§ 3―9 脱出



 船内が揺れる。カールの脇で座り込んでいるメリダを横目に、マリアのもとへ向かう。


「マリア!」


 彼女に近づき、血まみれの身体を抱え、揺する。


「ウゥ……」


 まだ生きてる! しかし、出血が酷い。


「マリア! しっかりしろ!」


「ウゥ……」


 意識を失っているのか。すぐに処置しなければ。


「エマージェンシー。エマージェンシー。デトネーションエンジン2号機、3号機に重大な異常を感知しました。エマージェンシー。エマージェンシー……」


 警告を告げるアナウンスが響く。デトネーションエンジンだと。道理でこの巨大な宇宙船がこれほど揺れるわけだ。もう修理も間に合わないだろう。早く脱出しなければ。


 また船内が大きく揺れた。誘爆しているのだ。


「ウゥ……。アダム、なのね」


「マリア。大丈夫か。待ってろ。すぐに助けるから」


「フッ。あなたらしくないわね。解かってるでしょ? もう間に合わないわ」


 くっ。そんなことは嫌でも解かってしまう。それでも、どうしても、マリアを助けたい。


「私を置いて、あなたは逃げて……。私はあなたを殺そうとしたむくいを受けなきゃ……」


「きみのせいじゃないだろ」


「あなたが、生き延びてくれれば、私も報われるの……。ねぇ、今度は私のわがまま、聞いてよ。アダム……」


 昔の彼女の泣き顔が思い浮かぶ。アダムは血が出るほど歯を食いしばる。彼女をそっと優しく床に寝かせ、立ち上がる。


「マリア……。きみとまたコーヒーを飲みたかったよ」


 そう言い残し、彼女に背を向け、走り去った。


「あなたたちのことをもっと早く知ってたら、船になんて乗せなかったのに……。あなたと一緒に食べたフレンチトースト。美味しかったなぁ……」


 彼の背を見ながら昔のしあわせだったときを思い出し、彼女の意識を途絶えた。



 揺れはさらに強くなり、誘爆していく。


「アダム様。まっすぐ小型船に向かわなければ間に合いません」


「だけど、ミランダ達がまだいるんだぞ」


「もう、エンジンルームは大破しているかと」


「クッ」


 そんなことは解かっている。解かってしまう。自分の状況判断能力を呪う。どうしようもなく、脱出用の小型船へ走る。その道すがら、マリアの飼っていた黒猫を見かけたので、抱きかかえて連れていく。


 小型船に乗り込みマリアから渡されたカードキーを使い、起動させる。自衛隊の時に乗った小型船と作りはほぼ同じだ。ロックを解除し、エンジンを起動しレバーを引き、エンジンを作動させる。小型プラズマエンジンが動き出し、小型船が動きだす。急発進し、加速を続け、なるべく調査艦ホルスから離れる。と、そこで大きな爆発が起き、その爆風で船が揺れる。



 一息つき、窓から宇宙を眺める。そこには、星々が輝き、木星が鮮明に見え、目的地の衛星イオは目の前にある。この小型船でもたどり着けそうだ。大破したホルスがどうしても目に入る。膝の上の黒猫を見てマリアのことを思い出す。


 救えなかった。マチルダも、他の整備士たちも、船に乗っていたすべての乗組員を……。


「アダム様」


「あぁ。解かってるよ、メル。少し、少しでいい。待っててもらってもいいかな?」


「イエス、マスター」


 膝の上のニャルが「ニャァー」と鳴くので、頭をでる。その手の甲に水滴がしたたる。


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