第15話 情熱に潜む影

 情熱荘は名前からは想像できないほど広い施設で、屋外にはあらゆるスポーツのコートがあり、対外試合のための巨大な競技場もある。右を見ても左を見ても懸命にトレーニングをする生徒たちが目に入る。すれ違った人が全員挨拶をしているメアリの腕には「生徒会」と書かれた腕章がはめられていた。


「メアリって人気者?」

「違うわよ。生徒会は学生の活動の管理をしてるから愛想よくしてるだけ。今日はあなたの案内のついでに週一の定期視察の仕事を済ませに来たの」

「そうなんだ」

「まずは外を全部済ませるわよ」


 その後、テニスや野球などのサークルを順調に回っていった。どこも全力で汗を流していて、まさに青春といったかんじだった。メアリの応対をしていた人達は全員いい人達で、スポーツを体験させてくれたり、お菓子をくれたりなどした。


「……でもなんでこんなにお菓子くれるんだろ」

「ベータは可愛がりたくなるオーラが出てるのよ。小さいし、言動も子供っぽいし」

「なんか納得いかない。……飴美味しい」

「そういうとこよ(かわいい)」


 サッカー部の大人びたマネージャーさんに貰ったいちご味の飴の甘味が口に広がる。私を見てメアリが優しく微笑んだが、まわるサークルの一覧を見た瞬間ゲンナリした。


「陸上競技かぁ」

「どうかしたの?」

「そこの部長に会うのが少し憂鬱なだけ」

「そんなに嫌な人?」

「いや、良い人ではあるはずよ……多分」

「じゃあなんでそんなに会いたくないの?」

「ベータも実際にあったらわかるわよ」


 それから少し歩いて、陸上を練習しているグラウンドについた。赤茶色のグラウンドの上では、競技ごとに分かれてたくさんの生徒が練習をしていた。彼らはメアリを視認すると一礼してすぐに練習に戻った。そして、ベンチから黒髪のポニーテールの女子生徒が駆け寄ってきた。ユニフォームを着ているから選手の一人だろう。


「こんにちは、メアリ先輩。部長は多分すぐ戻るのでベンチで休んでてください」

「わかったわ」

「あれ、後ろの子はどうしたんですか?」

「この子はベータ。家庭の事情で遅れて入学してきた私のルームメイトよ」

「そうなんですか。はじめましてベータちゃん。私は魔法科二年の陸上部副部長、飯島いいじま櫻子さくらこよ。名前からわかると思うけど陽元ようげん出身」

「あっと、その……」


 艶のある黒髪の彼女の朗らかで可愛らしい顔、それとは対照的な引き締まった白いベールを思わせる綺麗な肉体が、ユニフォームの露出度が高いから思いっきり晒されていて目のやり場を失ってしまった。


「恥ずかしがり屋さんなのかな?」


 顔を覗かれた瞬間、顔が火がついたのかと思うくらい熱くなった。反射的にメアリの後ろに隠れて、呆気にとられている櫻子をチラリと見る。


「はじめまして……ベータです……」

「よろしくね」

「あなたそんなに人見知りだったかしら」

「あの服ダメ……」

「あぁ、すっごい初心な子なんだ。さっきはグイグイ近づいちゃってごめんね」


 彼女は手を合わせて謝ると、私とメアリをベンチに座らせた。メアリと櫻子が予算などの話をしていた時、奴は突然姿を現した。


「うおぉぉぉぉぉ!走り込みから帰ったぞぉぉ!!」


 鼓膜が破れそうなほど大きな声がグラウンド中に響き渡る。すると、洗練された動きで練習していたメンバーが綺麗な九十度の礼をした。


『お疲れ様です!』


 全員が腹の底から声を出してその男を迎え入れる。入り口にいる彼を囲うように整列したメンバーを腕を組んで見渡し、全員を確認すると爆発でも起こったのかと錯覚するほどの凄まじい高笑いをした。


