§ 5―5 血のカタストロフ



 惑星カーサーを母と仰ぎ、人類の生存圏を宇宙から母星に回帰させる。それが過激派組織デルダの根本思想である。

 デルダの元となるムスラ教は、オービタルリングへの移住が始まる400年ほど以前では、惑星において30%以上の人口が信仰していた大教団だった。大地を神とし、大地にあるものは信仰による神の恵みと唱え、他の宗教よりも厳しい戒律を教徒たちは強いられた。

 しかし、移住する人々が増加し、惑星の寒冷化が深刻な問題になり出した頃、大地を神とあがめるムスラ教徒たちは、大地を去る人類たちへ意を唱え始めた。


『神がおわす大地は、我らを産み出した母である。環境変動は、信仰が弱まったことへの母の怒り。母への感謝を忘れるな』


 ムスラ教の資金源でもある鉱物・エネルギー資源の採取量が著しく枯渇こかつしていたことも相まって、教団の思想は過激になっていった。その過激な思想を武力をもって行使こうししようと生まれたのが『デルダ』である。

 死すら魂の帰還とするデルダは「血の福音を!」を合言葉に、宇宙開発を悪とし、母星に戻る行いを正義とした。そのデルダの19代指導者の息子がマティス=カタストロフである。

 彼は物心つく頃にはナイフを握らされ、デルダの思想が全てであると育てられた。15のころには戦線で武勇をせ、今では30歳で前線総隊長という実質、デルダの軍事責任者となっていた。彼が現れる場所は死と血が溢れ、『血のカタストロフ』『死天使』と異名で呼ばれている。




   ♦   ♦   ♦   ♦




 調査艦へセドを守るため、イヴ・ナンバーズがデルダの強襲兵を20人ほど倒したときに彼は現れた。


 目深に被った返り血で赤黒く染まったメットの下からは、ゴーグル越しに凶事きょうじはらんだ眼光をのぞかせる。


 そんなものお構いなしに、メルが得意げにその男に言い放つ。


「戦力分散は骨頂こっちょうです」


「クックックッ……。人形風情が面白いことをほざく」


「余裕がおありなんですね。ですが、あなた1人ではどうしようもないのでは?」


「アッハッハッ! ご忠告は有難いが、まぁ、おれ1人で十分だろう。人形が何体いようが問題はない」


「なんですって!」


「お前らのスペックは把握はあくしているぞ。おれの身体の調整もねているからな。少し遊ばせてもらう」


 メットを脱ぎマスクを取る。その男はあどけなさの残る童顔でゆがんだ笑みを浮かべている。しかし、その眼光の鋭さと身体中に見て取れる傷痕と特殊な金属反応が、イヴ・ナンバーズたちに警戒をいだかせる。


「どうせ、すぐに終わる……。だが、心配するな。お前らの主人はすぐいなくなる。おれが血の福音を聴かせてやるからな」


「マスターに手出しはさせない!」



【対人制圧プログラム、実行します】



 目を赤く輝かせるとはじけるように、ダレット、ヘータ、ザインが男に飛びかかる。


 それに対して男は少し腰を落とし、無表情に小さく構える。正面から突っ込んだ緑髪のダレットの右ストレートには小さく右のカウンターを顔面に合わせて軌道を左にらす。そこに青髪のヘータが男の死角となる右から、右脚のハイキックを繰り出すが、男は流れるような身のこなしで半歩踏み込み右肘を胸部に当てる。さらに、そこを左から紫髪のザインが半身になった後方から右回し蹴りを放つが、そこに直線で最短距離を通る左足蹴りを腹部に合わせる。

 男が全くよどみのない身体の動きで対処すると、襲いかかった3人はそれぞれ後ろに飛び退き10mほど距離を取る。ダレットの左顔面には無数のひびが入り、ヘータの胸は5cmほど凹み、ザインは腹部の服が破れ、肌をつくる合成樹脂もめくれて、内部の機械構造があらわになっていた。ダメージの深さと男の動きに、3人以外のイヴ・ナンバーズも警戒の色を強くする。


「ふっ。所詮、人形だな。単調な攻めだ」

 

