振りにこの情熱荘の恐ろしさを思い出した。
「エリィ、大丈夫?」
「うぅ……」
「嫌なら嫌って言いなさい。それでもやめないなら実力行使でもいいわ」
「……マリィなら嫌じゃない。でも、人前は恥ずかしいよぉ」
大人びた彼女はどこへやら。弱ってしおらしくなった彼女は壁に寄りかかって体育座りをしたまま動こうとしない。
「エリィはマリィが好きなの?」
弱りきった彼女にベータがさらに追い討ちをかける。エリィはカバっと顔を上げて、取り繕おうと「あっ」とか「えっと」とか言いながら、忙しなく腕を動かしている。肌はこのまま自然発火してしまいそうなほど紅潮していて、目が泳いでいた。
「ベータ、次行くわよ。早くしないと視察が終わらないわ」
「うん分かった」
メアリに声をかけられたベータは二つ返事で言うことを聞いて、次のサークルへ行こうとするメアリについて行った。メアリにベータの相手を任せたアルトは、一言謝罪を伝えて二人を追いかけた。
その場に残されたかぐやは腕時計で時間を確認し、エリィの方に目をやった。
「……まぁ、困ったら相談しに来てもいいわよ」
夕日が照らす静かな廊下で、彼女の声だけが虚しく響いた。
おまけ
〜とある生徒の日記〜
私への好意を隠そうとしないの嬉しいんだけど、マリィにはすこし周りに気を配って欲しい。先輩が目の前にいるのにキ、キスをするなんて!ああ思い出したらなんだか胸がゾワゾワする……嬉しかったり、恥ずかしかったり、ああああ!もう今日の日記は終わり!終わりですわ!
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