§ 4―6 絶望のはじまり



 緊急発進後、4023年後。


 フワフワする……。意識が朦朧もうろうとし、全身が重い。何か意識をさわ立たせる音がなっている。温かい湯舟の中に沈んでいるような感じだ。少しずつその湯舟のお湯が抜けていくのを感じる。瞼を通して明るくなっていく。背中に何かが触れる感触がある。呼吸はしているが、口に何かを当てられているのか、音がこもっている。


 ゆっくりと目を開ける。まぶしい。目がくらむ。ぼやけて視界のピントがあわないが、何かのケースの中にいるのはわかる。ここはどこだろう? 頭が重く、思考が鈍っている。少しずつだが、思考にかかるもやが澄んでいく。そうだ。記憶にある。私がいるのは、コールドスリープ装置だ。アダムに説明された印象と一致する。コールドスリープ? 調査艦の中? なんで? ……アダム? 



 コールドスリープ装置の蓋が開き、そこにいたソフィートが話し掛ける。


「おはようございます。イヴ様。お気分はいかがですか?」


「う……。あなたは? 私?」


「私は、イヴ・ナンバーズ・ソフィートです」


「イヴ・ナンバーズ?」


「はい」


 そう言う彼女は、微笑んでいる。左耳の白いイヤリングが目につく。


「あぁ。アダムがあなたにつけた名前ね」


「はい。マスターにつけていただきました」


 アダムはまだ変えてないのね。後で、文句を言ってあげなきゃ。


「それで、アダムはどこにいるの? 呼んできてもらっていい」


「マスターは亡くなりました」


「亡くなった?」


「はい。決まりのどおり、マスターの死体は、コールドスリープしてあります」


「マスターって、誰のこと? アダムのことを呼んできてほしいのよ」


「マスターはアダム様です」


 ここでイヴのぼんやりとした意識がはっきりした。


「アダムがマスター……。亡くなった? 死んだってこと!」


「その通りです。イヴ様」


 それを聞いた途端、イヴは立ち上がろうとするが、身体が思うように動かない。必死に上体を起こし、周りを見ると、調査艦ヘセドのコールドスリープルームであることを理解する。


「ねぇ、アダムに会わせて。早く!」


「かしこまりました。イヴ様」


 ソフィートは、1つ横のコールドスリープ装置のパネルを操作すると、壁からゆっくりスライドして出てくる。イヴは必死に上体を乗り出し、そのまま装置から出て、って出てきた装置に近づく。



 装置の上面から、透明のケース越しに、アダムが液体の中で揺らめいていた。


「アダム? 死んでなんていないんでしょ? 眠ってるだけなんでしょ? 早く装置を操作してアダムを目覚めさせて」


「目覚めさせることはできません。イヴ様。アダム様は亡くなられています」


「何を言っているの? こうやって寝てるじゃない? いいから早く目覚めさせてよ!」


「目覚めさせることはできません。イヴ様。アダム様は亡くなられています」


「いいから! そんなこと聞いてないの! 早く目覚めさせなさいよ!」


「再度言いますが、目覚めさせることはできません。イヴ様」


「………………」


 理解していくのと同時に、涙が流れる。


「アダム……。アダム……。アダム……」


 彼の名を呼び続ける。


 止まらない涙とともに……。



 3時間後、泣き疲れたイヴをソフィートがブリーフィングルームに連れてきて座らせた。


 イヴに水を持ってくるが、一口も水は飲まず、机の上に置かれている。


「落ち着かれましたか? イヴ様」


「…………。アダムはどうして死んだの?」


「はい。アダム様は、イヴ様を艦に運ばれたときには、腹部を銃で撃たれてました。その後、イヴ様をコールドスリープさせるよう指示されまして、そのままコックピットへ行き、艦を出港させて、その場で亡くなっていました」


「…………。そう」


 イヴはうつろな目のまま、黙り込む。


「報告があります。イヴ様。今、当艦は小隕石の衝突により、エンジントラブルを起こし、メインエンジンに深刻なダメージを受けています。近くの衛星に緊急着陸をしました。メインエンジンの損傷は激しく修理不可能であり、指示をあおぎたいのですが」


「…………衛星? ここはどこなの?」


「はい。ケンタウルス座アルファ星A系を超え、宇宙方位、X:32.545度・Y:251.705度・Z:12.312度に4023年ほど標準速度で直進したところです」


「……4023年?」


「はい。航路プランがありませんでしたので、そのまま進行しました」


「……私は、4000年も眠っていたの?」


「そうです。イヴ様」


「……帰れる?」


「メインエンジンの損傷が激しく、現状、修理不可能です。修理できれば、来た航路をそのまま引き返せば戻れます」


「引き返すって、また4000年かけて?」


「そうです。イヴ様」


「……。合わせて8000年じゃ、帰っても私の知らない世界になってるわね。ふふふ」


 より深いうつろな目になり、イヴは小さく笑う。


「……アダムもいない。帰ることもできないなんて……」


 そのまま、イヴは続ける。


「もういいわ! ねぇ。私を殺してちょうだい」


「それはできません。イヴ様」


「どうして?」


「アダム様から、イヴ様を守れと言われておりますので」


「アダムはもういないの。私の言うことを聞いて!」


「管理者権限がありません。オーダー変更はできません」


「なんでよ! もういない。アダムはいないのよ!」


「申し訳ありません。イヴ様。変更はできません」


「…………。なんでよ……。私は死ぬこともできないの……」


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