§ 3―7 天使



 アダムはマリアに言われたことに、緊張感をまとわされ、常に注意を払いながら、その後の作業をこなしていた。メルにも一応、警戒するようにと伝えておいた。マリアのあんな顔を見たのは、おれが日本に帰ることを告げたときの1度だけだ。言いたいことがあるのを、言えずに自分の中に抑えこんでいる。そんな感じだ。きっと何かある。持ってきた武器をいつでも取り出せるようにし、DVR端末をなるべく身に着け、いつでも対応できるように備える。

 


 それから4日後、ついに到着したのだ。木星宙域に。



 調査艦ホルスと木星の間には都合のよいことに、衛星イオが見えた。後はタイミングを見計らって、マリアが渡してくれたカードキーを使って、イオに向かえばよい。



 そのときだった。


「アダム様。明らかにおかしな電波を感知しました」


 ここできたか! タイミング的にはここが一番ありうると思っていたので、驚きはない。


「数はいくつだ」


「反応は5つあります。まとめて縦列でこちらに向かってきます」


 やはりメルか。こうなるだろうと、メルの部屋の近い場所で待機していた。メルにも、こっそりと以前襲ってきたサイボーグが使っていた超振動ナイフも隠し持たせていた。


 長い廊下の奥に相手の姿が確認できた。


 なんだ? あれは?


 人間の姿をしているが、全身白い防護スーツに身を包んでいる。顔は2つの目だけついており、その手には、レーザーガンを持っている。それが5体同時にこっちに向かってきているのである。


 前の1体が部屋から出ようとするメルを銃で狙う。


「しゃがめ。メル」


 それを聞いたメルが身をかがめると、同時に、アダムは構えたマグナムでレーザーガンを狙い撃ち、弾きとばす。続いて2体目がメルを狙う。


【対人制圧プログラム、起動します】


 メルの頭の上を通り過ぎ、アダムが撃った弾丸が2体目の腕に命中する。それを視認する前にメルが動き出す。その両の目は赤く輝いている。


 即座に2体目の頭を右ストレートで吹き飛ばし、3体目が銃を向ける間もなく、間合いを詰め、左フックで頭を吹き飛ばす。吹き飛んだ頭が4体目に当たり体制を崩したところで、メルが突っ込み後ろへ蹴り飛ばすと、5体目にその体がぶつかる。体制を崩している5体目の頭を正確に右ストレートで吹き飛ばす。倒れこんだ4体目が銃を向けるや否や、飛びあがり、勢いそのままに、頭部を踏み潰す。


