§ 3―8 神の反逆者



【対人制圧プログラム、起動します】


 メルが目を赤く輝かせると、黒いアンドロイド・ナハスに向かっていく。ナハスも目を赤く輝かせ、ドームの中央で相対する。


 メルは勢いそのままに右ストレートを放つがかわされる。即座に、身体をひねり後ろ回し蹴りを出すが、ナハスは左腕でその蹴りを受けとめる。メルは後ろに飛び、距離を取り体勢を整える。


「すばらしい。すばらしいよ、マリア。ついにオリジナルを超えるときが来たぞ」


 マリアは何も反応せず、こちらを見ていた。



 メルが何度も攻撃を繰り出しているのに、ナハスは最小限の動きでメルの攻撃をさばく。何度目かの攻撃時、メルは右手を背中にもっていき、隠していた超振動ナイフでナハスに切りかかると、ナハスの頬に一筋の傷が刻まれた。


「ラルヴァンダードが使っていた超振動ナイフか。小癪こしゃくなものを持っていたか」


 カールの口元がわずかにゆがむ。


「もういい。十分だ。そろそろ動きを止めてやれ!」


 そう言われて、またマリアが何かを操作する。



【重力制御ユニット、起動】


 ナハスの紋様もんようのようなものがさらに身体中に現れ、青い光の筋が浮かび上がっていく。そこから青黒い光があふれ出る。

 その瞬間だった。ナハスが動いたと思った途端、メルのナイフを持った右腕を引きちぎっていた。無表情に引きちぎったその腕を遠くに投げ飛ばす。


「メル!」


 そう呼びかけた瞬間、ナハスがさらに動くと、今度はメルの左脇腹をえぐっていた。それでも、メルは必死に跳び下がる。着地と共に膝をつく。


 あまりのことに唖然あぜんとしているところに、メルの声がDVR端末から流れ出す。


「マスター。オーバーロードの許可を!」


 オーバーロード? よくわからないが今はメルの言う通りにするしかない。


「許可するぞ。メル!」


「イエス、マスター」



【システム、オーバーロード。本プログラムを起動すると、残留電力より26秒後に停止します】


【本当に実行しますか?】


【……YES】


【Liberation《リベレーション》(解放)】



 膝を付いていたメルが突然、白い光に包まれ、空間を白一色に染める。太陽のように光が放たれ、質量を持った光が激しい気流を作り暴風がうねる。メルの赤い髪もボロボロになった服もたなびかせ、メルを中心に球体状の膜のような放電が起きている。それはまるで、神話の天使のようだ。


 一瞬ひるんだが、即座にナハスは飛びかかる。しかし、今度は攻撃を避けきり、メルは背中に後ろ回し蹴りを逆に食らわせる。あまりの衝撃にナハスは吹っ飛んでドームの壁に衝突する。しかし、衝突したと同時に、立ち上がった煙の中、ナハスはまた高速でメルに向かい突進する。勢いそのままに放たれた右ストレートは皮一枚でかわされる。そこを、躊躇ちゅうちょなくメルの左腕がナハスの腹をつらぬいた。気のせいか、メルの表情から悲しみを感じる。


 メルはそのまま、ナハスのボディをつらぬいたままの左腕を振り払い、ナハスを壁に衝突させた。今度は壁にめり込んで動かない。そこにメルがとどめの一撃と言わんばかりに、突進し、飛び蹴りでナハスの頭ごと壁を破壊した。



 ナハスは頭部を粉砕され、完全に沈黙した。そのアンドロイドを背に、メルがこちらに右足を引きずりながら歩いてくる。気づくと、メルから放たれる光は弱くなり、さらに急激に光が失われていく。アダムは急いでメルに近寄る。


