第5話正しいこと
闇夜の森の中、目の前にいる最強の男は明確な殺意を持ってジリジリとアルトに歩み寄って来る。正直言って、アルトは勝ち目があるとは全く思っていなかった。
彼は戦いが好きではない。学園での戦闘魔法系の科目も最低限しか取っておらず、その授業もギリギリ単位が取れる程度しか出席していない。戦闘訓練も全くしていないし、普段は図書館に入り浸るような人物だ。そんな自分が、ただひたすら戦いの事ばかりを考え、訓練してきたタイラーに勝てる道理など無い。
彼が軍に匹敵する力を有しているのは、その溢れんばかりの才能故だ。彼がこれまでさも当然のように行使していたテレポートは、本来は一流、もしくはその系統に特化した魔法使いしか行使できない。さらに、百を超える巨大な召喚獣の使役ができる魔法使いなど、タイラーでさえ会ったことがない。
彼は異常とも言えるほどの魔力を持ち、その回復速度も常人の何百倍もはやい。治癒魔法などの全く適性がない魔法は使えないが、ほんの少しでも適性があるなら、どんな高難度な魔法でも覚えることができるほど器用で飲み込みが早い。彼が最も得意とする召喚魔法も、動物が好きだからやってみようと思い立ち、多くの魔導書を読んでいたら、ここまでできるようになってしまったのだ。
戦いを忌避する彼はそれを経験して以来、高位の魔法が書いてある魔導書を読むのを避けるようになった。他の学生たちが使えたらいいな程度のノリで読むような魔導書に書いてある魔法も、彼がやろうと思えばできてしまうのだから。
彼は今、その事を少しばかり後悔している。もし本気で戦闘系の魔法を勉強していたら勝ち筋があったかもしれないのに。そんな事を考えている内にも、タイラーは迫って来ている。
「存在するだけで罪だなんて、そんな事あって良いはずがない。親を殺されて絶望した少女の「親を生き返らせたい」という純粋な願いが罪な訳がない」
「善人なら悪魔と契約してもいいってのか?それはおかしな話だろうが。ある国では民間人が許可なく武器を持つ事は罪となる。例えそれが護身用だとしてもな。それと同じだ。力をどう使うかとか、どんな思いでその力を手に入れたとか関係ない。全て例外なく罪になるんだよ」
「このっ、分からず屋!」
対話は無意味と判断したアルトはタイラーの頭上に無数の魔法陣を展開した。
「スターゲイザー!」
アルトがそう叫ぶと、その魔法陣全てから無数の光弾が射出された。全方位からの弾幕攻撃、これならばタイラーの「魔神竜の革手袋」の打ち消しを突破できる。しかし、最強の名は伊達ではなかった。
「ハアッ!」
タイラーが両手を広げて地面を踏みつけると、とてつもない衝撃が周囲に広がり、全ての光弾をかき消した。アルトは吹き飛ばされそうになりながらも、ギリギリその場に踏みとどまった。
「こんな豆鉄砲、いくら撃っても俺には届かない」
「圧だけでこれだなんて……でも、まだ終わっていない!」
アルトは自分を奮い立たせるように叫び、二つの魔法陣を展開して、そこから尻尾が巨大な刃になったキツネが出てきた。
「コーン、ポップ!手を警戒しながら攻撃して!」
この二匹はスピード特化の召喚獣だ。どれだけ大きくて強くても、あの手に触れれば一発で召喚獣は消えてしまう。ならば当たらなければいい。二匹のキツネはアルトの期待通りに、消される事なく持ち堪えている。
「ちっ、ちょこまかと……」
「うおぉぉぉ!」
アルトは雄叫びをあげてタイラーに向かって突っ込んだ。彼の体は身体強化の魔法によって、薄いオーラのようなものを纏っている。
(弾幕が無理なら近接格闘ってことか。確かに俺に攻撃を当てるのに必要なのは威力ではなく手数、その判断は賢明だ。だが、戦いの練度が違う)
