第二章 理想郷の生徒たち
第14話 アルトのルームメイト
タイラーと話したその翌日。アルトとメアリが学園の案内をしてくれることになった。国レベルの規模を持つこの学園を全て案内することはできないので、私が主な活動場所とする南区第三地区の、様々な部やサークルが活動している施設、多くの生徒が夢に向かって情熱を燃やしているということから「情熱荘」と呼ばれる場所へいくこととなった。
メアリの住んでいる女子寮からバスに乗って十分の場所に情熱荘はある。のだが、その前に寄る場所があるようだ。メアリの寮の向かいにある男子寮の105号室、ここがアルトの部屋だ。アルトが鍵を開けて中に入り、ただいまと言うと玄関から続く廊下の先の扉が開き目つきの悪い男が顔を出した。服はまだ寝間着のままで、歯を磨きながら目を擦っている。
「なんだ、ようやく帰って……ん?」
ダルそうにアルトに声をかけたが、私たちに気がついた瞬間目を丸くした。私とメアリを交互に見て呆れたようにアルトに目を移す。
「何日も帰ってこないと思ったら……今度は一体どんな面倒ごと持って来やがったんだよ」
「察しが早くて助かるよ。あっ、紹介するよ。彼は僕のルームメイトの一人のザック・バレット。顔は怖いけどいい奴だよ」
紹介されたのではじめましてと挨拶をすると、彼は面倒くさそうに大きくため息をついて奥へと引っ込んだ。それについて中に入ると、優雅にコーヒーを飲みながら新聞を読んでいる、落ち着いた雰囲気の男の人が白いソファに座っていた。その人はこちらに気がつくとクスリと妖艶に笑った。
「おやおや、随分可愛らしいお客様じゃないか」
「えっ、あ、どうも」
「緊張しなくていいよ。僕の名前はシアン・クレバー。さっきはあっちのガサツな男が失礼したね」
「だれがガサツだ。おい、話があるならお前はさっさと座れ」
言われた通りソファに座ると、ザックがミルクティーを出してくれた。一口飲んでみると優しい味がして心が落ち着いた。
「あったかい……」
「そうか」
わたしが笑みをこぼすと、一瞬からの表情が緩んだ気がした。しかし、すぐに顰めっ面に戻って向かい側に座ったアルトにこう言った。
「で、アルト。こいつを連れてきた目的はなんだ」
「うん。ベータをシアンに見てもらいたくて」
「なんでだ?」
「複雑な事情があって、今のベータは何も異常がないか確かめなきゃいけないんだ」
「もしかして、事情っていうのはこれのことかい?」
アルトとザックの会話にシアンが割り込む。彼の手にはこの前配られたわたしの手配書が握られていた。ザックはそれとわたしを見比べて、それがわたしと同一人物だと気がついて驚いた。しかし、すぐに落ち着いてこう言った。
「って、驚かせんなよ。それは誤報だろ」
「うん。でもアルトとメアリが彼女を連れてここに来た。それが何を意味するかバカな君でもわかるだろ」
「……わたしが悪魔契約者だっていうのは本当」
「は?じゃあなんで今お前がここにいるんだよ」
彼の疑問を解消するため、これまでにあった事を話した。アルトの友人とはいえ、悪魔契約者の私が受け入れられるのか不安だったが、二人はなんの抵抗もなく受け入れるどころか、私の境遇に同情してくれた。
「たった一人でずっと辛かったろ。これからは俺たちがどんな時でも味方だ」
「急に態度を変えるのは気持ち悪いよ」
「いやだってよ……あんな辛い過去話されたらさ」
「フフッ、まぁそういうわけだから。僕らのことは遠慮なく頼ってくれたまえ」
「ありがとう。すっごく心強い」
ほんの少し前まで私は孤独だった。家族が死んで、友達も村の人も私から離れていった。だから、悪魔との契約にまで手を染めて家族を生き返らせようとした。暗い部屋の中でいつか誰かと一緒に笑いたくて、寂しさを誤魔化して生きてきた。でも、それが嘘みたいに今は幸せだ。アルトとメアリと出会って、色々あったけどタイラーさんとも分かり合えて、今はシアンとザックも味方になってくれた。人の輪が広がっていくこの温かさが心地よくて、私を救ってくれたアルトとメアリには感謝しかない。
「じゃあ早速見させてもらうね」
「そういえば、見るって何を見るの?」
「君の中の魔力流れさ」
「え、そんなことが可能なの」
「うん。僕は魔力を読むことに長けていてね。見るだけでその人の魔力の性質、量、流れ、そのほか色々なことが分かるんだ」
「悪魔はまだ解明されてないことが多いから、ベータは何も感じてなくても異常が発生してるかも知れない。だから、念のためシアンに確認してもらおうって思ったんだ」
「なるほど」
「じゃあ、見てみようか」
シアンはそう言うと、目を大きく見開き、彼のグレーの瞳は輝くスカイブルーに変色した。宝石のように美しい瞳で十秒ほど私を見つめた後、瞳は元の色に戻った。
「どうだった?」
「魔力の流れはとても安定してるし、悪魔から貰ったであろう魔力も大人しくしてるよ」
「良かった。これで一安心」
「あともう一つ朗報。君の魔力はかなり質がいい。しっかり勉強すればすぐにこの出涸らし魔法使い程度なら追い越せるよ」
「そうなんだ。うん、頑張って勉強するね」
「おう、頑張れよベータちゃん。それよりテメェ、誰が出涸らし魔法使いだ」
ザックは優しく笑ってエールを送った後、青筋を立ててシアンを睨みつけた。シアンはそれを気にも留めずに、ザックを小馬鹿にするような態度をやめずにこう続けた。
