§ 4―3 調査準備



 出発予定、6週間前。シリス・衛星都市ポートグリア。



 この日、アダムはIBI(国際宇宙生物調査機関:International universe Biology research Institution)の高度医療遺伝子研究室の室長の父の代わりに、まだ調整が済んでいない、第8惑星カプリへの第6次調査船ヘセドに乗り込んでいた。船に14体のアンドロイドが納入されるのを受領するためである。


 このアンドロイドは、宇宙船の操船、管理だけでなく、現地での調査の補佐の役割もになう。それだけではなく、料理や掃除などの生活面でのサポート、通信機能、管理者の意図を判断し、人間らしい応対をする疑似人格を持つ最先端コミュニケーションAIなど、人間と言われても区別ができないようなスペックを持っている。



 事前に業者と話をしたときに、こっそりと面白いことを仕込んでおいたので、アダムはこの日を待ち遠しく思っていた。この悪だくみは、アンドロイドの外見を決めるときに思いついたもので、そのために髪の長い女性のモデルを選んだ。顔や肌の色、髪の色などは、後で定型のものから、好きに変えることができるシステムがある。閉鎖的な宇宙船の中での、搭乗員のストレス緩和かんわの目的で作られたシステムだ。



 調査艦ヘセドで今か今かと待っていると担当者から連絡がきたので、艦の中央にあるブリーフィングルームに運んでもらった。事前に話をした業者の責任者が来ていたので、受領の最終確認をしながら話をする。


「アダムさん。このアンドロイドには、1つ新しいプログラムが組まれてまして」


「え、十分な機能だったと思うんですが?」


「そうなんですけど、最近、テロ事件が多いじゃないですか」


「そうですね。毎日、ニュースでさわいでますよね」


「えぇ、それで、政府側から指示がありまして、テロ対策用のプログラムが導入されることになったんですよ」


「なんか物騒ですね」


「まぁ、テロリストが艦にもぐり込んで、武力行使などされる可能性もあるということでして」


「確かに、そんなことも想定できますよね」


「えぇ。それで急遽きゅうきょ、対人制圧プログラムを組み込みましたので、覚えておいてください。まぁ、搭乗員を間違って襲ったりとかはしないようにしてありますので安心してください」


「わかりました。急遽ってことは、大変だったでしょ?」


「いきなりでしたからね。プログラマーたちは徹夜で対応しましたよ」


「それは、お疲れ様でした」


 そんなことより、アダムには気になることがある。


「それで、お願いしておいた、フェイスモデル。できました?」


「もちろんです。結構、こういう依頼は多いので、問題なくできてますよ」


「ありがとうございます」


 作動確認をし、そのチェックを済ませ、業者は帰っていった。



 アンドロイドたちは、基本、光発電をしており充電はほとんどいらないのだが、定期的に艦内の充電スペースで充電をする。艦内での充電をしなくても、10年以上作動していられるとのことだ。



 搬入され次第、荷物の整理などをしてもらうことになっていたが、アダムは早速、楽しみにいていた機能を試してみることにした。


「システム、オン」


 先ほど起動確認時に管理者登録しておいたので、音声入力をする。14体のアンドロイド全機の電源が入る。14体のメインとなる、服にナンバー1と記載してあるアンドロイドが話し出す。