単純にまっすぐ突進してくるアルトを見据え、タイラーは間合いに入った瞬間、二体のキツネの間を縫って拳を放った。その拳はアルトの胸にクリーンヒットし、アルトの纏ったオーラを弾き飛ばした。
しかし、違和感があった。拳が当たったはずのアルトがその場に踏みとどまっているのだ。通常、あれほどの衝撃を受けたならば後方にぶっ飛ばされるはずだ。最初に一撃喰らわせた時もそうだった。何故彼が踏みとどまっていられるのかは、彼の足元に目を向けた瞬間に分かった。彼の足が地面に埋まっていたのだ。これならば、どれほどの衝撃が加わっても問題ない。
アルトの狙いは最初からこれだったのだ。身体強化の魔法は攻撃ではなく接近が目的だったのだ。アルトは突き出された拳を掴み、タイラーを引き寄せる。
「これで間合いだ!」
(なんて奴だ。平和主義者面しといてこの戦闘センスってどうなってやがる。本当はガキの頃から戦争に参加していた猛者なのか?そうでなけりゃ戦いの天才だ)
皮肉な事に何よりも戦いが嫌いなこの少年には、誰よりも優れた戦いの才能があったのだ。敵の正確な分析は勿論のこと、それが最適解ならば自分の体をも犠牲にできる度胸、多くの魔法を状況に応じて使い分けられる器用さ、全てが戦いのためとしか言いようの無い稀有な才能だ。
アルトが強くなる事を望めば、間違いなく歴史に名を残す大魔法使いになれるだろう。今の彼が、そんな事を望むわけがないのだが。
「コーン、ポップ、今だ!」
アルトがそう叫ぶと、二匹のキツネは同時に巨大な刃の尻尾を向けてタイラーに飛びかかった。タイラーは残っていた左手でそれを振り払った。二匹のキツネはボンと破裂して消滅した。
「
二匹のキツネで目が逸れた隙を狙って、アルトがそう唱えると彼の右腕がまるで怪物のように毛むくじゃらになり、彼の華奢な体に不釣り合いなほど太く逞しく変化した。
「体の一部だけを異形化だって!?そんな高等技術をあの状況下でやってのけるなんて、本当に学生なの!?」
マイクが驚きのあまりそう叫んだ。彼がそう言いたくなるのも仕方がない。通常、異形化とは捨て身の技。体内の魔力を暴走させて、体を怪物のように強化する魔法だ。魔力の暴走を制御する事は困難を極め、普通の魔法使いなら脳まで暴走した魔力に侵されて怪物に成り果ててしまう。
今のアルトは、その暴走を体がボロボロになり意識が朦朧とする中で完璧に制御したのだ。こんなことができる魔法使いがこの世に何人いるだろうか。
「これでどうだぁ!」
巨大な拳がタイラーの顔面を捉えた。タイラーは後ろに弾かれたが、立ったままだった。最強の男の鼻から血が垂れる。彼はそれを乱暴に拭うと、元に戻った手を抑え、悶えながらうずくまっているアルトに目を向けた。
「なんで僕の手が……うぁ!完全に指が折れてる……!」
「向かってくる拳に、俺の額をそれ以上のスピードで叩きつけた。それだけだ」
タイラーはゆっくりと近づいて、トドメの蹴りを顔面に一発いれた。アルトはなす術なく蹴り飛ばされて、近くの木に叩きつけられた。完全決着、タイラーの完勝であった。
「血を流したのは久しぶりだ。それほどの強さがあれば故郷の戦争の役に立てたろうに、正義に背いて悪魔契約者を庇うなんて馬鹿げた事をするからこうなる」
もう完全に鼻血が止まったタイラーは、木に寄りかかっているアルトにトドメを刺そうと拳を構えた。魔力はなくなり、体ももう動かない。絶望的な状況下、アルトは枯れた声で呟いた。
「幼気な少女を殺すのが、あなたの正義なんですか」
うわ言のように呟いたそれを聞いたタイラーの動きが止まった。彼はもう何も言わなくなった少年を前に、拳をワナワナと震わせ、大声で叫んだ。