「だって事実だろう?魔力は量も質も三流、実技試験もギリギリ。魔法使いなんてやめて、その無駄に高い身体能力を活かしてスポーツ選手にでもなったらどうだい」
「てんめぇ、言わせておけば!」
「わわっ、喧嘩はやめなよ二人とも!」
アルトが二人の間に割って入ると、ザッカリーは振り上げた拳を下げた。その後、アルトが振り向いて何事もなかったかのように新聞を読んでいるシアンを見てため息をついた。
「この前も言った気がするけど、ザックを貶すのはやめなよ。何を目指すかなんてその人の自由だし、ザックだってこの前上位魔法を使えるようになったじゃないか」
「僕はありがたいアドバイスをしてるつもりなんだけど。分かりづらかったかな」
「てめぇ……」
「はぁ、しばらく喧嘩続きそうだからメアリとベータは先行ってて」
優しい二人だけど、この二人は仲が悪いようだ。いつも喧嘩の仲裁をしているアルトは大変そうだと思いながら、メアリに連れられて部屋を出た。
○○○
「ほーらほら、自慢の腕力で振り切ってみなよ」
「クッ……ソ!動かねぇ……!」
「ハハッ、情けないね。弱いくせに口だけ達者で可哀想なくらい無様だねぇ」
メアリとベータが帰った後、寮の近くの開けた公園に移動して喧嘩の続きを始めた。しかし、始まると同時にザックはシアンの魔法で「固定」され身動きができなくなり、されるがままになっている。手を出すなとは言われてるけど、ここまで一方的だと見てて苦しくなる。
ザックは普通の人の何倍も努力してる。これは同じ部屋に住んでるからよく分かってる。だからこそ、シアンの言っていたザックは魔法使いを目指すのをやめた方がいいというのも理解できる。端的に言ってしまえば才能がない。彼は要領が悪いわけではなく、むしろ器用な方なのだが、いかんせん魔力が弱い。それこそ、シアンが言っていた「出涸らし」という言葉がピッタリ当てはまるほど。
その個人が持つ魔力は多少鍛えることはできるが、結局は生まれ持った才能に左右される。そんな中、彼は凡人未満の才能でありながら魔法使いを目指している。その理由は教えてくれないが、あの凄まじい執念を見る限り相当なものなのだろう。そろそろ助けようと一歩踏み出すと、シアンがこっちにも魔法を使ってきた。銅像になってしまったのかと錯覚するほど、自分の体が固まって動かせなくなる。
「……やめなよ。魔法で人を傷つけるのは」
術式を分解して体の自由を取り戻す。シアンは才能こそトップクラスだが、人になんの躊躇もなく魔法を使う問題児だ。彼が言うには「力があるのに、それを自分が好きなように使えないのはおかしい」らしい。彼のそういう自己中心的なところは正直言って嫌いだ。
魔法を解除してシアンに近づくと、彼は興奮して手を広げて叫んだ。またかと思いながら目を伏せると、彼のいつもの勧誘が始まった。
「やっぱり君は天才だ!その誰よりも純度の高い魔力!それを余すとこなく利用するための術式の構築ができる技量の高さ!どれをとっても学園で右に出る者はいないだろう!」
「人の話聞いてる?」
「あぁ、やはり君も出場すべきだ。年末の「大魔導祭」のメインイベント、学園一の魔法使いを決める「聖杯争奪戦」に!」
僕と初めて会った時、僕の魔力を見た瞬間からこんなことを言っている。彼が言うには、僕ほど面白く戦えそうな人はいないようだ。
「何回も言ってるけど、僕はそれに出るつもりはないよ。僕は戦いが嫌いなんだ。しなくていい戦いなんてしたくない」
「はぁ、ベータ君のことがあって何か変わったのかなと思ったけど違ったか。わかったよ。図書館にでも行って勉強するとしよう」
シアンは大きくため息をつくと、公園から出て行こうと踵を返した。それをザックが呼び止めた。シアンは足を止めたが、振り向かずにだるそうに肩を落とした。
「なにさ」
「まだ俺は納得してねぇぞ!見てやがれ、今すぐこの魔法から抜け出してやる」
「無駄だよ。これは僕が拘束バインドの魔法から派生、発展させたオリジナルの術式だ。君程度の魔法使いが解除できるようにはできてないよ」
この世界には魔導書に記された魔法と、個人から伝授または開発される魔法がある。前者は汎用魔法と呼ばれていて、魔法使いは基礎知識としてどんな魔法かを知っているが、それでは実質手の内を全て知られてるようなものだ。だから、戦闘を生業とする魔法使いは後者の自分だけの
「うるせぇよ!おい、待ちやがれ!」
「ザックもそんなに意地を張らないで。今日は暑いし、このままだと熱中症になるよ」
「放っておいてくれ。お前はさっさとベータちゃんとメアリを追いかけろよ。情熱荘の変人どもはメアリ一人じゃ手に負えないだろ」
「そうだけどさ……わかったよ。この子置いてくから限界になったら僕を呼んでよ」
彼は頑固なところがあるが、シアンに対してはそれがかなり悪化する。シアンの態度もあるだろうが、才能のない彼は天才のシアンを見返してやりたいのだろう。そんな時の彼は周りの静止を全く聞き入れずシアンに噛み付く。
何を言っても無駄だろうと考え、レモンという名前の黄色い小鳥の召喚獣に彼の監視を任せた。そして、僕は二人を追いかけて情熱荘へ向かった。
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