§ 5―4 刻の収束点



 艦のけたたましい警告音が響いている中、激しい頭痛に眩暈めまいが襲い、一瞬意識を失う。そして意識を戻すと、さっきまでの警告音が消え、静寂の中、聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「イヴ、大丈夫かい? 急に座りこんで」


 聞き慣れた、もう2度と聞くことができないと思っていた声……消えたと思っていた感情が奥底から噴き出す。まさかと目を開けると、そこには心配そうなこちらを覗き込むアダムの顔が現れる。


「ア……。アダム……。アダム……。アダム……」


「ど、どうしたの、イヴ? どこか体調でも悪いのかい? 医務室に行くかい?」


(あぁ……まさか本当にあなたにまた会えるなんて。支えてくれる手から伝わる体温を感じられるなんて。あなたの顔を見ることができるなんて)


 あふれだす感情に、ただただ流される。



【……イヴ様。……イヴ様。ヨッドギメルです。イヴ様】


 頭の中に唐突に、自分と同じ声に呼びかけられる。


【なに? だれ?】


【私です。ヨッドギメルです。急いでください。テロリストが来てしまいます】


【テロリスト?】


【周りを見てください。これからテロリストが襲ってきます】


 それを聞いて、あわてて周りを見渡すと、見覚えがある衛生都市ポートグリアの造船所の廊下だった。


「ここは?」


「何言ってるんだよ。これから父さんのところに戻るところだろ?」


 ハッとして、左手の薬指にある真新しい指輪を確認し状況を理解する。そして、これから起こることを思い出す。イヴは急いで立ち上がる。


「アダム! 急いで! 室長が殺されちゃうわ」


「急に何を言ってるんだよ?」


「いいから、とにかく急いで!」


 不思議がっているアダムの腕を強くつかみ、事務局へアダムを引っ張る。


 アダムの腕を引きながら必死に走る。思ったより長く感じる廊下の先に事務局のドアが目に入る。躊躇なくドアを開けると、すぐそこに室長がいた。


「室長!」


 と声をかけたところで、あの日見た黒ずくめの武装した4人が入ってきた。イヴの全身に戦慄が走る。


 そのときである。


 自分たちが入ってきたドアから、何かが飛び出し、通り抜け、武装した4人に向かっていく。



【対人制圧プログラム、実行します】


 オレンジ・金・銀のイヤリングをした3体の女性が目を赤く輝かせ突進していく。


【イヴ様。イヴ様の端末からソフィートに通信し、ヘット・ユッド・ヨッドダレットが間に合いました。すぐにヤコブ様とアダム様を連れて、ヘセドに向かってください】


 4人が銃口を彼女たちに向けると、彼女たちは高く飛び上がり、そのままそれぞれの飛び蹴りが、武装した3人の顔面に直撃する。残った1人がそれに慌て、一瞬たじろいだところに、金色のイヤリングをしたユッドが殴りかかり吹っ飛ばす。


「マスターを守るのが、私の任務です」



 テロリストたちが吹き飛ばされる光景を見て、イヴはすぐにアダムと室長に叫ぶ。


「テロリストよ! すぐにヘセドに戻って。お願い、早く!」


 そう叫ぶと、茫然としているアダムと室長の腕を引っ張って、イヴは必死にヘセドへ向かおうとする。2人もそれにあらがわず、のそのそと動きだす。



 事務局のドアを出ると、見慣れた白いイヤリングをした黒髪のソフィートが目を赤く輝かせ立っていた。しかし、視線はこちらを向いていない。彼女が見ている廊下の先をつられて見ると、新たに2人の武装したテロリストが現れた。


「お急ぎください」


 そうつぶやくと、ソフィートは側面の壁を走り、ものすごい勢いでテロリストに向かっていく。テロリストたちが発砲するが、その視界から彼女が一瞬消えた。そして次の瞬間、男たちの後ろに背を向けて立っている。ひっそりと小さく呟く。


「Elimination《エリミネイション》(排除)」


 同時に、2人の首からは血が噴き出し、悲鳴をあげることもできずに、その代わりに血飛沫ちしぶきを上げて倒れていく。



「速く! 急いで!」


「あぁ。とりあえず、急ごう。あれは例のテログループに違いない」


「そうだね、父さん。まずは調査艦に行こう」


 ようやく状況を少しは飲み込めたらしく、3人で走り出す。少しすると、助けに来た4人の彼女たちが後ろに付いて一緒に走っていた。


「イヴ。どうしてイヴは、テロリストが来ることが解かったんだ?」


 アダムにそう聞かれ、答えに困るが、急いでいるからか正直に答える。


「未来から来たから! だから、襲われるって知ってたのよ」


 それを聞いたアダムは目を丸くする。


「未来からって、さっきから一緒にいたじゃないか?」


「もう! 後で説明するから、今は急いでここから離れるのよ」


 走りながらイヴはアダムに振り向き、なみだ混じりに鋭い眼光を見せた。その瞳にアダムは言葉を失う。


「……わかった、イヴ。急ごう」




   ♦   ♦   ♦   ♦




 息を切らし走り続け、ようやく造船所のドッグまでたどり着くと、そこには、彼女たちが10体立ち並んでいた。ソフィートが後ろから呼びかける。


「マスター。全員でここは防ぎますので、早く艦を出港する準備をしてください」


「わかった、ソフィート。きみらも無理して怪我するなよ」


「イエス、マスター」


 艦の外にいる彼女たちも全員、赤く目が輝く。そして、彼女たちは黒髪から、それぞれのイヤリングの色と同じ色に髪の色を変える。


 ソフィートは白く、ベートは灰色に、ギメルはピンクに、ダレットは緑に、ヘータは青く、ヴァヴは黄色に、ザインは紫に、ヘットはオレンジに、テットは茶色に、ユッドは金に、ヨッドアリアは水色に、ヨッドベートはパステルグリーンに、ヨッドギメルは赤く、そして、ヨッドダレットは銀に。


【イヴ様は同じ顔を嫌がってますので、ソフィートに伝えて、せめて髪の色を変えさせました】


 未来から一緒に来たヨッドギメルが頭の中でそう報告する。見慣れた彼女たちを見て、イヴは少し気持ちが落ち着く。


【確かにこのほうが見慣れてるわ。ありがとう。ヨッドギメル】


【どういたしまして、イヴ様。それでは、私も今の身体にデータを転送して、ともに戦います】


【わかった。ヨッドギメル、あなた……死なないでね?】


【わかりました、イヴ様。アダム様のためにも死ぬことはできませんので】


 その言葉を残しイヴの端末から、メルは今の自分の身体に、今までの自分のデータを転送・上書きする。身体の感覚を少し懐かしみ、約束を胸に、他の仲間たちと歩を合わせる。



 14体のイヴ・ナンバーズが横一列に並び立つ。彼女たちの使命である、本当のマスターを守るために。


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