第16話 描かれる想い
メアリとベータが道場から出ると、春とは思えないくらい鋭い日差しが突き刺さる。手で日差しを防いで目を顰めていると、メアリにアルトから念話が飛んできた。その瞬間、彼女の顔は先ほどとは打って変わってご機嫌になった。
『メアリ、視察はどれくらい進んでる?』
「アルト!えっとね、屋内屋外スポーツと道場は全部回ったわ。これから東棟に行くつもり」
『わかった。急いで行くから少し待ってて』
「暑いからあんまり待たせないでよね」
仕事の進度を確認して、東棟に集合ということになった。
「ご機嫌だね」
「えっ、そんなに露骨だった……?」
「うん。メアリってちゃんと隠す気あるの」
「あるわよ!けどさ……やっぱ念話してくれるとなんか嬉しいっていうか……」
念話はお互いの魔力の流れを術式として登録することで飛ばすことが可能になる。一度登録すればお互いが好きなタイミングで念話を飛ばすことができるようになるが、突然頭の中に直接声が響いてくるので、本当に仲の良い人としか登録し合わないのが常識だ。
(テレポートの件といい、メアリはアルトに惚れてるとはいえ心を許しすぎてる気がする。もし惚れたのがアルト以外だったらと思うとちょっと怖い)
メアリは惚れたらとことん尽くすタイプだ。ちゃんと愛されていたとはいえ、家族との関わりが少なかったせいで愛に飢えている部分があるのだろう。
「はいはいご馳走様。早く行こ」
恩人とはいえ、ベータはそんな彼女に少し呆れた。いざとなったらカッコ良くなるのもよく知っているが、普段がこう惚れた相手になよなよしていると不安になる。ベータは皮肉半分にそう言って歩き出した。
二人が東棟につくと、腕に「風紀委員」と書いてある腕輪をつけたアルトが入り口で待っていた。アルトがニコリと笑って手を振ったので、二人も振り返した。
「シアンとザックはなんとかなったの?」
「うん。それよりベータは何か興味を持ったところある?」
「なかったよ。運動は苦手だし」
「そっか、なら早く行こうか」
微妙な反対をするベータを連れて、アルトとメアリは東棟の中に入っていった。
棟内は空調が効いていて過ごしやすくなっている。廊下を行き交う生徒たちは活動についての真面目な話や、趣味についての他愛のない話をしている。たった数日ではあるが、殺伐とした雰囲気の場所にいたアルトとメアリは妙な安心感から笑みが溢れた。
「……さて、次は美術部ね」
いくつかの部とサークルをまわり、資料が山になってきた頃、彼女はそう呟いた。資料はアルトが召喚したテートという甲羅の上部が平らになっている亀の召喚獣の上に置いてある。
「テートって本当に亀?」
歩いている三人に手足を引っ込め空中を浮遊してついてくるというテートの本来の亀からは考えられない移動方法を目の当たりにしてベータは疑問を持った。アルトは苦笑いしつつ、説明を始めた。
「そもそも、召喚獣は別世界の生物らしいんだ。確認はされてないから説の一つではあるけど、魔法界って呼ばれる場所に召喚獣は住んでるって言われてる。それを僕らは魔法で契約することでこの世界に呼び出してるってわけ」
「じゃあ悪魔も同じ?」
「えっとね、召喚獣は仮にこの世界で死んだとしても魔力として魔法界に還って再び召喚できるけど、悪魔はこの世界で死んだらもう同じ悪魔は召喚できない。このことから、悪魔は魔法界とは違う世界の理の中にいると考えられてるんだ」
「ふーん。でも確定ってわけじゃないんだ」
「まだまだ研究中なんだよね。あっ、ついた」
そんな話をしていると、いつの間にか美術部のアトリエに到着した。中に入ると、他のサークルが活動していた部屋の数倍大きいアトリエに、過去数十年の積み重ねというべき多くの絵画や彫刻が飾ってあった。静寂が包む少し埃っぽい空間の中で、それらは窓から差し込む光に白く染められ、自身が作り出す影に黒く染められていて、そのコントラストが不思議な退廃感を演出していた。
その巨大アトリエの中で、一人で絵を描いている少女がいた。彼女はこちらに気がつくと、立ち上がってペコリと頭を下げた。
「他の皆さんはいろいろ用事があっていないんです。でも、必要なデータはあるので大丈夫だと思います」
彼女は近づいてきて紙を渡した。メアリはそれに必要なことが書いてあることを確認すると優しく笑ってお礼をした。
「ん?あなたもしかして絵に興味あるの?」
いつの間にか二人から離れて絵をじっと見つめていたベータを見て彼女は微笑んだ。ベータは振り向かずに少し俯いて弱々しい声でこう言った。
「まだ私が小さかった時に絵が好きな友達がいたから。ちょっと気になって」
「ベータ……」
彼女が見ていたのは小さな女の子四人が公園で遊んでいる絵だった。それに気がついてアルトとメアリは表情を暗くした。孤独からは救えたが、過去が消えるわけではない。彼女が向き合うと決めた過去は、今の彼女には重すぎるかもしれない。
「じゃあ、その絵について少し教えてあげる」
美術部の少女はベータ後ろの椅子に座って、まるで絵本を読み聞かせるかのような澄んだ温かい声で語り始めた。
「その絵を描いた子に初めて会ったとき、なんだか暗い顔してたから理由を聞いたの。そしたら、その子は夢を叶えるためにこの学園にきたけど、ずっと仲の良かった友達と離れ離れになって寂しいって言ったの。だから、私はその子に自分が欲しい想いを形にしてみなさいって言ったの。それで彼女が描いたのがこの絵。離れ離れになったけど、友情は変わらない。そんな想いをカタチにしたんですって。それから少しずつ元気になっていって、今は夢に向かって突き進んでる。ふふっ、素敵な話でしょ?」
「なんで、その子は元気になったの」
ベータはこの絵を描いた人が自分に似ていると感じた。今までいた人が自分の周りから消えてしまって、孤独感に襲われる。そんなところが自分に似ていると思った。だから、そんな人がどうして絵を描いただけで立ち直れたのか気になったのだ。美術部の少女は優しい声のままこう告げた。
「その子は「自分の想いに確信が持てるようになった」って言ってたわ」
「自分の想いに確信……」
「喜怒哀楽、人にはいろんな感情があるけど、言葉じゃどうしても表せない感情がある。でも、絵はそうじゃない。色はほんの少し混ぜる量が変わるだけで別の色になるし、線は無限に引き方がある。だから、言葉にない想いもカタチにできる。あの子はそうやって想いをカタチにできたらから、自分の想いに確信が持てるようになったんじゃないかしら?」
一通り言い終えて、ベータの答えを求めるかのように問いかけた。ベータは少しの沈黙の後、ゆっくりと振り向いた。
「あなたの名前は?」
「美術科三年、フウロ・マーベル。あなたは?」
「ベータ……ベータ・フリージア」
アルトとメアリも初めて聞いたベータのフルネーム。彼女が家族のことを思い出しそうで無意識に避けていたそれを、勇気を出して口にした。それは、彼女が本気で自分の過去と向き合うと決めた合図だ。そんな意味があるなんて知る由もないフウロだが、彼女の言葉を聞いて満足げな表情を浮かべた。
「また、見にきてもいい?」
「いつでも歓迎だよ」
どうやら、ベータの所属する部が決まったようだとアルトとメアリは安心し、ベータの思いを引き出してくれたフウロに感謝した。その後、三人は部室を出て次の場所に向かった。
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