「起動しました。こんにちは、マスター」


「はい、こんにちは」


 一般的な音声の挨拶が聞こえてきた。


「それでは、システム・フェイスモデル・チェンジ」


「どのモデルにしますか」


「セレクト・イヴ」


「イエス、マスター。設定を変更します」


 そう言うと、そのアンドロイドの顔はイヴそっくりになった。


「おぉー。ここまでそっくりとは……。いい仕事するね」


 と感動してうなり、アンドロイドの顔をまじまじ眺める。


「そんなに見られると、困ります」


「すごいな。そんなことまで言うんだ」


「このほうが、マスターも接しやすいかと思いまして」


「うん、まるで本当のイヴに言われてる気がするよ」


「その、イヴ様は奥様ですか?」


「いやいや、まだそんな関係じゃないよ。そうなりたいとは思ってるけど」


 アダムは照れて、鼻の頭をく。


「全員、同じようにイヴの顔にすることってできるかい?」


「可能です。マスター」


「じゃぁ、ちょっとやってみてもらっていいかな」


「イエス、マスター」


 すると顔がみるみるうちに、全員イヴの顔になる。


「これはすごい……」


 イヴの顔をした14体のアンドロイドが、アダムを見つめている。さすがに好きな人が14人もこっちを見てると照れずにはいられない。


「そ、そういえば、きみらをそれぞれなんて呼べばいいかな?」


「お好きなようにお呼びください」


 彼女たちの服にはナンバー1~14まで数字が書いてあることに着目する。


「んー。じゃぁ、きみは『ソフィート』と呼ぶよ」


「わかりました。どのような意味があるのですか?」


「昔使われてた言語で、数字の1を表してるんだよ」


「そうなんですね」


「じゃぁ、全員に名前をつけないとな」


 そう言うと、ソフィートから順番に、ベート、ギメル、ダレット、へータ、ヴァヴ、ザイン、ヘット、テット、ユッド、ヨッドアリア、ヨッドベート、ヨッドギメル、ヨッドダレット。と14体すべてに数字の順に名前をつけていった。


「ありがとうございます。マスター」


「ソフィート。感謝するときはちゃんと笑顔で言わないとだめだよ」


「笑顔ですか?」


「そうそう。笑ってみて」


 ソフィートは、口角を上げて笑ってみた。


「口だけで、目が怖いって」


「では、こうですか?」


 なぜか目を見開いて口角を上げている。


「それじゃ、変顔だから。……はぁ」


 アダムは全員に、最初に笑顔の仕方を教えることになった。




   ♦   ♦   ♦   ♦




 この星の人々の通信手段として、耳の裏側にあるスロットにマイクロチップを入れることにより、端末を持たなくても送受信することができる神経接続型マイクロデバイスを用いていた。目を閉じるとまぶたの裏をディスプレイに見立て、映像などを見ることもできる。このとき意識することで、そのときに脳を伝達する光子を観測し、イメージのままに情報を操作することができる。瞼を閉じないときは、専用の携帯端末を使って操作するよう切り替えることもできる。たとえば通話するときは、脳で聞いて、口から出る言葉を相手に送ることもできる。脳で考えていることが直接伝わってしまうのは困ることも多いことから、機能の切り替えや一部併用して使用できるようになっている。また、他民族とのコミュニケーションを可能にする自動言語変換機構や記憶をデータ保存しておける思考記憶なども自動で行う。



 出発予定、5週間前。



 父のヤコブ=ニールセンと先に調査に出る準備のため、先行し訪れていたが、10日遅れでポートグリアに来たイヴ=アストラエラをアダムは迎えに来ていた。


 オービタルリングからここまでは移送船で4日ほどかかる。彼女を無事、宇宙港で出迎え、車に乗って宿泊しているホテルに向かっていた。


 久しぶりに直接見る彼女は、長い黒髪を風にたなびかせ、いつもの研究室の服装ではない、ロングスカートで落ち着いた装いが、普段より綺麗に見えた。


「どう。準備は順調?」


「今のところは、特に遅れもなく進んでるよ」


「ホントに? アダムはすぐ遊びだすから、全然進んでないと思ってた」


 さすがイヴ。遊んでいることはバレているようだ。


「そ、そんなわけないじゃん。この調査は人類の未来がかかってるんだから」


「ふーん。ラルクから聞いたけど、搭乗するアンドロイドに、随分興味があるみたいじゃない?」


 本当におしゃべりが好きなやつだ。すぐにペラペラしゃべってしまうんだから。


「いや、そんなこともないけど、いろいろ高性能ですごいんだよ。テロ対策用のプログラムとかも組み込んであってさ」


「よかったねー。テロがあっても、綺麗な長い髪のお姉さんアンドロイドに守ってもらえるのね、アダムは」


 女性型にしたのも、髪が長い仕様を選んだのも、すべて知っているようだ。


「いや、特におれが選んだってわけじゃなくて、業者のほうが進めてきたからさー」


「ねーねー、アダム。あそこにあるレストランって今、パンケーキがおいしいって人気になってるんだって。食べたいなー」


 彼女は、にっこり笑っている。こんなときは、逆らわないのが一番だ。


「う、うん。おれも食べたいなーって思ってたところだよ」


「アダムのおごりだからねー」


「はい……。わかりました」


 10日も会ってなかったが、イヴは何も変わらない様子だ。「寂しかったわ」って抱きついてくる可愛さがあってもいいのに。



 イヴ=アストラエラは29歳で、研究室の先輩研究員だ。綺麗な長い黒髪で、整った顔立ちをしている。仕事をしてるときはメガネをかけているが、普段はメガネを取り、髪も縛らない。