「何も知らないお前が正義を語るナァ!!」
叫び声と共に勢いよく拳が振り下ろされる。そんな彼の目の前に何者かが飛び出して来て、両手を広げて立ち塞がった。拳が再び止まる。最強の男がそんな命知らずの顔を見ると、そいつは今回のターゲットであるベータだった。
「待って。まだ私たちに殺し合う理由はない」
「俺にはお前らを殺す理由がある」
「その理由を、まだ私達は知らない」
「あ?」
タイラーは鋭い目を向けて威圧した。手に作った拳が今にも振り下ろされそうで恐ろしかった。しかし、そんな中でベータは最強の男の顔をまっすぐ見据え、ハッキリと声を出した。
「さっきの言葉、私にも聞こえた。何も知らないクセに正義を語るなって。その通り。私達はあなたのことを何も知らない。あなたが何故悪魔契約者を殺す事に執着するのか、あなたにとっての正義がなんなのか、何もかも。だから、話し合おう。そうすればきっと、何かが見えてくるはずだから」
純真な瞳。真っ直ぐな言葉。それを向けられたタイラーは無意識に後退りしていた。目の前で起こっている事について行けず、マイクを始め、周囲の憲兵はただ彼らの動向を見守ることしかできなかった。
「話し合おう……だと……?そんなことして何になる!それで理解し合えるならこの世に戦争はない!」
「みんなとは分かり合えなくても、私達だけなら分かり合える。まだ寄り添える可能性が残ってる」
ベータが現れてから、タイラーの様子がおかしくなった。まるで何かを恐れているかのように冷静さを欠いていた。
「どうしてあなたは私達を、悪魔契約者を殺すの?」
「やめろ、お前らに話す事なんてない」
「話して。話さないと何も分からない」
その言葉を聞いて、タイラーはヨロヨロとしており、今にもこけてしまいそうで危なっかしい。そして、頭を手で抑えて俯き、小さく悲しそうな声でこう呟いた。
「どうして……何もかも同じなんだ」
タイラーは俯いたまま、ゆっくりマイクの方に歩いて行き、弱々しい声でこう言った。
「ベータ、アルト、メアリへの攻撃を中止。三人を直ちに学園の学園長のところに連れて行け」
「え……?突然どうしたんですか」
「どうでもいいだろ。あいつらの処遇は学園長に決めてもらうのが手っ取り早い」
タイラーはそれだけ言うと、足早にアルト達の目の前から姿を消した。その後、メアリが遅れて走って来た。彼女は大怪我をしているアルトを見つけると、すぐに駆け寄って回復魔法を使って治療を始めた。
「ちょっと!何やったらこんな大怪我するのよ!
「タイラーさんに話を聞いてもらおうとしたら、戦闘になってこっぴどくやられたんだよ」
「何馬鹿なことやってんのよ!もしものことがあったらどうするつもりなの!」
「ご、ごめん」
アルトの体は何度もぶっ飛ばされたせいで泥だらけになっていて、くっきりと二つの青あざが残っていた。骨に数箇所ヒビが入っており、特にへし折れて無気力にたらんと垂れている右手の指が痛々しかった。
「アルト、メアリ、憲兵となんとか話がついた」
「あぁ、私がいない間にいろいろあったのね。それで、これからどうするの」
「私達の処遇は学園長に一任。これからそこに向かう」
「げっ、あの腹黒魔女が?」
「ん、何かまずいことがあるの?」
「いや、なんというか……あの人は何考えてるのか全く分からないのよ。怪しさの塊みたいな人で、気分屋なところもあるし、どうにも信頼が置けないの」
「……私、大丈夫なの?」
不安そうに顔を見合わせるメアリとベータのところに、マイクがやって来た。他の憲兵はタイラーと一緒に引き上げたようだ。
