§ 4―5 テロ



 調査艦ヘセドを出て、行きよりも2人近い距離でイヴと横に並んで、父のいる事務局に歩いていく。


「父さんにも、イヴと付き合うって伝えなきゃね」


「そうね。照れくさいけど」


「きっと、喜んでくれるよ」


 そんな話をしながら廊下を歩いていき、事務局のドアを開ける。すぐそばにいた父に声をかけようとした。



 そのときである。


 事務局の違う入口から、黒ずくめの武装した4人が入ってきて、マシンガンを容赦なく乱射した。事務局にいた人たちが、無慈悲に凶弾に倒れていく。


 2人とも突然のことに頭がパニックになり立ちすくむ。そうしてるうちに武装した1人とアダムの目が合う。こちらに向かって銃口を向けられ、やけにゆっくりとトリガーを引くのが見える。

 連続する銃声がする。何も出来ないでいるアダムの前に、咄嗟に父ヤコブが体を投げ出していた。父はおれをかばい、胸に手を当てながらもたれかかる。


「逃げるんだ……。アダム……」


「え……父さん! なんで?」


 父の身体からあらゆる力が抜けるのが分かった。信じられない光景だ。理解ができない。横のイヴを見ると、怯えた目で震えて立ちすくんでいる。さっきまでの自分と同じだ。


 父のおかげで我に返り、父の姿に決意する。


 何がなんでも彼女を逃がさなければ!



「イヴ! 逃げるぞ!」


 腕を掴む。強引に引っ張る。今来た道を無我夢中に引き返す。調査艦ヘセドに戻らなければ。


「イヴ。急いで」


「室長が……。なんで……」


 恐怖で気が動転してる彼女の手をつかみ、必死に引っ張りながら走る。後ろから銃声と悲鳴が止むことなく聞こえ続けている。兎にも角にも、ここから離れなければ。



 息を切らし、イヴを無理矢理走らせ、何とかヘセドのある造船ドッグまで辿り着く。もう少しだ。

 調査艦の入口に入ろうとしたとき、やつらがドッグに侵入してきた。人数が増えて8人はいる。相手もすぐにこちらに気づき、マシンガンを容赦なく撃ち始めた。彼女を急いで艦内に押し込む。


「グハッ!」


 腹に激痛が走る。背後から脇腹をとらえた痛みが、すぐになんらかの臓器の痛みに変わる。それでも何とか艦内に倒れこむと、ちょうど銀色のイヤリングをしたアンドロイド14号ヨッドダレットの姿が目に入る。彼女を見つめ、息も絶え絶えに命令する。


「ヨッドダレット……。クッ。外にいるやつらを船内に入れるないでくれ!」


「イエス、マスター」


 ヨッドダレットは手に持っていた荷物を躊躇なく放り、急ぎ艦の外に飛び出る。イヴは無理やり艦に押し込んだ拍子ひょうしに倒れ、頭を打ち気絶してしまったようだ。脇腹の痛みに悶えながら艦の扉を夢中に閉め、イヴを抱え、艦内の奥に血の跡を残しながら歩を進める。


 ブリーフィングルームにたどり着いたところで、座って作業していたソフィートがこちらに気づき、走り寄る。


「ソフィート。ウッ……」


「アダム様! 大丈夫ですか。すぐに処置します」


「そ、それはいい。イヴを治療してコールドスリープさせるんだ。ウッ……。そして、何があろうと彼女を死なせてはだめだ。何としても全員で守り切るんだ!」


「イエス、マスター」


 ソフィートは、そっとイヴを抱えていく。アダムはそれを見送る。まだやらなければならないことがある。アダムは必死に頭がおかしくなるような激痛の腹部をおさえ、流れ続ける血を感じながら、コントロールルームに向かった。




   ♦   ♦   ♦   ♦




 ヨッドダレットが艦の外に飛び出ると同時に、唐突に左腕に銃弾を受ける。撃たれた腕を押さえ、弾道の先に視線を移す。8人の武装したヒトを確認し、制圧対象であることを認識する。



【対人制圧プログラム、起動します】



 目が赤く輝く。そして、へセドに駆け寄ってくる武装集団に突っ込んでいく。無数に襲いかかる銃弾が次は腹を撃ち抜く。それでも止まらない。一番前にいる男を右ストレートで殴り飛ばす。他の7人も瞬く間に倒すと、またドッグには武装した4人が入ってきて銃を乱射する。必死に避けるが、今度は右足を撃たれる。ここでソフィートから通信が入る。



【マスターよりオーダー。イヴ様を守りなさい。死なせてはなりません】



 それを聞き、ヨッドダレットは目にさらなる決意を込め、また武装した4人に向かっていく。右足の損傷によりバランスを崩しながらも、持てる力全てで突っ込んでいく。


 一番近い敵を、左ストレートで殴り倒す。しかしその後、右足で踏ん張ろうとするが制御か効かず滑って倒れてしまう。そこを、残りの敵が銃を発砲する。胸と腹に銃弾をさらに受ける。が、左足に力を入れ思い切り前に飛び、左腕で殴り倒す。さらに近くにいたもう1人に向かい、左足一本で飛び、顔面に膝を入れて吹き飛ばしながら床に倒れこむ。


 残った一人も倒さねばと急いで立ち上がろうと片膝をついたとき、その一人が重たい口を開き低い声で話しだす。


「そうか、おまえが噂の新型だな。対人制圧プログラムが特例として組み込んであるのは本当だったみたいだな」


 男は目深に被った赤黒いメットを乱暴に取り、ゴーグルとマスクを脱ぎ捨てる。そこには、手入れされずに伸びた栗毛の髪に、低い声からは想像できない20代と思えるようなあどけなさが残る顔があった。