「ア、アダム様。ミ、ミッション完了しました」


 もう立っていることも出来ないのか、アダムに倒れ込むように身体を預ける。


「あぁ、ああ。すごかったぞ。メル」


「ア、ア、アダム様。システムを……、オーバーロード、しましたので、あ、後7秒で機能が、停止し、ます」


「停止ってどういうことだ。おい。メル!」


 発していた光は消え、その目はあらゆる光を失っている。


「この、体も、もうすぐ……停止……します。ここ……まで……の……よ……う……」


「おい、メル! メル! どうして……。メル。メルーー!」


 彼女は動かなくなった。目を閉じたその表情は笑顔だった。



「おい、マリア。なんだこれは!」


「信じられない……。どんなプログラムで彼女は動いているの?」


「チィィ。使えない。お前があのアンドロイドより、130%のスペックがあるというから、ここでケリをつけることにしたのに!」


「解からない……」


「解からないなら、もうお前に用はないよ、消えろ!」


 そう言うと、カールは胸元から取り出した拳銃でマリアを撃ち抜いた。



「マリア! ……カール、おまえは何をしているんだ!」


 アダムはメルを抱えながら、カールをにらみ、叫ぶ。


「建早アダム。貴様は俺が直接捕らえてやる」


「カール。お前は俺が直接殺してやる」



 カールは首筋に何やら注射器のようなものを刺す。身体中を震わせながら、マスク越しにこちらをにらみ、マリアがいたほうへ歩いていく。すると、窓のすぐ横の壁が開き、ゆっくりとカールが出てくる。メルをそっと床に置き、カールに視線を送る。


「よく目の前に出てこれたな」


 ハンドガンを取り出し、カールに向ける。


「さあ、撃ってみろ。お前におれの真実を教えてやる」


「何を言っている。真実など今更どうでもいい。ただ、お前はここで死ね」


 アダムがカールの眉間みけんを目掛けて引き金を引くと、カールは首を少し動かし、銃弾がこめかみをかすめた。そして、カールのマスクが取れると、そこにはアダムとそっくりな顔が出てきた。


「その顔は!」


「そう、お前と同じ顔だよ」


「似ているだけ……だろ?」


「そう、お前も似ているだけなんだよ、アダムに」


「何を言っているんだ? おれはおれだ」


 もう一度ハンドガンを撃つ。しかし、これも首をかすかに動かし、避ける。


「どういうことだ?」


「おまえも、おれも、アダム=ニールセスクという男の複製品でしかないんだよ」


「複製品だと?」


「そうだ。お前はどうしてアンドロイドどもが地球に来ていたと思う?」


「イヴという人間に会わせるためだろ」


「違う。アダム=ニールセスクという男の遺伝形質を持った者を連れていくことが目的なんだよ」


「遺伝形質?」


「アンドロイドのデータの中には、アダムという男の遺伝子情報があった。そして、その男の画像もな。アンドロイドたちには、そのアダムという男と外見も声紋も瞳も遺伝子情報もすべてそっくりな人間を探し、そいつをやつらの母艦であるヘセドに連れて行くのが使命なんだよ」


「どうして、そんな遺伝子を持った奴が必要なんだ」


「さぁな、そこまではデータが破損して解からなかった。だから、お前が連れていたアンドロイドからデータを回収すれば、その目的も解かると思っていたが、それももう関係ない。私がヘセドに到着すればよいのだからな。イヴを捕らえ、すべてを手にいれる」


 さらにカールは続ける。口元をゆがませ、こちらを指差して。


「お前は予備なのだよ」


「なに?」


「なぜ、私がお前と同じ顔をしていると思う? 偶然ではないんだよ。……そう、我が財団は、アダムを作ることにしたのだ。遺伝子操作を繰り返し、作られたその子供の外見的な特徴が画像のアダムと違うと判断されれば、即座に処分された。それは何百、何千も繰り返し行われ、唯一の成功として生まれたのが私なんだよ。でも、私は人工的な存在だ。アダムと認識されないことも万が一ありえる。だから、アンドロイドと一緒にいた、アダムと認識されているお前であれば、ヘセドでもアダムと認められるはずだからな」


 アダムはその洞察力、的確な判断力より、カールが言うことがすべての事象に整合することを認めざるを得なかった。メルを失った感情も、マリアを撃たれた怒りも、すべて霧散むさんし、一瞬、茫然ぼうぜんとする。

 しかしその瞬間、アダムの本質が茫然とすることを許さなかった。迷えば死ぬ。立ち止まっても死ぬ。その積み重ねた経験がアダムを正気に戻す。


「それが事実だとしても、お前に殺されてやる理由にはならない!」


「ふぅ、もうネタ晴らしも終わりだ。おまえの手足を引きちぎる。ただ生きてるお前だけが必要だからな」


 そう言い終わると目つきが変わったカールに、アダムが心臓目掛けて銃弾を放つ。しかし、これも身体を少しひねかわされる。さっきからそうだ。明らかにかわされている。そのとき、アダムの首元にあるDVR端末から聞き覚えのある声が聞こえた。