「問題ないと思いますよ。あの人は信頼はできないけど、そんな酷いことする人じゃありませんから」
「マイク……さんでしたっけ。あなたは学園長と面識があるんですか?」
「仕事の都合で何回か会ってるんです。どの国にも属さないから面倒なしがらみに囚われないっていう点で、タイラーさんも頼りにしてるんですよ」
「なんか、話だけ聞くと不思議な人って印象」
「まぁ、会ってみたら分かりますよ。それより、アルトくんは大丈夫なのかな。自分も回復魔法使えるけど、手伝おうか?」
「もう終わったわ」
「えっ、こんなに早く終わるんだ。最近の子は優秀だなぁ」
タイラーに一撃を入れたアルトに、瀕死の重傷を一分程度で治したメアリ、マイクは優秀な二人の若者に感心しつつ、手の平サイズの光る水晶玉を取り出した。これは、マイク含め学園長と関係がある一部の憲兵が持っている、学園長専用の連絡用の水晶玉だ。これで連絡を済ませた後、三人の方に向き直った。
「さて、疲れてるだろうけど、一緒に学園に行こうか」
「あっ、それなら僕がテレポート使いますよ」
「待ってアルト、もうそんな魔力ないでしょ」
「うん。だから、メアリに分けてもらいたいんだ。メアリも登山は嫌でしょ?はい」
アルトはそう言って手のひらをメアリに向けた。魔力供給にはいくつか方法があるが、術者同士の肌の接着面積を増やすほど送ることができる魔力は多くなる法則がある。そして、四人をテレポートさせるためには多くの魔力が必要なのだ。
メアリは向けられた手の平をじっと見つめると、少し躊躇いながら手の平を合わせてから握った。すると、二人の手が蛍の光のような淡い光を纏った。
「……もういいでしょ」
「うん、そうだね。マイクさん、ベータ、一緒にテレポートするから僕の体に触れて」
「うん、わかった」
「……ねぇ、もしかしてメアリちゃんって」
「絶賛片思い中」
「青春だねぇ」
二人がアルトの肩を掴むと、四人は青白い光に包まれ、暗い森から姿を消した。
――――――――――――――――――――
エリアステラ学園を統べるカリスマ、アリーゼ・マギテックは夜を忘れる光が照らす部屋の中で、ガラスに少量入れたワインを飲みながら連絡を入れてきた四人を待っていた。
「……来るね」
彼女がそう呟いた数秒後、アルト達四人が部屋の中にテレポートしてきた。少し床から離れた場所に出現したため、四人とも体のバランスを崩した。
「おっとっと、ちょっと座標がズレちゃったかな」
「通い慣れていない部屋にそれくらい正確にテレポートできれば上出来だよ」
「あっ、学園ちょ、ってまぶしっ!」
夜の山から、昼以上の輝きを放つ部屋にテレポートしたせいで四人は目が眩んだ。
「どんだけ明るくしてるんですか!」
「暗闇の中では光が恋しかろうと思ってね」
無駄とも思えるほど金の装飾が施された家具、太陽でも再現しようとしてるのかと思うほど眩い輝きを放つ巨大電球、普段は使っていないそれらは、どう考えても悪戯のために用意されたものだった。
「さて、そろそろ話せるようになったかな」
「はい。それで……学園長は僕らをどうするつもりなんですか」
アルトの質問を聞き、学園長はニッコリと優しい笑みを浮かべた。しかしその笑みには、どこか悪魔的な妖しさと、正体不明の不気味さがあり、場に緊張が走った。
「いやはや、ちょっとおいたが過ぎたかな?ごめんよ。私もタイラー君が久々に頼ってくれて、少しテンションが上がってるんだ。自分が迷った時に頼ってくれるなんて、彼も可愛いところがあるだろう?」
(それって面倒事を押し付けられてるだけじゃ)
「そんな事ないよ?大切な友達同士で助け合ってるんだ」
(えっ、今心読まれたの?)
