§ 4―4 希望の詩
出発予定、3週間前。
父ヤコブが造船所の事務局の窓口に書類を提出するので途中で分かれ、イヴと一緒に、調査艦ヘセドに向かっていた。イヴの機嫌は悪いままだ。
「用って何なの?」
「少し見てもらいたいものがあってさ」
「ふーん」
会話が続かない。こんな調子がずっと続いていた。
会話もなく、艦内に入りブリーフィングルームに着くと、イヴ・ナンバーズが14人、壁沿いに並んでいた。
「はぁー。まだ私の顔変えてないの?」
「うん、イヴ、ちょっとそこに座ってもらえないかな?」
「なに? すぐに顔変えてよね」
彼女はイライラしながら、机の端の席に座った。そして、アダムはイヴの前に立つ。
「何なの?」
彼女が冷たく言う。
「イヴ……。あの、これを、もらってくれないかな?」
アダムは上着のポケットから、小箱を取り出し、イヴの前に差し出す。
「何よこれ?」
イヴは受け取って、小箱の蓋を開ける。
「これって、指輪? ……なんで?」
「イヴに喜んでほしくて。なんか、今のままじゃ嫌なんだよ」
「それでこれを私にくれるの?」
「うん。イヴに似合うと思ったからさ」
イヴは指輪を取り、少し眺めてから、左手の薬指にはめる。
「どう?」
指輪を見せるように手を見せ、こちらを見ている。
「やっとこっちを見てくれた。思った通り似合ってるよ」
イヴは久しぶりに笑顔を見せる。
「私もそう思うわ。ふふ、アダムが指輪をくれるなんて思わなかったわよ」
そう言う照れた彼女は、今までで一番かわいく見えた。気づいたら、彼女の左手を握っていた。
「ねぇ、イヴ。ぼくとつきあってくれないか?」
彼女もこちらを見ている。
「……。まったく……。遅いのよ」
笑顔の瞳は、ウルウルしていた。そして、彼女を抱きしめた。
「緊張したよー。喜んでくれたイヴを見てたら、抑えられなくなってさ」
「私だって、早く仲直りしたかったけど、意地になっちゃって。ごめんね」
「こっちこそ、ごめん。きみを困らせるつもりはなかったんだけどさ」
「もう、わかったからいいわよ」
そう言い、そっとくちづけした。
しばらくして離れると、アダムは照れくさく、鼻の頭を掻く。イヴも照れている。アダムはじっとしていられず、ルーム内の壁にあるボードに向かう。そこに書きなぐる。
『希望の歌を
「それって何の詩?」
「昔、母さんに読んでもらった絵本に書いてあった詩なんだ」
イヴは優しく微笑んでいる。イブも母とは仲が良かったから、癌で母が早くに亡くなったときの痛みを知っている。
「冬の森の中、食べ物がなくてしょぼくれてる熊がいて、家族がいなくなったウサギがいて、病気に苦しんでいる馬がいるんだよ。そこに旅人が来て、陽気に歌い出すんだ。それを聞いていた動物たちが旅人の唄を聞いて顔を上げると、森は緑が茂り、花が咲き乱れる春になってて、熊は魚を見つけて、ウサギは家族に出会えて、馬も元気になる。そんな絵本だよ」
「ふふ。幸せな絵本ね」
「うん。なんかずっと印象に残ってて。こんなに嬉しい気持ちの今なら、きっと、今度の調査も、希望に満ちたものになると思うんだよ」
「アダムらしいわね。フフフ」
しばらくして父の元に行く前に、イヴ・ナンバーズたちにお礼をする。
「マスター。これは?」
「お礼だよ。指輪を買いに行ったときに、ついでに買ったんだ」
アダムは彼女たち全員に、色の異なる同じ形状のシンプルな装飾のイヤリングを渡した。
「ありがとうございます。アダム様」
そう笑顔で言い、イヤリングを全員すぐに左耳に着けた。
それを見ていたイヴが、呆れ顔で言う。
「ねぇ、アダム。そろそろ私の顔をやめてもらえない?」
「イヴに囲まれてしあわせなんだよ」
「あら、私1人じゃしあわせじゃないの?」
「はは。しあわせです」
「じゃぁ、いいわよね。アダムが変えないなら、私が変えるから」
「管理者のおれじゃないと変えられないよー」
「あ! もう、だからアンドロイドの納入のとき、あなたが立ち合ったのね」
「バレちゃいました? ラルクたちが来る前には、ちゃんと元に戻すから」
「見られたらずっと言われるわよ?」
「それは嫌だな。調査中も言われそうだよ」
イヴ・ナンバーズに荷物の整理をお願いして、調査艦ヘセドをイヴと出た。
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