「アダム様、アダム様」


「!? この声は、メルか?」


「そうです。アダム様」


「メル……。でも、どうしてメルの声が? 機能は停止したんじゃなかったのか」


「体の機能は停止しました。ですが、停止する前に、私自身のデータをDVR端末に転送したのです。オーバーロード状態でしたので、処理速度も速くなっていて無事に送信できました」


 メルの声を聴き表情がやわらぎ、落ち着きを取り戻す。


「アダム様。あの男の身体中からナノマシンの反応を感じます。それを何かしらの薬品を使い微弱な電流を流し、神経伝達の速度を強制的に上げていると思われます」


「そうか! あのときの注射はその薬品か。どうすればいい?」


「DVR端末を頭に装着してください。私の方で脳波を操作し、脳のはたらきを活性化させます」


「そんなことできるのか?」


「そんなに難しいことではありませんよ」


 ふっ、とかすかに笑い、DVR端末を頭に装着する。


「それでは、いきます」


 端末が起動する音がすると、一瞬立ちくらみのような感覚に襲われたが、視界はすぐに正常に戻る。眼前にカールが迫っていた。カールが殴りかかろうとしているのがスローモーションに見えだす。

 ゆったりと繰り出された拳をかわしざま、左でカウンター気味にカールのあごを狙うがカールもこれをかわす。お互いに、ゆっくり流れるときの中で攻防を繰り返す。


 どれぐらいの時間が過ぎただろう。思考が加速し、2人だけの時間が無限にも続く。そんな時間が10分、1時間、それ以上にも感じられる。その中で、カールという男からは怒りと言うには生温い激情だけを確かに感じていた。同じ顔をした男のありのままの感情を肌身に感じ、その男のこれまでの人生がどのようなものだったのかを考えずにはいられなかった。


 数百と繰り返した攻防の中、気づくとカールの動きが少しずつ鈍くなっていることに気づく。こちらの攻撃を完全にかわすことができなくなってきていた。アダムの攻撃がかすりはじめ、徐々に当たりが深くなっていく。そして遂に、アダムの右ストレートがカールの顔面に直撃した。カールは苦しみをあらわにした表情を浮かべ、そのままゆっくり倒れこむ。


 とらえた! と同時に、気づくとものすごく苦しい。呼吸することすら忘れていたようだ。全身に響く破裂寸前の心臓音の先から、メルの声がかすかに聞こえてくる。


「アーダームーさーまー……ア、ダ、ム、さ、ま……アダム様。アダム様!」


 はぁ。はぁ。徐々に時間の流れが戻る。


「アダム様。聞こえますか。アダム様」


「はぁ。はぁ。あぁ、聞こえるよ。メル」


「呼吸をせずに戦い続けていたので、脳の活動を戻しました」


「あぁ、なんとか、助かったよ。メル」


 息を切らしながらカールを見ると倒れて苦しんでいる。限界を超え、ゆっくりと流れる時間が解除されず、呼吸を忘れ苦しんでいるのだろう。



 アダムが呼吸を整えていると、ふいに近づいてくる足音が聞こえてきた。確かメリダという女性だ。


 彼女は苦しむカールの傍らで立ち止まり、カールに視線を落としながらアダムに話しかける。


「人工では、自然に生まれてきたアダムに勝てませんでしたか」


「人工とか関係ない。積み重ねてきたものの違いだろ」


「彼はプロメテウス財団として、何百年と積み重ねてきた結晶だったのですがね」


「アンドロイドは4万年以上だからな。そういう意味なら勝てるはずもないな」


「ふふ。確かに。面白いことを言いますね」


 そう言うと、メリダは胸元から何かの端末を取り出す。


「なんだ、それは?」


「この船のエンジンを爆発させます」


「な!」


「プロメテウス財団の記録を残すわけにはいかないのですよ」


「それじゃ、あなたはどうするんだ?」


「ふふ。優しいですね。ですが、私はカールと共にいます」


 彼女の目は本気だ。


「カール。あなたの命が伸びる知識が手に入れば、とそう思っていたのに……。もう苦しみは終わりね。ゆっくりしましょう」


 そう言い残し、いつくしみの目で彼を見ながら、彼女は端末を押した。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る