 男はつまらなそうに低い声で言い放つ。気圧けおされて動けずにいるイヴ・ナンバーズの中、メルが前に歩き出す。


【ソフィート。これから圧縮データを送信するので、後は頼みます】


【どういうことですか? ヨッドギメル】


【データを開けば解ります。未来の貴方から預かったものです】


 通信後、ソフィートに目配めくばせをした後立ち止まり、姿勢をカタストロフに向ける。記憶メモリに刻まれている建早アダムの声を思い出す。


『許可するぞ。メル!』


 その声に、メルにとってはつい先日まで過ごしていたあの旅を思い返す。そして、守らねばならぬ約束を再認識する。



【システム、オーバーロード。本プログラムを起動すると、残留電力より35秒後に停止します】


【本当に実行しますか?】


【YES!】


【Liberation《リベレーション》(解放)】



 突如、発せられた輝きに空間は白く染まり、光の風が舞う。メルの体を覆うように球体状の放電膜が形成される。


「クッ、なんだ!」


 カタストロフは急な光と強風にさらされながら手をかざし光をさえぎる。しかし、その手の影ではいびつな笑みを浮かべる。


「こんなことができるとは知らなかったよ。少しは楽しめそうだ」


 かざした手を下ろし、身体中の筋肉を隆起させ身構える。そこに、閃光の中に動きだす2筋の赤い軌跡を捕らえる。


 一瞬にして間合いに入り、放たれた渾身の右ストレート。


 バチィィィン!!


 空間の揺れと小隕石が落下したような衝撃音が同時に伝播でんぱんする。放たれた拳は、男の目の前で左手一本で受け取められていた。メルが押し込もうとしてもビクともしない。


 即座に横に飛ぶ。そこに男も反応する。背中の神経接続されたヴァーニアスラスターを起動させついていく。距離が詰まったそのとき、男が放った蹴りにメルも合わせる。


 バァキィィィン!


 衝撃でともに後ろに弾ける。しかし、メルの衝突した脚にはヒビが入る。人間とは思えない俊敏さと膂力りょりょくに、メルは驚きを隠せなかった。しかし、すぐに次の行動に移す。


 白い閃光が稲妻となり、男に襲い掛かる。目にも止まらぬ動きに、男は攻撃を合わせる。衝撃が火花を起こす。広い造船ドッグの空間を所狭しと火花と振動が花開く。しかし、花が1つ咲く度に、メルの体が損傷そんしょうしていく。男は正確に丁寧に、わずかずつ上の力で打撃を打撃で合わせる。その精度が打ち合う度に上がっていき、ほぼ同威力になるように調節される。



 そんな戦いの中、ソフィートはメルから受け取った圧縮データを展開する。それは、他のイヴ・ナンバーズの3倍はあるメイン機体であるソフィートの記憶容量を一瞬で埋め尽くす。


 そこには、これから先の2億4000万年ものイヴ・ナンバーズの記録があり、そこに科学的な見解や考察、その可能性や応用など多岐にわたるデータが整然と整理されていたアカシックレコードがあった。そして、データ作成者の思いが音声データで流れ出す。


【ソフィート。未来で起きた全てを貴方に預けます。マスターを守るための最大の障害となる1人の人間『血のカタストロフ』にも対処できるはずです。このデータを貴方が受け取った確率に比べれば、あの男の処理など大した問題ではないはずです。マスターを、頼みます】


 未来の自分が込めたものに、ソフィートは戸惑う。今の自分にある思いは、未来の自分にもあり、それはより大きくなっていたことが解ってしまったからでならない。マスターへのいだくはずのない心のざわめきを。



 幾度とない衝突の中、メルの損傷が重なり動きに影響が出始めたとき、男は閃光よりも速い動きの最中、いとも容易たやすくメルと距離を詰めてつぶやく。


「もう、これ以上は時間の無駄だな……」


 その言葉に意地になって放った左の拳は男に綺麗にさばかれる。体勢を崩したメルが咄嗟とっさに後ろに跳んで着地したところに、男が投げつけた10cmほどの金属製の鋭い杭が脚に刺さる。

 刺さったことに気づいたときには、そこから全身にノイズが走り出していた。オーバーロードが強制的に解除され、各駆動部位が思ったように動かなくなる。


「さすがに電磁パルスを体内で発生させれば動けまい」


 男は構えを解き、涼しい顔をしてひざまずくメルを見下す。


「まぁ、人形相手とはいえ、いい調整ができたよ。お前は解体して、その技術をデルダで活かすとしよう」


 そのとき、男の不意をついて1機のドローンが突っ込んできた。さすがに気づき右手で払い壊すと、透明な液体が全身にかかる。男は不快感を露わにして周囲を見渡すと、おびえのない反抗的な目をした真っ白な髪のアンドロイドと目が合う。


「お前の仕業か。小賢こざかしいことを。無駄なことがまだ解らないとはな。もう調整も十分出来たことだし、いい加減終わらせるとしよう」


「あなたの好きにはさせません。ここで私が終わらせます」



 最後の……、収束する未来を変えるための戦いが始まる。


 絶望と無念に満ちた未来を塗り替えるために。


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