§ 3―10 辿り着いた絶望の地



 衛星イオの成層圏に入り、メルの指示に従い操縦する。衝撃に耐え、成層圏を抜けると、火山が煙を上げ、荒涼とした大地が目に入る。


「アダム様、宇宙服を着てください」


 衛星イオは火山活動が盛んで、大気のほとんどが二酸化硫黄である。地球よりも地表では重力は強く、生物が生きるのに適さない場所だ。メルの言う通り船を進めると、灰色で何もない地表が果てしなく続く地域に差し掛かかる。


「アダム様。そろそろ肉眼で確認できると思います」


 白く輝いていた。


 目の前を見ると、1隻の宇宙船が視界に入ってきた。大きさは調査艦ホルスと比べればはるかに小さく、10人ぐらいで乗る中型程度の宇宙船である。しかし、外見は今まで見たことのない構造をしており、上から見たら楕円形で、後部と思われる船尾に大きなエンジンらしきものがある。


 近づいていくと船の上部の一部が開き、メルが指示するままに宇宙船に侵入する。そこは広く、2機、小型の宇宙船のようなものがあった。そこから、奥にある円形のスペースに入ると、ゆっくりと下に移動していく。お腹にいれたニャルが苦しいのか、ニャァ、ニャァ、と騒いでいる。


 下がっていく円形のパネルが止まると、


「もう宇宙服が無くても大丈夫ですよ」


 とメルが言うので、何も疑わず、宇宙服を脱ぐ。温度は15℃くらいだろうか。少し肌寒く感じる。ニャルをかかえ、まっすぐ進んでいくと、円形の広いエリアに着いた。


 ニャルが一方に顔の向きを変え、ニャァ、と鳴く。その方向の通路の奥から、人が現れる。それは、メルと全く同じ容姿をしており、髪が真っ白で、左耳に白いイヤリングをした女性だった。


「アダム様。お待ちしておりました」


 驚いた。メルと同じ声で、同じ口調で話し掛けてくる。言葉も日本語だ。


「私は、イヴ・ナンバーズ・ソフィートです」


 髪の色とイヤリングの色が白いだけで、メルそのものだ。


「あなたがイヴなのか?」


「違います。アダム様」


「では、イヴはどこにいる?」


「イヴ様がこちらにお越しになるのに、もう少しお時間がかかります」


「……そうか」


 すべてを聞きたいが、なにを聞けばよいのか、優先順位がつけられない。とりあえず、思いつくことを聞いてみる。


「おれがここに来ることに、何の意味があるんだ?」


「あなたが来ることがすべてなのです」


 答えになってない。一層、頭が混乱する。ニャルの温かさだけが、現実味を感じさせる。



 ソフィートという真っ白な髪のアンドロイドが部屋のボタンらしきものを押すと、円形の部屋にU字型の机らしきものが床から出てくる。次に円形の座面が床から出てくる。椅子いすなのだろう。


「おつかれなのに、おもてなしもせず、申し訳ありませんでした。お座りになってお待ちください。何か飲みものをお持ちします」


 ソフィートは出てきた廊下の奥に歩いて消えていった。何も状況が解からない不安で、動くことができない。


「アダム様。疲れたでしょ。とりあえず、座ってください」


 DVR端末からメルの声が聞こえた。端末越しだからか、メルの声に少し落ち着きを取り戻し、促されるままに、椅子に座る。


「ここがメルのいた場所なのか?」


「はい。この船に乗ってここに来たのです」


「ここに来た? ここから地球に来たのではないのかい?」


「そうです。ここから先ほどの上の格納庫にあったセルクイユに乗って地球に行きました」


 確かにさっき、小型の見慣れない乗り物があった。あれのことを言っているのだろう。



 さっきのソフィートが、トレイに透明な液体の入ったコップを乗せ、戻ってきた。


「お待たせしました。水をお持ちしました」


 と言って、おれの前にコップを置く。


「メル。これは飲んでも大丈夫なのか?」


「ただの水だから、大丈夫ですよ」


 メルの言葉を信じ、恐る恐る口に運ぶと、確かに水だ。気づくと喉がカラカラだったので、一気に飲み干す。


「喉が渇いていたのですね。もう一杯飲みますか?」


 あわてて答える。


「大丈夫、大丈夫だ」


「そうですか。わかりました」


 緊張感が消えない。どうすべきかもわからず、座ったまま瞳をゆっくり動かし、周りを見ることぐらいしかできない。そんなアダムにソフィートが話しかける。


「アダム様は何も状況がわかりませんよね?」


「あぁ」


「そう思って、こちらを用意しておきました」


 そう言うと、ソフィートは微笑む。それに連動したように壁がスライドし、薄くて大きなディスプレイが現れた。


「では、用意した記録映像見ていただければ、すべて解かると思います。これを見終わったとき、イヴ様の願いを叶えてください。お願いします」


 そう言い終わると、ディスプレイに映像が流れだした。




   ♦   ♦   ♦   ♦




 記録映像を見終わった。


 この部屋のボードに書かれたうたを見る。


『希望の歌をうたうのは、希望ある笑顔の旅人』


 映像の中の、この詩を見ているイヴの姿を思い出す。


 そして、自分がその希望であることを理解した。


 ソフィートが歩いてきた廊下の方から足音が聞こえてくる。廊下から出てきた彼女は黒髪で、メルやソフィートと全く同じ容姿で、イヤリングではなく濃いオレンジ色の宝石のついた指輪をしている。


 イヴと目が合う。瞳に色が宿り、涙が頬を伝う。


「アダム……本当に、本当に、また会えるなんて……」


 その場で泣き崩れる。涙の溢れ方がイヴの絶望の深さを物語る。


 ニャルを横の席に置き、おれはイヴに近寄る。すると、イヴはおれに抱きついてきた。強く、強く、抱きしめてくる。おれも、イヴのことをそっと優しく抱きしめる。


 しばらく泣きながら抱きしめた後、イヴはアダムのことを見つめる。本題に入るのだろう。


「あなたは、私の望みをわかっているわよね?」


「ああ……」


「それならいいの。……似ているけど、あなたはアダムではないから」


 それを聞いていたソフィートが机に銃を置き、ソフィートはアダムに言う。


「こちらをお使いください」


「……わかった。ソフィート。オーダーを撤回てっかいする」


「イエス、マスター」


 そう言うと、アダムは慎重に銃を手に取り、少し距離を取る。


 イヴに銃を向けて構える。


 イヴは手を広げ、笑顔で言う。



「さぁ。私を殺してください」

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