「丁度いい。おまえで試してみることにしよう」


 歪な笑みを浮かべて男は素手で身構える。ヨッドダレットも目を赤く輝かせながら立ち上がり構える。一瞬の静寂の後、ヨッドダレットが動く。


 一気に突っ込んで繰り出した左拳は、いとも容易く男の右手で受け止められた。男の笑みは消え、つまらなそうに呟く。


「……所詮、アンドロイドはアンドロイド。この程度か……。それにしてもワンパターンだ。もう少し工夫してもらいたいもんだ」


 ヨッドダレットは危険を察して後ろに飛んで距離を取ろうとした。しかし、下がったところを容易に距離を詰め、男は右拳を振るう。顔面にクリーンヒットし、ヨッドダレットは殴り飛ばされる。その拳の威力は尋常じゃなく、殴られた顔面は破損し、赤い目の輝きを明滅させる。


「研究所で手に入れて移植した、人工筋肉繊維は大したものだな。危険を犯して全身に移植しただけのことはある」


 表情を変えずに、腕を回して自分の身体の調子を確かめている。


「これだけの力があれば、我らの母たる惑星カーサーへの人類の帰還も果たせそうだ」


 また男の口元に歪な笑みが浮かぶ。その隙にヨッドダレットはなんとか身体を起こし、力を振り絞って左脚で跳び、動く左腕も使い、側転しながら男と距離を取る。そこに落ちている武装兵のマシンガンを拾い、間髪入れずに男に向かって撃つ。


 カンッ! カンッ! カンッカンッ!


 確かに当たっている銃弾は、乾いた音を響かせ跳ねていく。当たった肌には、微かに擦れた跡が残っているだけで、男の表情は何も変わらない。


「ふむ。硬度はまだ上げられそうだな……」


何度か被弾した右腕の手のひらを開閉し、具合を確かめている。


 もはやヨッドダレットに打つ手がなかった。ソフィートに送り続けているオーバーロードの許可も、マスターからの許可が得られないとの返答だけ。それでも、それでもマスターの命令を守る。艦にあの男を近づかせてはならない。それが叶わないなら、せめて0.1秒でも長く足止めを……


 マシンガンで弾幕を張り続ける中、男は滑らかな動きで回避しながら歩み寄ってくる。それでも撃ち続ける……バァバァバァバァ……カチッ! 弾が無くなった音を合図に男を瞬く間に間合いを詰め、左腕で首を握り、締め、持ち上げる。


 そのとき、へセドのエンジンが動き出す。


「チッ! 遊び過ぎたか」


 動き出す艦を見て安堵した瞬間、鈍い音とともに接続が切断した。最後にレンズ越しに映された映像には、下から上に見切れていく男の顔だった。


 


 アダムは腹の痛みを堪え、なんとかコントロールルームに辿り着く。なんでもいい、艦を動かさなければ。メイン操作パネルに向かい、血を流しながらよろめき倒れ込み、震える指で慎重に操作をする。脳のマイクロチップを使い、ソフィートに連絡する。


【ソ、ソフィート。イヴは、イヴはコールドスリープできたか?】


【アダム様。今、イヴ様を処置して装置に入れ、緊急冷凍しております】


【わかった。こ、これから、エンジンを、起動するから、後は頼んだぞ。何があっても、何が起きても、イヴを死なせないでくれ、頼む】


【イエス。マスター】


 艦の航路をまだ入力していないが、そんな時間はない。どこでもいい。ここにいては、やつらに殺されてしまう。


 アダムは朦朧とするなか、エンジンの操作パネルに手を置き、起動させ、艦を緊急発進させた。




 頭部を切り離された壊れたアンドロイドを男は必要なく、必要以上の力で踏みつけ、動き出した調査艦を眺める。そのとき、男の仲間が駆け寄り、右拳を心臓の前に置く敬礼をする。


「カタストロフ隊長。施設爆破の準備、整いました」


「わかった。しかし、こちらはターゲットに逃げられてしまったよ」


「た、隊長がですか! それは珍しいですね」


「まぁ、術後の身体の調整も兼ねていたが、そっちは概ね良好だよ。それに、あの艦に乗っているのは死にぞこないの男と小娘一人。本来の調査など出来やしないだろう。目的は達しているよ」


 男はもう一度、先程より力を込めて、転げ落ちた頭部を踏みつけ粉々にする。


「よし。爆破して引くぞ」


「はっ。血の福音を!」


 男の部下は駆け足で引き返していく。男は今一度、出航した調査艦に目を向ける。


母星ははの祝福を忘れた愚かな人類には聴かせてやらねばな……血の福音を」


 男は身を翻し、無の表情で歩き出した。




 艦は動き出した。アダムは安堵し、最後の命の火を焚べて維持してきた執着が霧散していく。もう、視界がぼやけて、何が見えているのかすら、認識できない……。最後に思い浮かんだのはイヴの笑顔。


「はぁ……はぁ……イヴ……きみだけは、きみだけは、どうか、どうか、生きてくれ……」


 操作パネル上に半身を伏せ、ゆっくりと目を閉じる。記憶に残るイヴの姿を瞼の裏に映す。その姿すら薄れていき、アダムの意識はついに無となる。


 しかし、調査艦ヘセドは真っ暗で何も見えない空間を、当て所なく、ただ加速し進みだした。


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