心の声を拾われたベータは、返された言葉に驚き、嫌な汗が出てきた。
「この人の前で嘘も隠し事も無意味だよ。魔法なのか読心術なのか分からないけど、この人は人の心が読めるんだ。不気味だよね」
「それは流石に失礼じゃ……」
「ははっ、正直でよろしい」
失礼な物言いをするアルトに学園長が怒らないか、ベータは不安だったが、学園長は予想に反して面白がって笑っていた。
「さて、雑談もほどほどにして本題に入ろう。君たちの処遇についてなんだけど、正直私は君たちを助けたいとも見捨てたいとも思ってない。どっちでも良いんだよね。だからさ、これから君たちをテストしたいと思うんだ」
「テストって何の?」
「簡単さ。君たちには私の質問に答えてもらう。その返答によって、君たちの処遇を決定する」
この人は何を考えているんだ。こっちは真剣なのに、私達を面白がって弄んで何が楽しいんだ、とベータは思った。他の三人は彼女の「テスト」という言葉に反応して、緊張で体を強張らせていた。
「さてさて、君たちに質問だ。君たちは今回の件について、自分は正しい事をしたと思っているかい?あっ、マイクくんは答えなくていいからね」
そう言って、作り物を貼り付けられたような不気味な笑みをベータに向けた。まずは彼女からだという合図だろう。ベータは生唾を飲み込んでから、ゆっくりと丁寧にこう答えた。
「私は両親を生き返らせるために悪魔と契約した。でも、それは正しい事じゃなかった。父さんと母さんが望んでいるのは、立ち止まって過去に縋ることじゃなくて、きっと未来に向かって進むこと。だから私は生きたいと願った。この願いは間違いじゃないと思ってる」
「なるほどね。うん。君の願いを叶えるのは容易い。君は悪魔の力を悪用したわけじゃないし、立場を考えると情状酌量の余地が十分にある。オーケーオーケー、合格だ。私、アリーゼ・マギテックの名において君の安全は保証する」
「え、はい。ありがとうございます……」
前振りの割にすんなりと自分を受け入れた学園長に、少し困惑しながらベータは頷いた。
「ベータちゃん、君は何歳かな」
「十五歳」
「なら丁度いい。君は今日からこの学園の生徒だ。思う存分勉学に励むといい」
「本当?そんなにしてくれるなんて、逆に不気味」
「ははっ、いいさいいさ。私は未来ある若者に投資するのが好きでね。だから、学費は気にしなくていいし、お小遣いもあげるよ。何も気にすることなく、学園生活を楽しみ、懸命に努力してくれたまえ」
「あ……ありがとうございます!あなたって、聞いてたほど悪い人じゃないんだね」
「喜んでくれたならいいさ。さ、今日の話はここで終わりだ。詳しい手続きとかは明日話すよ。今日はもう帰って寝なさい」
想像とは違い、寛容に接してくれた上、手厚いサポートを約束してくれて、アルト達はそっと胸を撫で下ろした。肩の力が抜けて、もう部屋に戻ろうと扉を開けた時、後ろからアリーゼがアルトを呼び止めた。
「何ですか?」
「君はもう少し残ってくれないか?」
その言葉を聞いた瞬間、アルトは目を大きく見開いて固まった。そう、アリーゼはベータには全く興味がなかったのだ。アリーゼの本当の標的はアルトだ。彼女が本当に興味を持ったのは、今回の件でアルトが何を考え行動したかだった。
「断りなさい。またあの魔女が酷いこと言ってくるに違いないわ」
「いや、ベータの命が学園長に握られてる以上、従わないと何をするかわかったもんじゃない」
「そう……気をつけてね」
メアリはそれだけ言って、ベータを連れて部屋の外に出た。部屋の中がアルトとアリーゼのみになった瞬間、光が全て消えて室内が真っ暗になった。そして、次の瞬間にカーテンが開いて、彼女を月明かりが照らした。
彼女の妖艶な表情と美しい純白の肌が、淡い月明かりによって引き立てられ、人を超越した美が誕生した。しかし、その美しい外装のうちにある漆黒をアルトは知っていた。鈴が鳴るようなこそばゆい声で、アリーゼはアルトに話しかけた。