 おれが学生時代から父の研究室にいて、母のいないおれにとっては、最初、気さくに接してくれる彼女のことを姉さんのように感じていた。

 その後、同じ研究室で働き出してから、彼女の研究成果やその姿勢を見て、尊敬し、いつしか、横に並べる存在になれればと思うようになっていた。




 出発予定、4週間前。



「なぁ、イヴ・ナンバーズのみんなは、どうするのがいいと思う?」


 ダレットは「花束を贈ってみてはいかかですか、一般的かと」と提案し、ヴァヴは「景色のよいレストランにお誘いしてはいかがですか」と勧めてきて、ユッドは「優しく抱きしめてあげるのがよろしいかと」と、それぞれ好き勝手言ってきた。

 アンドロイドたちに組み込まれた擬似人格プログラムが、それぞれの個体ごとに異なることから、性格ごとに返ってくる答えが違う。


 イヴの顔をした1~14の名前をつけた彼女らを、おれはイヴ・ナンバーズと呼んでいた。アダムは暇を見つけては、彼女たちの声を録音しておいたイヴの声に変えたり、料理の味は濃いめがいいとか、困ったら笑顔をしておけば大丈夫などの人間らしいコミュニケーションを伝え、面白半分にいろいろ教え込んでいた。



 昨日、イヴが急に調査艦ヘセドに来た時である。アンドロイドたちにイヴと同じ顔をさせていたことがばれてしまった。


「なんで私と同じ顔なのよ!」


「いや、いろいろできるみたいだったから、ついつい」


「手伝いに来たんだけど、必要ないみたいね。私が何人もいるなら大丈夫ね」


「そんなことないって」


「それじゃ、私もやらなきゃいけないこと思い出したから帰るね」


 と怒って帰ってしまった。今朝になっても「調子に乗ってしまって、ごめん」と謝っても「ふんっ」と、ご機嫌は斜めのままだった。そんな感じで、アダムは落ち込んでいて、また、彼女たちはどういう返しをしてくるのかな? という興味もあり、イヴ・ナンバーズに試しにイヴと仲直りする方法を聞いてみた次第だ。



「抱きしめるなんて、そんなことできたら困ってないって」


 どこのデータから持ってきた情報なんだ?


「指輪をプレゼントされてはいかかですか」


 そう言ったのは、ユッドギメルである。


「それはもうプロポーズだよ。まだ付き合ってもないのに、それは早いんじゃないのかな」


 鼻の頭を掻き、照れながらそう答える。


「私なら嬉しいですよ、アダム様」


 と覚えた笑顔で指輪案を推してくる。まるでイヴ本人が言ってる気がして、指輪なら喜んでくれるかも。とうっかり思ってしまった。


「指輪なんて買ったことないからなー」


 そう言うと、ヨッドアリアがブリーフィングルームのディスプレイを起動させる。


「こちらの指輪が今、人気とのことです」


 ピンクの宝石がついた、かわいらしい指輪が映し出される。アダムはヨッドアリアの顔を見る。


「んー。ちょっと違うかなー」


 次々とイヴ・ナンバーズは、我先にとディスプレイに指輪を映し出していく。その中で、ザインが移した、シンプルで濃いオレンジ色の宝石がついた指輪に目が留まった。


「ザイン。それ、いいかも」


「お気に召したみたいで、嬉しいですわ」


「どこに売ってるかな?」


「今調べてみますね。……宇宙港のそばのジュエリーショップで売ってるみたいです」


「そっかぁ。とりあえず、プレゼントしてみるかな」


「ついでに、愛の告白もなさったらいかがですか?」


「そういうのは、自分のタイミングでするよ」


「そうですか。きっと上手くいきます」


「ふっ。まぁ、ありがとう、ザイン」


 興味本位で聞いてみたのに、すっかり指輪をプレゼントすることになってしまった。でも、これなら、仲直りのきっかけになるかもしれないと思い、彼女たちにすっかりその気にさせられ、明日買いに行くことにした。


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