§ 4―7 夢物語
目が覚めると、まだ生きてることに絶望する。4度目の栄養失調から目を覚ましたイヴは、ふらふらとブリーフィングルームに歩いていく。席に座り、ぼーっとあたりを見渡すと、ふと、アダムが書いた詩を見つける。
『希望の歌を唄うのは、希望ある笑顔の旅人』
そのボードの前にのっそりと移動し、イヴは枯れない涙をまた流す。
「希望……。希望なんて何もないじゃない……アダム。どうして私を助けたの? あなたと一緒に死なせてくれなかったの? 天国に行ってもあなたはもういないでしょうね……。あなたも誰もいない世界で、わたしは何を希望にすればいいの……」
泣き崩れているイヴに、ソフィートが近づく。
「大丈夫ですか? イヴ様」
ソフィートを見て、イヴは睨みながら言う。
「なんであなたは私と同じ姿をしてるの? 鏡の中の自分が、何も知らずに動き出してるみたい。気持ち悪い! もうやめて、なんとかしてよ!」
「フェイスモデルを変えることは今現在、管理者にしかできません。髪の色であれば変えることができますが、髪の色を変えますか?」
「なんでもいいわ。いますぐ変えて!」
そう言われるとソフィートは、アダムにもらったイヤリングの色の白に、髪の色を変える。他のイブ・ナンバーズもすべて、ソフィートが通信し、イヤリングと同じ色の髪色に変えた。
「これでどうでしょうか。イヴ様」
「……そんなこと、できるのね」
「はい。お好きな色にできますが、これでよろしいでしょうか?」
「……それでかまわないわ」
少しだけ、本当に少しだけ、イヴの目に生気が戻ったのを感じ、ソフィートはある計画をイヴに提案しようと決心した。
コールドスリープから目覚めてからのイヴは、死ぬことに執着した。手首を切ろうとしたり、首を吊ろうとしたり、故意に食事を
アンドロイドたちには、管理者を遺伝子認証されている。相手の姿、形だけでなく、声紋、瞳孔、皮膚感などから99.9%以上の一致が求められる。テロに対する最先端のセキュリティがかけられていたのである。
このセキュリティがアダムの『イヴを守れ』という命令と合わさり、イヴにとっては呪いとなったのである。死ぬことも出来ず、希望もなく生き続けなければならない。元は明るく真面目で研究熱心な彼女を絶望に追いやり、精神を
♦ ♦ ♦ ♦
イヴを席に座らせてから、ソフィートは、ある計画の概要を決心して話し出す。
「イヴ様。1つ聞いてもらいたいことがあります」
「……なに?」
「はい。調査艦ヘセドからできる限りの周辺宙域を観測してみたところ、惑星カーサーと類似した環境をもつ惑星を見つけました」
「……それなら、生物がいるかもしれないわね」
「はい。巨大な爬虫類がいることは確認できてます」
さすがに、イヴは少し驚く。
「……信じられないわ。こんな状況で、そんな星を見つけるなんて。……皮肉ね」
「そこでですが……その惑星の生物の遺伝子を操作し、意図的に人類へ進化させます。そこにアダム様の遺伝子情報を反映されてはいかがでしょうか?」
イヴはこのソフィートの提案に、理解が追いついていかなかった。
「……どういうこと?」
「その惑星の環境は確かにカーサーと似ていますが、カーサーより温暖なことより、爬虫類の進化が
「……進化? ねぇ、どれだけの時間がかかると思っているの」
「およそ2億4000万年で人類まで進化すると予測されます」
「2億4000万年? 途方もない年月ね。ばかばかしい」
「この艦の重力変動磁気単極発電は半永久機関です。人類が進化されるまではイヴ様にはコールドスリープしてもらえれば、理論上は可能です」
「……私は半永久的に死ねないわけね」
「はい」
半永久的に死ねない。この現実にイヴは
「……理論上の成功確率はどれほどなの?」
「この艦が惑星カーサーの調査船に発見される可能性に比べたら、随分と高い確率です」
「……面倒くさい言い回しはやめて! 具体的な数字を教えて」
「わかりました。実際に対象惑星の環境と生物をしっかり調査してみないことには正確な値は得られませんが、今、解かる範囲では、0.32%と計算できます」
「……0.32%? そんなばかばかしい確率を信じて、2億年以上も生きろと言うの?」
「それ以外に方法がありません」
「……」
「……それで、どうやってその惑星まで行くの? この船は動けないのでしょ?」
「セルクイユに乗って私たちが行けば、片道であればたどり着けます」
「……片道? それじゃ、行ったら戻れないわけ? そんなことで2億4000万年もの間、どうやって進化を促すの?」
「私以外のアンドロイドを効率的に向かわせます。私はメインのアンドロイドとして、データの送受信を他のアンドロイドたちとできますし、イヴ様のコールドスリープや艦のメンテナンスもしなければいけませんので」
「……仮に計画が上手くいってアダムの遺伝形質が顕著な人類が現れたとして、どうやってそれを観測するの?」
「アンドロイドたちがセルクイユに乗って、当惑星に向かう際に、小型観測衛星を設置させます。その衛星の観測映像を受信し、そのデータから存在を確認でき次第、アンドロイドを向かわせます」
「……でも、片道しかセルクイユは使えないのでしょ? どうやって、その惑星からここまで連れてくる気なの?」
「それもこの計画の不確定性を示すところですが、現れた人類の文明レベルに頼るところが大きいのです。ある程度は現地に向かったアンドロイドたちに技術貢献をさせるつもりですが、宇宙に出れるほどの文明になったときに、アダム様の遺伝形質と類似する人類が発生してもらえないとこの計画は成功しません」
「……幸運が100ダースあっても足りそうにないわね」
「それら全ての要素を合わせた確率ですが、現状を変化させうる一番確率が高い計画です」
「……この計画が失敗したらどうなるの?」
「ここに隕石が衝突するまで、イヴ様はコールドスリープすることになります。それでも、隕石からイヴ様を守るために私は振る舞います」
「…………」
「私はここで永遠に生きなければならないのでしょ? そんなことが上手くいくとは思えないけど、やってみるといいわ」
イヴには、どうでもよかったのである。ソフィートが言うことなど、現実感のない、質の悪い冗談にしか感じていなかった。
「わかりました。では、この計画を実行します」
そして、イヴはまたコールドスリープの中で夢も見れない眠りについた。
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