「ハーハッハー!!今日も皆は全力だな!!よろしい!!全身全霊の全力で死力を尽くすぞ!!!」

『分かりました!』

「む!!メアリが来ているではないか!待たせてすまない!!!!」


 彼がこちらに気がつくと一歩前に踏み出した。そう思った瞬間、二十メートルは距離があったはずなのにいつの間にか私たちの目の前にいた。あの声を至近距離で聞いたら本当に鼓膜が破れてしまうと思って耳を塞ぐ。


「いつも生徒が安心して活動できるよう管理してくれてありがとう!!君はまさに青春の守り神だ!!ところで!そこの子は初めて見るが誰かな!」

「ベータです」

「ベータか!君も俺たちと一緒に青春したいのか!」

「あっ、いえ……」

「陸上はまさに青春だ!!自分と戦い!ライバルと競い!!仲間と切磋琢磨する!!!さぁ!俺たちと一緒に太陽に吠えながら明日に向かって走り出そう!!」

「私はその」

「まずは試しに並走してみぃいだだだぁ!」

「そこまでですよ部長。その子大人しい子なんですからあんまり威圧したら可哀想ですよ」

「め、めありぃ……」


 櫻子が私に迫ってきた彼の腕を締め上げた。威圧感に負けて縋るようにメアリに抱きついた。メアリは私を優しく撫でて落ち着かせると、男を呆れたような表情で見た。


「あなたにはブレーキがないんですか」

「すまない!!つい癖でな!!」

「あとうるさいので声を抑えてください」

「了解だ!」


 さっきより多少マシになったが、普通の人の数倍は声がデカい。これで抑えているのなら同室の人への同情を禁じ得ない。


「そういえば俺の自己紹介がまだだったな!魔法科六年の陸上部部長、ボルト・フォーミュラだ!」

「まぁ、こんな人だから私は会いたくなかったのよ」

「私、この人苦手」


 メアリの腕にギュッと抱きついて小声でそう言うと、櫻子さんが苦笑いしながらこう言った。


「気持ちはわかるけど、ボルト先輩の凄いところ知って欲しいな。先輩はなんと、百メートル走魔法無しの部と魔法ありの部、両方の世界記録保持者なんだよ!」

「え、それは確かに凄い」


 こんな変人が世界記録保持者というのが意外で素直な言葉が出た。いや、こんな走ることしか考えていない変人だからこその記録なのだろう。天才は普通の人から見たらおかしいところがあると聞いたことがある。


「だから先輩に憧れてる人は多いし、こんなんだけど部員思いの優しい人だから人望も厚いのよ」

「むぅ、でも私は苦手」

「絵に描いてさらに誇張したレベルの体育会系男子だからね。仕方ないか」


 その後、今後の活動や備品についての相談などをして視察を終えてグラウンドを後にした。ボルト先輩はいつでも歓迎だと言っていたが、そもそも運動はそんなに好きではないし、あの人がいる部活には行きたくない。


「次は室内よ」

「冷房が効いてるから楽だね」

「……そうだといいけど」


 何故かメアリは陸上部にいた時と同じ表情のままだった。まさか、あんな変人がまだまだいるのだろうか。そんな事はないと信じたい。


 室内で活動するために用意された、西棟と東棟に分かれた七階建て白い建物には多種多様なサークルと部が存在する。その隣には剣道部や空手部などが活動する三階建ての道場があり、屋内スポーツ用の体育館が情熱荘に四箇所点在している。


 私たちは外を回るついでに体育館も回ったので、すぐに終わる道場の扉を叩いた。相撲部を初めて見た時は部員たちの姿に少し驚いたが、順調に視察を進めていった。そして最後の剣道部にやってきた。扉を開けて中に入ると、そこに広がっていた景色に圧倒された。


 数百人は入れそうな正方形の綺麗な板間が窓から差し込む光を反射して光っていて、その奥には一刀両断と書かれた掛軸が垂れ下がっている。ここまでは他の場所と同じだった。しかし、そこにいた生徒たちが異常だったのだ。


 防具を着た生徒がざっと見て百人ほど倒れていて、その中心に黒い学ランを着た赤髪の男が立っていた。その肉体は分厚い学ラン越しでも鍛え上げられたものとわかるくらい盛り上がっていて、その気迫からこれは全て彼がやったものだと納得させられる。彼がこちらを向くと、思わず「ヒッ」と声を出してしまった。