「ねぇ、以前話したことを覚えてるかな?」
「僕は戦うために生まれてきたって話ですよね」
「その通り。あの時の君は自分の才能に気がつき始めてたから、私の方からもアドバイスをあげようと思ってたんだ」
「それなら余計なお世話です。例え僕に戦いの才能があったとしても、僕は人を殺すために魔法を使う気はありません」
以前と同じ受け答え。アルトは一年前、アリーゼに呼び出されて自身の才能を告げられたのだ。それは戦いを嫌う彼にとって看過し難いもので、柄にもなく怒り狂って拒絶した話だった。
「でも、今回は力を使ったよね」
「あれはベータを守るために仕方なくです」
「力を使ったことには変わりないよ。その時さ、躊躇いはあったの?」
「それは……」
「無かったはずさ。君は召喚獣やベータが傷付くことは恐れたけど、力を使うことそのものに躊躇はなかった」
「心を……読んだんですか」
「いや、君と一対一で話すのにそんな野暮なことはしないよ」
「なら、そんな言いがかりはよしてください」
「言いがかりじゃないよ。それは君自身が証明したんだろ。君は私が「力を使うことに躊躇が無かった」と指摘した時に、まず心を読んだ事を疑った。でもそれはおかしいんだ。本当にそれが言いがかりなら、心を読んだことなんか疑わずに、言いがかりはやめろって言うのが普通だよ。それなのに、君は私が心を読んだ事を疑った。理由は単純。君は心のどこかで自分は力を使うことに躊躇なんかしなかったって思ってるんだ」
アリーゼの言葉を聞いて、アルトはそれを否定することができなかった。グッと拳を握りしめ、唇を噛んでじっと耐え忍んでいた。
「そんな君に聞きたいんだ。何で君は戦いが嫌いなの」
「それは……戦いは人を傷つけるから」
「でも、戦わなきゃ守れない事だってある。今回の件がまさにそうだ。人を傷つけたくないなら、君は戦い方を学んで、虐げられる弱者を助ける立場になるべきだ」
「人を守るために人を傷つけるなんて間違ってる!」
「じゃあ君が今回したことは間違いだったのかい?」
感情的になって反論するも、そんな言葉はハエのように無惨に叩き落とされた。
「結局、君は戦いたくないとか綺麗事を言って責任逃れがしたいだけなんだよ。君の矮小な精神が持つには巨大すぎる力を恐れてね」
「そんな……違う!僕は誰も傷つかない、幸せになれる道を選んでるんだ!」
「君含めてね。君は、自分を犠牲にする覚悟もなく誰かを救えると思ってるのかい?君が下らない信念を捨て去ってさえくれれば、それこそ多くの人が救われる。いいかい?君の才能は素晴らしいものなんだ。しかも、君はその力を行使するのを躊躇わない。君はもうほとんど完成されているんだ!」
「その完成形は僕が望んだものじゃない!」
「捨ててしまえそんな望み!君は人に傷ついてほしくないんだろ?ならそのために力を使いなよ。その強大な力があれば多くの人を救えるのは分かりきったことだろう?それとも、君が本当に望んでいるのは、人を守ることじゃなくて、自分が傷つかないことだって言うのかい?」
「違う!!それだけは……それだけは絶対に違う」
アルトは感情の行き場を失い、その場で泣き崩れた。アリーゼはそれを見て深いため息をつくと、アルトをメアリの部屋にテレポートさせ、椅子に寄りかかった。
「彼は私の希望だ。彼ならきっと「理想郷」を作り出せる。私にできなかった悲願を達成できる。彼にはその力がある……何を言っているんだ私は。そんな事をあの子に強要するなんて間違ってるのに」
怒りか悲しみか、はたまたその両方か、彼女の心の中で感情が渦巻く。人種や宗教の隔たりのない、差別なき理想郷、エリアステラ魔法学園のカリスマは、グラスに残っていたワインを意味もなく手で弄んでいた。
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