 レーザーガンを弾かれた1体目が2体目の銃を取り、メルに向けようとするところを、アダムが頭を撃ちぬく。


【ミッションクリア。プログラム、解除します】


 こちらを見るメルの目からは、赤い輝きは消えていた。



 アダムが警戒しながら、メルのもとに近寄っていくと、襲ってきた2つ目の人型は機械であることが解かった。これは……。


「アダム様。これはアンドロイドです」


「なぜ、こんなものがこの船にいるんだ」


「体型、フォルムは、私に酷似こくじしています」


「メルはこいつらを知ってるのか?」


「いえ、こんなアンドロイドは見たことありません」


 どうやら、この艦に配備されていたものを襲わせたのだろう。以前に襲ってきた者たちと同じところから命令を受けていると考えるのが自然だ。


 アダムがそんな分析をしていると、メルが言葉をかけてくる。


「アダム様。さらに反応が1つ確認できます。距離は200m。ここから船体前方」


「よし、いくぞ。注意して進むぞ」


「イエス、マスター」


 これだけの騒音がしてるのに人が出てこない。この奇襲は艦全体で仕組まれているようだ。罠の存在に注意しながら進んでいく。


 電子ロックがかかった頑丈に作られた扉に行きつき、マリアから受け取ったカードキーを取り出す。


「この扉の先です。マスター」


「よし。同時に入るぞ……。3・2・1・GO!」




   ♦   ♦   ♦   ♦




 カードキーで扉を開き、ハンドガンを構えながら周囲を伺う。広いドーム型の空間だ。誰もいない。何もない。


「メル。反応はここじゃないのか?」


「向こう側の壁の先に反応があります」


 そのとき、入ってきた扉の真向いの壁が上方にスライドし、窓越しに3人の姿が見えた。

 真ん中に黒い布のようなマスクをつけた金髪の男。向かって左側に、ウェーブのかかったロングヘアーのスーツを着た女性。そして、右側に立っていたのがマリアだった。


「ようこそ、アダムくん。隣りはメルさんでいいかな?」


 窓の両横についたスピーカーから、真ん中の男の音声が聞こえてくる。


「あんたがすべての黒幕ってことだな」


「さすが、イーグル・アイ。理解が早くて助かるよ」


「ここまで案内してくれたんだ。招待してくれた理由を聞かせてくれるんだろ?」


「もちろん。きみには手を焼かされたからね。しかし、今気分がとてもいい。私が直接、説明してやろう」


 男はうすら笑いを浮かべながら、話を続ける。


「まずは自己紹介から。私はプロメテウス財団頭首カール・ロードシルトだ。こちらはメリダ。私の秘書で、最後にこちらがマリアだ。きみもご存じだろうけどね」


「財団が怪しいとは思っていたが、まさか、頭首ご本人様がおいでとは」


「それはそうさ。我がプロメテウス財団の悲願が叶う時だからな。まずは頭首の私がそれを見なければならんだろ?」


「お前の目的は衛星イオのイヴなのか?」


「やはり知っていたか。そうだ。太古から存在し、我々を見続けてきた、その神の棺ヘセドに眠るイヴ。このときをどれだけ待ち望んだことか」


「アダム様。ヘセドとはイヴ様がいらっしゃる宇宙船のことです」


「メルのようなアンドロイドがいるぐらいだ。相当なテクノロジーがあるだろうな」


「そのとおり。その神のテクノロジーを手に入れることこそ、我が財団の目的なのだ」


「おまえはどうやってそのことを知ったんだ?」


「貴様だけが、アンドロイドを所有していると思うなよ」


 そうか! ほかにもメルと同じようなアンドロイドがいても不思議ではない。


「アダム様。このときにヘセドから離れて稼働しているアンドロイドは私だけです」


 メルの言う通りなら、あいつは偽っている。


「嘘をつくな! おまえにもアンドロイドがいるなら、なぜ、メルを狙う」


「そう、動くアンドロイドは、そこのアンドロイドだけだよ。だが、我が財団は見つけたのだよ。太古に存在していたアンドロイドを」


 そういうことか。確かにさっき、メルは『今』という言葉を使った。逆にそれは、過去に存在したことを意味する。


「そのアンドロイドからデータを引き抜いたんだな」


「そうだ。1体は5000年前の遺跡から、もう1体は4万年以上昔のアジアの高地の地層から見つかったのだよ。それらの調査・修理は200年以上行われ、ついに内臓されていたメモリから一部のデータを取り出すことに成功したのだよ」


 4万年? 信じられない。そんな遥か昔から存在しているというのか。


「メル、本当か?」


「おそらく、4万4000年ほど前に地球に来たユッドと、およそ5000年前に地球に来たヨッドベートのことだと思われます」


 通常の思考ではついていけなくなる。落ち着くんだ。


「実際に、そのアンドロイドが動いてる姿を見ると感動するよ。イヴ・ナンバーズ・ヨッドギメルよ。その性能は、予想をはるかに上回っていたからな」


 話のつじつまが合う。こいつが言っていることは事実なんだ。



「さぁ、そろそろ話し疲れたし、お前たちを拘束させてもらおうか。マリア! ちょうどいい機会を用意したんだ。彼女を出せ!」


 そう言うとマリアがなにやら操作し出す。先ほどメルが指し示した壁がゆっくり開き、そこから、見た目はメルと同じだが、全身真っ黒で、長い金髪をうっすらと発光させ、身体中に紋様のような青く輝く筋が入っているアンドロイドが姿を現した。左耳には、黄金色に輝くイヤリングがチラッと見えた。


「先ほどお前たちが壊してくれたアンゲロスは、ヨッドギメル、お前を知る前に作った模造品でしかない。そしてお前を見て作り直したのが、そこにいるナハス。マリアによって、ついに完成させた、お前以上のスペックを持つ天使の長だよ」


「あのイヤリングは……。アダム様。ここはお任せください」


「あぁ。どうやら、メルにお願いするしかなさそうだ。頼んだぞ」


「イエス、マスター」


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