「あぁ、生徒会か」

「定期視察に来ました。えっと、お邪魔でしたか?」

「いや、ちょうど終わったところだ。こいつらは気にしなくていい。この程度でへばるほどやわな鍛え方はしていない」


 彼は竹刀を置いて私たちに近づいて正座した。メアリの後ろから見ると、なんと彼は汗一つかいていなかったのだ。学ランもクリーニングしたてかのように皺一つなく、この人数をかなりの余裕を持って倒したというのが分かる。そんな彼がこちらに気がつくと、表情を変えずに淡々とこう言った。


「史学科六年の剣道部主将、服部はっとり良一郎りょういちろうだ。お前は?」

「は、はい。最近入学したベータです」


 私が自己紹介をすると、彼は私をじっと見つめてこう呟いた。


「お前からはなんだか嫌な気を感じるな」


 彼の言葉にこの上ない恐怖を感じた。まさか、悪魔契約者であったことがバレたのか。もしそうだとして、問答無用で私を切り捨てるつもりなのだろうか。そう思って身構える。


「だが、それ以上に心地いい気を感じる。純粋なんだな、君は」


 予想外の反応に呆気にとられて、メアリに説明を求めた。メアリは苦笑いしながらこう説明した。


「服部先輩は初対面の人に対してはまず「気」を読むの。まぁ、私も気がなんなのかよくわからないんだけど、気を読めばその人の人格が大体分かるらしいわ。で、多分さっきのは好評ってことでいいと思う」

「言葉なんていくらでも取り繕える。俺が信用するのは俺が見たものだけだ」

「……らしいわ」


 メアリも堅物の彼はよくわからないようで説明を放棄した。一直線でわかりやすい分、一般的にはボルト先輩の方がマシなのだろうが、私としては寡黙な彼の方がいい。どの道剣道部に入る気はないけど。


「今後の予定と備品についてまとめたおいた。それを見てくれ。俺は稽古に戻る」

「えっ、みんな倒れてるのに稽古できるんですか?」

「あぁ、それは」


 彼がこちらに振り向いた瞬間、足元の二人が急に飛び起きて竹刀を凄まじいスピードで振り下ろした。避けられない思ったが、彼はこちらを向いたまま一歩後ろに下がり二人の竹刀の間を通り抜けると、そのまま前に出てきた二人の頭を掴んで板間に叩きつけた。轟音がし、防具をつけてはいるが心配になった。


「不意打ち、騙し打ち、複数人同時……手段は問わない。何度倒れても構わない。今日中に俺に一発当てろと言ってある。つまり、俺は一日中ずっと稽古だ」

「そ、そうですか。頑張ってくださいね」

「あぁ、それともう一つ。今しがたアルトが情熱荘に到着した。どうせ一緒に行くんだろ。迎えにいってやれ」

「え、どうしてわかったの?」

「あいつの馬鹿でかい気を感じ取れないほど俺は鈍感じゃない」

「そうなんだ。じゃあメアリ、迎えに行こ」

「わかってるわよ」


 外に出ようとメアリが扉に手をかけると、彼女は振り返って服部先輩の方を見た。


「その、私とアルトはそんなんじゃないですから!」


 メアリは顔を真っ赤にしながら早口で捲し立てた後、勢いよく扉を開けて逃げるように道場を出た。なんで本人がいない場所でもそういうことをするんだろう。彼女は隠そうとしているつもりなのだろうが、それじゃあ実質好きな人を自分からバラしに行ってるようなものだ。


 まぁ、そんなこと言っても無駄だろうし、指摘して面倒なことになるのも嫌なので無視することにした。


 ○○○


「甘い気……を感じるまでもないか」


 メアリ含め、この学園ではそんな心地よい気を持つ者が大半だ。悪魔契約者であった彼女は少し珍しいが、害はないから大して気にすることではない。


 本当に問題なのは、この学園にいる邪悪な気を持った者だ。そいつらの気は並の犯罪者の何倍も醜悪な気を纏っている。


「光が強ければ、闇もまた深くなる……か」


 俺は竹刀を拾って稽古に戻った。

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